こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

まちぼうけの生態学 アカオニグモと草むらの虫たち (たくさんのふしぎ傑作集)(第317号)

本書は、遠藤知二氏による"生態学"シリーズの第1作目にあたる本だ。3作目の『すれちがいの生態学』から「作者のことば」を引いて、3部作の紹介をする。

 虫たちの出会いをめぐる3部作の完結です。第1作の『まちぼうけの生態学』(2011年8月号。現在「たくさんのふしぎ傑作集」)では、アカオニグモと網のまわりを飛ぶ虫たちを。第2作の『おいかけっこの生態学』(2015年7月号)では、3種のオニグモとそれらを狩るキスジベッコウたちを。そして第3作となる本作では、キオビベッコウと同種のメスやその他の虫たちとの出会いの瞬間をみつめました。私がつきあった虫たちは、舞台も役者もちがっていますが、物語は結局のところ、ぐるぐるとまわる生態劇の一部を切り取ってきたような気がします。

 生きものどうしが出会う瞬間に立ち会いたい、できればその前にさかのぼって、出会いにいたる道すじも追跡したいと、私はずっと思っていました。

この本は、月刊誌当時に借りてきているものだが、実を言うと、その時私は読んでいない。というのは、何度も書いているとおりクモがダメなので、読み聞かせを夫に任せてしまった本なのだ。今回記事を書くにあたり、あらためて3部作を通して読んでみたなかで、初めて読むことになった。後2作と異なり、今作品はクモが主人公なので、クローズアップされる対象もクモの方だ。岡本よしろう氏の絵はすごくリアルというわけではなく、温かみをもったタッチなのだが、それでもオニグモのどアップはきついこときついこと。

ちなみに「生態学」とは、ウィキペディアによると「生物と環境の間の相互作用を扱う学問分野」ということになるが、作者の言葉を借りれば、要は「虫と虫との関わりあいを研究している」ということだ。

作者は観察地を探す途中、簾舞にある草むらで、1匹のアカオニグモの狩りを目撃する。バッタを瞬時に捕えるみごとな狩りに感嘆した作者は、くわしく観察することを決めるが、意外や意外、クモの狩りは失敗の連続だったのだ。テントウムシにはアルカロイドを含んだ黄色い体液で撃退され、ヒラタアブはそばに飛んできても網にはかからず、クロバエには網から逃げられ、成功したのは観察2日目の夕方、臭いとのたたかいを制し、ようやくカメムシを捕まえることができたのだった。

 観察した3日間、アカオニグモはまってばかり。狩りの名人だと思ったアカオニグモだったが、虫を狩ろうにも、虫がなかなかかからなかった。クモがすごす何もおこらない時間、それはおどろくほどの長さだ。

 

クモと餌の関係といえば、本書の内容から少し脱線するが、『こがねぐも』(甲斐信枝著)という絵本にまつわる面白い話があって、同じく甲斐氏の『小さな生きものたちの不思議なくらし』という本にその裏話が書かれているのだが、

 クモの網には、めったに餌がかからないんです。一週間も二週間も何も食べないでいるなんて、人間の感覚ではとても考えられない。で、八木沼先生(注:『こがねぐも』の監修をした八木沼健夫氏)にお伺いしましたら「クモは水さえあれば二ヶ月位は生きられますよ」ということでした。(略)

 私はコガネグモの夜の行動も観たいと思いましたので、家で飼うことにしました。家だと夜中も観察できますしね。自然の中と家の中と並行しながら観ることにしたんです。

甲斐氏は、この飼育しているコガネグモに「ふと、クモにおさしみを食べさせてみようと思いました。」ということで、 なんと自分のご飯から取り分けた刺身を与えてみるのだ。網にかけた途端「クモはおさしみに向かって突進し、真っ白な糸を噴射してみるみる獲物を巻き上げていきました。」

ところが、何度もお刺身を与えているうちに「クモは獲物にとびかかる精悍な動きも気迫も全くみせなくなりました。のこのこと獲物に歩み寄ると、ほんの申しわけ程度に糸を噴きかけ、無精たらしく二、三巻すると、その場ですぐに食べるんです。網の中心こそ安全、とでもいうように、必ず中心に持ち帰っていたのに。」という事態に展開していく。さらには「十五時間もかけて、干からびるまで吸い尽くしていたおさしみを、二、三分吸ってはポイッ、一、二分吸ってはポイッと捨てるようになりました。食べ物を粗末にするバチ当たりなクモになっちゃったんです。自然界にいるクモは、二週間も三週間も餌にありつけず、ひもじい思いをしているのに。」という状況にまで発展するのだ。

甲斐氏は、このクモの一生を見届けた後「コガネグモの絵本を作るなら、おさしみで飼った話以外にない」と考えるわけだが、当初は、編集部(福音館)から「自然界に生きるクモの観察絵本にしてほしい」と言われ、難色を示されたという。しかし、彼女は自分の考えを曲げず、紆余曲折を経て、構想したとおりの絵本として出版されることになる。

この絵本は、クモの研究者でないからこそ作れるものなのだ。クモの専門家ではないが、絵本作家としてはプロ、という甲斐さんの思いは「対象物への興味と愛情から発して対象に近づき、そのものから受けた驚きや感動を、絵と言葉によってお子さんに伝える」というものだ。

私は、甲斐さんの作る絵本のほとんどを読み聞かせしてきたが、同じ福音館で科学の絵本を出している彼女が、なぜか「たくさんのふしぎ」を書いていないことを不思議に思っていた。だが「結局、私の科学絵本は、幼いお子さんを自然へ誘う道具でよし、としているんです」との言葉を読んで、甲斐さんが見ているのは、小学生よりまだ小さい子どもたちの心であることがわかったのだった。彼女自身、幼い子どものような、自然に対する素朴な、ある意味鋭い観察眼をお持ちであることは、この番組を見た人なら実感するだろう。

 

『まちぼうけの生態学』の話にもどると、遠藤氏が観察を続けて5年目の夏のある日、糸で巻かれた獲物を隠れ場所に運び込んでいるアカオニグモを見つけるのだが、糸からはみ出した羽や脚の色が気になった作者は、ピンセットで獲物を取り上げ、中の虫を取り出してみる。その虫はなんと…想像はつくと思うが、そこはぜひ本書を読んで確認してみて欲しい。

「作者のことば」では、作者と共に、挿絵を担当した岡本よしろう氏の姿も写っていて、 実際にフィールドに出て取材を行ったことが見て取れる。当時のブログを見ると「苦手意識のあったモチーフと真っ向勝負!」、「気力と体力が持つのか?」という言葉があるが、3部作を無事描ききり、最終作の『すれちがいの生態学』の表紙にいたっては、立体イラストを作るまでになる。

冒頭で紹介した「作者のことば」にあるように、これで完結、というのはさびしい限りだが、ファーブル昆虫記がかつての子供の心を動かしたようにこれら3部作の本も「小学生の子どもたちを自然へ誘う道具」となったことは間違いないのだ。

まちぼうけの生態学 (たくさんのふしぎ傑作集)

まちぼうけの生態学 (たくさんのふしぎ傑作集)