こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

森はみんなの保育園(第320号)

たくさんのふしぎ」で自然科学系の分野を書いている方々の多くは、子供の頃野山を駆け回っていたとか、虫取りに夢中だったとかいう自己紹介が見られて、ああ幼少期の自然体験というのは後々「役立つ」ものなんだなーとつい短絡的なことを思ってしまう、

が!

今、我が子が生活する環境で、私が勝手にイメージするような「自然な」自然体験をさせるのはなかなか難しい。家の近くには川があるが、なかなか子供だけでは行かせられないし、田んぼもあるけれど、勝手に入って畦を踏み荒らしたりするといけないし、結局のところ、あまり危険でもなく迷惑もかからず、手っ取り早くできることとしたら、近所の、あまり広くもない公園で、身近な虫を取っ捕まえて遊ぶことくらいなのだ。

今はよくできたもので、こういった私のような「親の需要」に合わせて、さまざまな自然体験イベントが用意されている。あまり費用もかからず、「危険」や「迷惑」がほどよく管理され、先生もいて何かと教えてくれる、至れり尽くせりのイベントは、本当に助かるし、よく利用しているのだが、それでいいのか?いいじゃん!と単純に思えないのはどうしてなのか?まあ子供が楽しんでいるのであれば、良しとすればいいのだけれども。

かといって、夫と二人、自然の中に送り出せば、雨の中の山行からぐちゃぐちゃになって帰ってきたりして、え、この始末誰がすんの…と、ドロドロの靴下とズボンと下着とつまみ上げて嘆息するばかりでなく、道に迷いかけたーでも大丈夫だったーとかのんきに宣う夫につい文句が出たりして、本物の「自然体験」は綺麗事だけでは成り立たないことを思い知るのだ。

 

本書で紹介されている「森の保育園」は、1952年、デンマークのスレロドという町で、エラ・フラタウというひとりの母の活動から始まった。森が大好きなフラタウ氏は、自分の子どもたちも森へ行きたがるので、毎日のように森で遊んでいたそうだが、楽しそうに森へ出かけるその様子を見て、他のお母さんたちも、自分の子供を連れていってもらいたいと思うようになり、こころよく引き受けた彼女は、何人もの子どもたちと森で過ごすようになったということから「スレロド・森の保育園」は始まったらしい。

デンマークは北欧、北欧といえば森のイメージがあるが、本書によると、デンマークの国土における森の割合はわずか12%、日本の67%と比べると、意外に?森がとても少ないことがわかる。デンマークでは昔から、他人の森であっても、自由に出入りしていいというきまりがあるということで、自然の恵みは、みんなのものという考えから、デンマーク人は森で野いちご摘みに興じたりキノコ狩りをしたりと、野山のごちそうを楽しんでいるらしい。こういうのを聞くとついつい、根こそぎ採ってちゃったりする人はいないのだろうか?とか、ゴミを散らかしたりしていく人はいないのだろうか?と勘ぐりたくなってくるが、実際のところ、管理はどうなっているのか気になるところではある。

しかしながら「スレロド・森の保育園」は、今はもう存在しない。というのは、森の保育園は本当に森だけで、園舎というものがないため、雨や雪の日には長くても3時間くらいしかいられないからだ。現在は、フラタウさんが始めた時代とは異なり、デンマークの女性の多くが働いている。3〜4時間しか預けることのできない保育園など成り立つわけがない。それでも2010年まで続いていたというのだから驚きである。

「スレロド・森の保育園」無き後、つぎつぎ作られた「森の保育園」には、園舎や園庭が設置されており、子供たちは毎日そこからリュックを背負って森へ出かけるのだという。毎日自然の中で元気いっぱいに遊んでくれたら、これほど理想的なことはない、と思われる方も多いだろうが、何をするかもわからない幼い子供を、森など不確定要素が多い自然の中で遊ばせるということは、多くの人手(保育士)が必要になる、手間がかかるということでもある。

日本でも、自然体験を軸とした教育を目指す幼稚園・保育園が作られていて、「森のようちえん全国ネットワーク」で加盟園を見ることができるが、皮肉にも、自然が比較的少ないと思われる、大都市を抱えた都道府県に多く加盟園があることがわかる。人手が必要とされるこういった園は、おそらく費用が高額になると思われるし、場合によっては保護者の手も必要とされることもあるかもしれない。自然が少ないからこそ、自然体験を求めるのかもしれないが、こういった教育は、今のところは高所得=教育熱心な家庭が多い大都市部に住む限られた子供にだけ許される、贅沢な教育であると言い切ってしまうのは乱暴に過ぎるだろうか?

昨年、はてな匿名ダイアリー保育園落ちた日本死ね!!!というエントリーが話題になったように、待機児童問題が解消されないところに加え、保育士の質というソフトの面ばかりでなく、 園庭のない保育園というハード面の問題と、幼児教育にはさまざまな問題が山積している。そんな中で、国は幼児教育・保育の無償化を目指しているらしいが、これほどまでに多様な保育園・幼稚園が存在している現在、無償化というだけで果たして「平等な幼児教育」と言えるのかどうか、悩ましいところではある。

月刊 たくさんのふしぎ 2011年 11月号 [雑誌]

月刊 たくさんのふしぎ 2011年 11月号 [雑誌]