こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

アオムシの歩く道(第336号)

先日、授業参観に行ったら、理科の授業でモンシロチョウについて学習していたので、この号を借りてみた。最近はめったに読み聞かせをすることもなくなっているが、寝る準備をいつもより早めに済ませた子供が、珍しく何か読んで欲しいというので、久しぶりに読み聞かせをすることになった。同時に借りてきていた『すれちがいの生態学 キオビベッコウと小道の虫たち』とどっちが良い?と聞かれたが、こちらは私の苦手な蜘蛛が出てくるので『アオムシの歩く道』を読むことになった。

著者は友だちに付き合って、キャベツ畑の害虫を調べるうちに、モンシロチョウの老熟幼虫(5齢幼虫)が、なぜかキャベツの葉っぱからボトボト落ちるのを目撃し、若い幼虫と何が違ってそうなるのか、謎を突き止めるために観察を始めることになる。

じゃあ、著者はモンシロチョウに興味があったのだろうと思われることだろうが「作者のことば」によると、

わたしは子どものころからイモムシ、ケムシの類いは鳥肌が立つほどにがてでした。さわれたのはアオムシだけ、カイコは今もさわれません。

とかいう私の方がよほど虫好きだろうと思われる人で、そんななのに「友だちにさそわれてなんとなく、害虫学の研究室に入る」という、『動物のお医者さん』の二階堂もびっくりの男なのだ。そこでの卒論のテーマはモンシロチョウなのに「研究を始めた頃はモンシロチョウも含めて昆虫のことは何も知らなかった」と言うのだから、それでも仮説を立て、地道に観察して謎解きをすることができるのだから、知識や興味というものをどう位置づけていいものかわからなくなってくる。

翻って、授業参観では、先生が板書をしながら「ここ、テストに出るよ」とかいう言葉を繰り出してきて、テストかあ…とちょっとがっかりした気分になったことを思い出した。理科の教育というのは、テストのためにするものではないだろうと。もちろん、学校にいる以上、テストは避けては通れないものだし、その重要性について否定するものではない。先生もテストを主目的として、授業をされているわけではないと思う。それでも、テストに出るよ、という身も蓋もない言葉は聞きたくなかったなというのが、本当のところだ。

親として、成績や点数に一喜一憂するのは仕方ないこととしても、テストで満点を取るより、熱心に自然観察に勤しみ、発見の喜びを感じることの方が大事である、ということは忘れないでおきたいと思う。そういう意味で、たくさんのふしぎを書いている方々は、子供が進むべき方向を指し示してくれるだけではなく、私自身の先生でもあるのだ。

アオムシの歩く道 (月刊 たくさんのふしぎ 2013年 03月号)

アオムシの歩く道 (月刊 たくさんのふしぎ 2013年 03月号)