こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

家にいたイリオモテヤマネコ(第351号)

タイトルの「家」はうちと読ませる。つまり、作者の家で、あの天然記念物であるイリオモテヤマネコを飼っていたというお話なのだ。この作者は何者なのか?動物学者?ヒントは戸川という名字にある。作者の戸川久美氏はあの戸川幸夫氏の娘なのだ。若い年代の方は知らないかもしれないが、戸川幸夫の名は、私と同年代くらいかそれより上で読書好きの方なら、『高安犬物語』を始めとする動物物語の大家としてご存知なのではないだろうか。

そして私は浅学にも知らなかったが、戸川幸夫氏はイリオモテヤマネコの「発見者」だった。西表島に野生のネコがいるという噂を聞いた戸川氏は、自分の目と足で確かめるべく沖縄県に飛ぶ。島民によるヤマネコの目撃談が何度も出ていたにも関わらず、学者たちの多くは飼い猫が野生化したものだろうと、とくに調べようともしなかったようだ。戸川氏は地元の人たちの協力で毛皮や骨を集め、それを専門家が調べた結果、飼い猫ではなく正真正銘野生のヤマネコであることが判明したのだった。

作家になる前、父は新聞記者をしていました。新聞記事は、正確でなければなりません。記事を書くとき、父はかならずそこに行って取材をし、自分の目で確かめたものだけを書いていました。

と、本文で戸川久美氏は語っているが、この裏付けを取るという姿勢こそが世紀の発見につながったのであろうことは想像に難くない。その後、生け捕りにされたオスとメスが、国立科学博物館での研究を前に、戸川家で飼育されることになったのだった。

戸川家では、新入りのヤマネコ以外にも、すでにさまざまな動物たちが飼育されており、冷蔵庫には彼らの餌である鶏の頭が常備されていたということで、著者の友だちがそれを見てひっくり返りそうになった話とか、ヤマネコの体調管理のために姉妹が部屋を追い出された話とか、なかなか普通の家では経験できないエピソードが書かれている。

この本を黙々と読みながらページを繰っていた子供は、突然描かれていた鳥を指差し、これはシロハラクイナだよ!と声を上げた。名作『ちいさなねこ』の挿絵を描いた横内襄氏の温かみのあるタッチは、特徴をよくとらえてはいるものの、それほど精密というわけではない。そんなすぐに特定できるものなのか?本当かぁ?と疑義の声をあげた母親に、子供はすぐさま図鑑を取り出し該当ページを見せると、ほら、嘴が黄色いし赤い部分があるでしょ、とドヤ顔で言い放った。疑って申し訳ありませんでした。

このページには、

 世界の多くの野生小型ネコは、ネズミなど小型哺乳類を食べるのですが、西表島にはもともとネズミがいません。そのかわり、多様な生きものが豊富にいるので、イリオモテヤマネコは、コオロギなどの昆虫、トカゲ、ヘビ、カエル、オオコウモリ、鳥類、エビなど、さまざまな動物を食べています。

という文章があるが、それらエサとなる動物たちの絵が描かれているのだ。鳥類というだけでシロハラクイナとは書かれていないわけだが…調べてみると、確かにイリオモテヤマネコの餌メニューにシロハラクイナの名前がある

著者の戸川久美氏は現在、JTEFトラ・ゾウ保護基金を通じて、イリオモテヤマネコ保全に取り組んでいる。「作者のことば」によると、家にいた当時はヤマネコに深い関心を持てなかったという。しかし保護活動を行っている今、西表島に何度も訪れているにも関わらず、不思議とまだ、イリオモテヤマネコに出会ったことはないらしい(本号執筆当時)。もっとも戸川氏が目指すのは、イリオモテヤマネコが野生のまま、人間と距離を取って生活すること、そのための保全活動でもあるので、必ずしもヤマネコを見たいというわけではないのだろう。人間と距離を取るといっても、島内でヤマネコと人の生活圏が重なっているという現状の上、人の生活に自動車が欠かせない以上、ヤマネコを危機に陥れている最大の原因は交通事故、もとい人間だ。ヤマネコを脅かすのも人間ならば、ヤマネコを守るのもまた、人間なのだ。

家にいたイリオモテヤマネコ (月刊 たくさんのふしぎ 2014年 06月号)

家にいたイリオモテヤマネコ (月刊 たくさんのふしぎ 2014年 06月号)