こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

南極の生きものたち(第369号)

南極といえば、以前書いたエントリーの『コウテイペンギン撮影記』が思い出されるが、南極へむかう行程さえハイテンションの感情をだだもれに書き綴っていた内山氏に対し、『南極の生きものたち』の水口博也氏が書く南極は、あくまでフラットな調子で綴られている。これが、内山氏が行った1990年代と比して格段に南極へ行きやすくなったからなのか、はたまたご本人の性質のせいなのかはわからないが、たぶん後者の方なのであろう。ちなみに、先日ブックマークを整理していたら、けっこう前にブックマークしていた、内山氏のこんな記事が見つかったりして面白かった。私がいちばん撮りたいと思っている、水中でのペンギン写真は、ガラス越し&水&被写体の素早い動きという三重苦が待ち受けているが、この記事を見てもやはりうまく撮れる自信はない。

ペンギンの中でも私がいちばん好きなペンギンは、ジェンツーペンギンだ。白いターバンとくちばしのオレンジが愛らしくて、いつ見ても顔がほころんでしまう。動きも面白くて最高だ(ペンギン類はみんなおかしいけど)。本書に載っているジェンツーペンギンの写真はどれもこれも素晴らしくて、写真なのにそのまま頭の中で映像が動き出しそうな躍動感にあふれている。海中での遊泳写真は、泳いだ軌跡が泡となって後ろへ続き、まるで流れ星のようだ。陸上へのジャンプアップの様子も、大量の水とともに水中から飛び出してきて、本当にかっこいい。丘の上の巣にもどるために、ペンギンたちが雪の上に描き出した小道は、ふくれたお腹をかかえて(ヒナにあたえるためのエサが詰まっている)坂道を登る苦労が忍ばれるようだ。

最終ページの「ふりだした雪のなかにたたずむジェンツーペンギン」は、見る私の単なる感傷に過ぎないのかもしれないけれど、何ともいえない哀愁を感じさせる1枚だ。同じページには「南極の秋、冷えた大気のなかでジェンツーペンギンがはきだした息が、夕陽にはえて赤くそまる」という写真もあり、くちばしのオレンジや、そこから吐き出される白い息、そして真っ白なお腹が夕日に照り映えて、とても美しい。その下には親より大きく成長したヒナが、身体をかがめて親のくちばしからエサをもらう間抜けな写真が載っており、良いアクセントになっている。

 

このエントリーでは「ふしぎ新聞」に載っていた"30年前の暮らし"について紹介したが、そこでは同時に「30年後の想像図、考えてみてください。」とのことで、自分が思う「30年後」を自由に書いて送ってください、との募集がかけられていた。そして本号の「ふしぎ新聞」ではその発表が行われた。

リニアモーターカーの実用化すら、思ったより遅れているので「宇宙エレベーター」は30年後でもどうかな?という気がするが、「車の自動運転」や「店員のロボット化」はすでに兆しが見えている。「あたらしいどうぶつが出現」というのは、それまで未知だった新種の「発見」のことなのか、はたまた遺伝子組み替えなどの影響による、人工的な新種の出現のことなのか、ちょっと恐ろしい気持ちも。30年前の「土曜授業」の影響か「月曜日も学校が休みに」という想像図もあったが、残念ながらそれはないと思うなあ。いや、もしかしたらあり得るのか?学校という集団生活の形態は無くならないにしても、オンラインでの家庭学習が部分的に取り入れられる可能性もありか?

30年後…私は70代だ。私は、夫はどんな年寄りに、そして子供はどんな大人に育っていることだろう。

南極の生きものたち (月刊たくさんのふしぎ2015年12月号)

南極の生きものたち (月刊たくさんのふしぎ2015年12月号)