こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

7つ橋のぎもん(第180号)

数字であそぼ。』を読んでいる。
主人公横辺は、理学部に合格したが、大学の高度な数学の授業を全く理解できず、二留中の身。高校までのテストや入試は得意の暗記で乗り切ってきた。
1回生の初っ端、理解できない講義に挫折を味わうが、親にも言えず下宿を続けながらも休学してしまう。その後、大学から面談指導の手紙が届いたことで、ふたたび数学と向き合う決心をするが…というお話。

私も同じく、数学を暗記で乗り切ってきたタイプだ。
もっとも横辺は、それでも吉田大(京大がモデル)に合格するほどだから、天と地ほどの開きがあるけれども。
私が挫折したのは大学どころではなく、受験勉強の時点だ。そもそも高校の定期試験だって、何とか解法を暗記して尚、平均あたりをさまようくらいのレベルだった。入試問題に歯が立つかどうかなど推して知るべし。

勉強を頑張らなかったのではない。頑張っていたと思う。
しかし数学の場合、解法の暗記という方向の頑張りは、意味をなさないのだ。
(数学以外だって、ただの丸暗記が意味をなすことはないけれど)
もちろん、解法の暗記で問題を解くことは可能だ。単位だって取れるだろう。
問題を解ける、試験に合格する、単位を取る、これも大事なことだ。
私たちは、社会的に合格、卒業が意味をなす世界に生きているのだから。

でも、本当の意味で「卒業」したのだろうか、「合格」したのだろうか。
合格や卒業自体を喜ぶこともできるけれど、「何かをわかった」時の喜びは、何にも代え難い。
あ、そういうことか、そうなんだ、そうだったのか。
「世界が見えた」時の感動というのは、学びをすすめる原動力にもなる。

横辺は単位が取れないことに悩んでいるのではない。
「わかっていない」ことこそが、大学生活を迷走させているのだ。
横辺の友人である北方は、それを「象が見えていない」と表現した。
鼻が長いとか耳が大きいとか、そういう特徴は知っているけれど、象の姿そのものを正しくとらえることができていないのだと。
北方の見ている象を見せてくれと迫る横辺に、お前の象はお前の頭の中にしかいないと突き放す北方。彼自身、自分の象は幼稚園児のクレヨン画レベルかもしれないと、独り言ちている。

作中の、「幼稚園児のクレヨン画レベルの象」しか描けなかっただろう学生は北方だけではない。
他の友人たち(1名を除く)をして「なんであんなことするのかわからなかった」と嘆かせ、横辺に至っては「何してるか全くわからなかった」講義。

それは位相の講義だ。

この位相幾何学トポロジー)の始まりとされている事こそ、「ケーニヒスベルクの七つの橋問題」。『7つ橋のぎもん』は、その問題を描いた絵本だ。
解いたオイラーその人が、物語を導いている。
この絵本でも、トポロジーだのグラフ理論だのという言葉は出てこない
問題をできるだけ単純化して考える、『変身の図』を作るという手法を、順を追って説明しながらお話が進められてゆく。
大きさや広さを捨てる、長さや角度も捨てる。形だけを考える。
点のならびと線のつながりだけで表現する。
重要なのは、線を重ねたり切り離したり付け足したりしないこと。
やっていいのは、線を延ばす、縮める、曲げることだけ。

小学生だった私が、この本の内容をどこまで理解できたかなと考えると、たぶんほとんどわからなかっただろうと思う。
「象は見えなかった」だろう(今も見えているかあやしいけれど)。
それでも、この物語は必要なのだ。
何か問題を考える時、どうやったら考えやすくなるかというプロセスを見せているお話だからだ。
ケーニヒスベルクの七つの橋問題」は、家にある『考える力が身につく! 好きになる 算数なるほど大図鑑』にも載っているが、図形の書き方と、図形を使った考え方は説明されているけれど、考え方のプロセスについては書かれていない。
もちろん、図鑑なのだからこれで事足りるし、子供にもわかりやすいのは確かだ。けれども、解き方という知識だけでなく、問題を解く際に必要な事柄の見つけ方、そしてその事柄がどうして必要なのか、突っ込んで考えられる本も同じく必要なのだ。『7つ橋のぎもん』はそういう絵本だと思う。

筆者は「数学旅行作家」と名乗るとおり、実際にケーニヒスベルクへ足を運んでいる。7つ橋の話は有名でさまざまな地図があるが、本当の地図はどんなものだったのか、現在橋はいくつ残っているのか興味がわいたということだ。
「作者のことば」によると、訪れた1996年5月当時、ケーニヒスベルク、すなわちカリーニングラードはロシアの飛び地のため情報不足であり、ソ連崩壊の後で政情不安、そのために治安が悪いということで、旅行先としてはあまりすすめられない場所であったらしい。
ケーニヒスベルクゴールドバッハなど数学者や、作家E.T.A.ホフマン、哲学者カントなど数々の著名人を輩出している。ハンザ同盟の都市として栄え、“学問の街”として発展した歴史ある街だけれど、第二次大戦による破壊に加え、戦後はソ連による閉鎖都市化や歴史的建造物の破壊により、残念ながら往時の面影はあまり残っていないようだ。
7つの橋自体も、今や「カリーニングラードの3つの橋」になってしまっている。

オイラーが“線”として表した7つの橋は、蜂蜜橋、鍛冶屋橋など名前が付けられていて、個性を持った橋だったようだ。『はじめてであうすうがくの絵本 3』には、ケーニヒスベルクの古地図が載っているが、橋の細かい様子まではわからない。7つはそれぞれどんな橋だったのだろうか。抽象ではなく具象としての橋の方に興味をひかれてしまうのだから、私はつくづく算数に向いていない。

 

はじめてであうすうがくの絵本3 (安野光雅の絵本)

はじめてであうすうがくの絵本3 (安野光雅の絵本)