こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

粉がつくった世界 (たくさんのふしぎ傑作集)(第33号)

私は、余った食品を何かしら加工して食べきるのが好きだ。
たとえば、節分の豆。
じゃこと炊き合わせて煎り豆ご飯にしたり、五目豆に仕立てたり。
餅が余っていたときは、きな粉を作ったこともある。
ミルサーで粉砕して、ちょこっと味見。香ばしくておいしいが、舌触りはあまりよくない。それもそのはず。篩にかけなければ、なめらかな食感にはならないのだ。市販のものは、どれだけ粒を細かくして作っているのだろう。

『粉がつくった世界』の英題は、"A History of Grinding"。
粉そのもののお話だけではなく、製粉技術の歴史を振り返る絵本でもある。
製粉技術を改良させてきたのは、小麦を中心とする粉食文化の地域だ。
小麦は粉にしてこその食材。粉状にすることでグルテンを作りやすくなるからだ。
ちょうどNHKのガッテン!で小麦粉料理のコツを紹介していたが、グルテンをどう取り扱うかが、粉もの料理のまさに“神髄”なのだ。

お好み焼き 天ぷら ホットケーキ 夢のふわふわサクサク粉ものSP - NHK ガッテン!

一方、日本や一部アジアのように粒食中心の地域では、製粉の道具はあまり発達しなかった。本書によると、昔の日本では、石臼の利用は貴族や高位の僧侶などに限られていたらしい。
戦国時代に入ると、武将たちにより石臼が利用され始めたのだが、その普及に一役買ったのは食べ物ではなく火薬。城の石垣作りなどで石屋の技術が進んだことも相まって、石臼がますます作られるようになったということだ。食べ物を挽く必要のなかった日本で、製粉技術を進めることになったのは戦争だった。
戦争により発達した技術が、生活に活用されるのはある話で、江戸時代には水車を使った粉作りに発展してゆく。作られたのは団子やうどんといった平和なものだけれど。

 ミルクやジュースなどの液体も、下の絵のような機械のなかで、熱風にあてると、すぐにサラサラした粉になる。粉にしてしまえばはこびやすいし、いたみにくい。
 でも、おいしさはどうなんだろう。えいよう分はどうなんだろう。
 べんりさだけで、なんでも粉にしてしまうのも、ちょっと考えなくてはならないだろう。(本文より)

と思い出したのが、粉ジュース。そういえば昔あった。子供の頃、飲んだことあった。今もポカリの粉とか、あるにはあるけれど、粉ジュースと言えるだろうか。ミルクの粉は今でもさまざまに種類があり、いろいろな用途に使われている。ちょっと考えなくてはならないだろう、とすすめる風ではないのは、チクロなどで粉ジュースの評価が地に落ちてしまったせいか、それとも森永の事件が尾を引いているせいだろうか。

作者の三輪茂雄氏は粉体工学の専門家ということで、粉塵爆発の話や、当時急速に技術が進みつつあったニューセラミックスの話題も盛り込んである。三輪氏は鳴き砂の研究でも知られていたようで、今は亡き博士が作ったこんなページも残されている。

振り返って表紙の絵を見てみると、私たちが日頃使っている食品、日用品は「粉がつくったもの」であふれていることがよくわかる。『いっぽんの鉛筆のむこうに』の鉛筆、『カレーライスがやってきた』のカレールウ、『小麦・ふくらんでパン』のパンや『ジミンちのおもち』で使われていた白玉粉
『粉がつくった世界』の発行は1987年。今ではほとんど使われなくなったもの、懐かしのカセットテープや、マッチなどもしっかり描かれている。

大むかしの人たちも、粉をつくって生活していた。(本文より)

し、今の私たちだって、粉をつくって生活している。
世界は粉でできているのだ。

粉がつくった世界 (たくさんのふしぎ傑作集)

粉がつくった世界 (たくさんのふしぎ傑作集)