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こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

野生のチューリップ(第386号)

理科 301-400

野生のチューリップ、というと思い出すのがこの曲

運転中かけるとついつい気持ちよく唄ってしまうスピッツの歌だが、よくよく詞を見ると、黒目がちの草野正宗の瞳にも似た、深い闇が見えるから恐ろしい。

「野生のチューリップ」も夜空とか星とかロマンティックな言葉の後に、

”僕の目はどこへ行く 君のにおいがする”

とぶっ込むだけで、急に生々しい感じが入ってくる。におい、というのはふわっと香る女の子のいい匂いではない。さしずめ、昨晩セックスした後、横で眠る女からほのかに立ち上る、寝起きの体臭だ。ちょっと想像し過ぎの感もしないではないが、「野生」という言葉が引き起こす連想なのだと思う。

歌詞の中には、

”野良猫 サカリの頃の歌声も”

というまんまの言葉もあるが、んなのはどうってことない。遊佐未森に提供した曲はサカリのところを変えたらしいが、ノラネコの発情で思い浮かぶのはある意味健全な風景だ。

 

本号の著者は、本当に”野生のチューリップ探しに”行くわけだが、その場所というのはカザフスタン。そこで見たチューリップは、厳しい自然環境を生き抜いてきた、まさに「野生」の花だった。

乾燥を防ぐため、分厚い外皮に覆われた球根。玉ねぎみたいな薄っぺらい皮の園芸種とは様相を異にする。

グレイギーとよばれる野生のチューリップは、ごつごつした岩の間からも花を咲かせている。毒々しいほどの赤色。かさかさに乾いた葉っぱのふちは波うち、表面の緑色は黒い斑点模様に彩られている。

自然の中のチューリップは、球根ではなく種でふえる。したがって、受粉を促す虫を引き寄せる、美しい花を咲かせなければならない。種から芽生えた後は、一枚のひろい葉を地上に出し、光合成を通じて得た栄養を地下の球根にも送り込む。暑すぎる夏は、葉っぱを枯らして球根だけになり、休眠する。春が近づくと、雪解け水とともに葉を地上に出し、ふたたび光を浴びて栄養を取る。そんなことを繰り返し、だんだんと球根を大きくしていき、ついに花を咲かせるようになるまで10年以上の歳月がかかるというのだ。ここには、童謡から連想されるチューリップの風景はない。

♪さいた さいた
チューリップの花が
ならんだ ならんだ
あか しろ きいろ
どの花見ても きれいだな♪

野生のチューリップは、きれいではない。むしろ「美しい」のだ。人の手で植えられて行儀よく並んだチューリップの「きれい」とは違うのだ。それは、人をも拒むような厳しい自然の中で、力強く生き抜いてきたものだけが見せる美しさだ。

道ばたの花壇に咲いているチューリップは、ほのかに春の匂いがした。本書には香りについては書かれていなかったが…野生のチューリップはどんな匂いがするのだろうか?

野生のチューリップ (月刊たくさんのふしぎ2017年5月号)

野生のチューリップ (月刊たくさんのふしぎ2017年5月号)