こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

森へ (たくさんのふしぎ傑作集) (第105号)

父と子のアラスカ~星野道夫 生命(いのち)の旅~」を見た。

これまで父である道夫の本を、ほとんど読んでこなかったという星野翔馬氏。番組の中で彼は、星野道夫を”父親”と呼び続けた。記憶の片隅にもない星野氏を、人前で父、あるいはお父さんと呼ぶことに照れがあったのかもしれない。あまりにも著名な、あまりにも偉大な父に対しての屈託のようなものを感じざるを得なかった。

はじめに訪れたのは、初めて父がアラスカの地に降り立ったシシュマレフ。当時の村長で、道夫が滞在していたワイオワナ(ウェイオワナ)家のクリフォード氏に歓待される。ワイオワナ家には星野が送った手紙も残されていたが、本当に「Mayor Shishmaref Alaska」とだけ封筒に書かれていて面白かった。

次に訪れたのはシトカ。父が”親友”と初めて出会ったその場所で、翔馬氏はそのボブ・サム氏と会うことになる。星野道夫はアラスカの先住民に伝わる「ワタリガラスの神話」に引きつけられ、「その昔、人々の目に世界はどう見えていたのだろう」ということを考えていた。ボブ・サムはその神話の語り手で、翔馬氏にもワタリガラスの神話を語って聞かせる。その後、彼は星野道夫カリブー撮影をする際に協力していたパイロットのドン・ロス氏に会いに行く。

ボブ・サムが、

「自然の中で特別な瞬間を過ごすとミチオの魂を感じるんだ」と言えば、

ドン・ロスは、

「その土地の魂を撮ることができる写真家だった」と語る。

シシュマレフでもシトカでも、皆に愛された父。そのことは、日本でも何度となく実感してきたことだろう。勝手な想像でしかないけれど、アラスカに来て「彼の息子」として歓待されるのはうれしい反面、「道夫の息子」であることが、ますます重く心にのしかかかったのではないかなと思う。まだ20代。同じ年のころの父親が、すでに自分の道を進み始めていたのに対し、彼はまだ、ようやく一歩を踏み出そうとしているところにいる。

旅の最後はフェアバンクス星野道夫が自宅を建てた場所だ。当時のことをよく知る、テーラー夫妻に会う。妻のカレン・コリガンは、日本の研究者で星野道夫の著作の翻訳も手がけている。翔馬氏はここに来て(少なくとも番組中では)初めて、星野道夫のことを「父親」ではなく「お父さん」と少しずつ呼び始めていたのが印象的だった。

「父のいちばん近いところにいたと思う」というカレンに、「結婚する前までのアラスカの生活と、結婚し自分が生まれてから変わったことはあるか」と尋ねる翔馬氏。写真を撮ることが好きすぎる、と語っていた星野道夫が、家族を持って子供が誕生してとても喜んでいたこと。仕事に行きたくない、家族と一緒に過ごしていたい、子供の成長をそばで見ていたいと言っていたこと。彼女は星野道夫の息子に、流暢ではない日本語を使って「お父さん」のことを真摯に伝えようとしていた。

旅を終えて翔馬氏は、写真家としてではなく、ひとりの人間としての父の姿を知ることができてよかったと振り返る。「写真家の父」が書いた本には載っていないこと、それこそが彼の知りたかったことだったのだろう。もちろん、父の愛したアラスカの地をその目で見たこと、そして父の旧友たちに出会えたことは、かけがえのない体験だったと思う。しかし、翔馬氏が切望していたのは、「自分の父親」としての星野道夫、母の直子さんに恋をし、自分の誕生を本当に喜んでいた、普通の男としての道夫氏を知ることだった。彼はアラスカで、やっと「自分だけのお父さん」を見つけることができたのかもしれない。

 

旅の途中、シトカの南にあるハイダ・グワイに寄るのだが、そこで翔馬氏がどうしても見たかったものというのが「朽ちたトーテムポールがある場所」。ハイダ族の聖地であるその場所に、1時間だけ上陸を許された彼は、カメラを手に、夢中になってシャッターを切っていた。『森へ』に写されているのは、まさにそのトーテムポールがある場所。『森へ』の主人公は、タイトル通り森そのもの。圧倒的な質感、目の前に本当にそこで見ているかのような木々の写真は、土の臭い、緑のにおいさえ感じさせるようだ。カヤックをこぐ星野氏本人を始め、クマやシカ、サケやクジラなどの動物たちも登場しているが、あくまで引き立て役にしか過ぎない。躍動感あふれる森の様子は、星野氏が「そのまま歩きだしそうな気配でした」と書くように、旺盛な生命力にみなぎっている。ドン・ロス氏の言う「その土地の魂を撮ることができる」という言葉をまざまざと実感することができる一冊だった。

森へ (たくさんのふしぎ傑作集)

森へ (たくさんのふしぎ傑作集)