こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

龍をおう旅(第83号)

本書は「作者のことば」によると、

 龍は空想動物ですが、生きているがごとく東西の世界にいます。

 その龍を見るために、中国からヨーロッパまでの大きな拡がりの中に旅立ちました。

ということで、古今東西を求めて旅をし、写真を集めたものだ。その後、

 龍を見つけるたびに、その熱情がさめないうちに、編集部のT氏にはがきを出しました。

 その数は百通は下らなかったと思います。

 そうぜざるを得なかったのは、実体のない龍をどう捉えるか、その不安にいつもおびえていたためです。

と続けられているが、今だったら電子メールで瞬時に送ることができたものが、ハガキというアナログの手段で、しかもフィルムカメラしかない時代、写真は後から現像して初めて見ることができるという、タイムラグが大きいやり取りはどんなだったのだろうと面白く思った。

どうせフィルムは撮りためたものを後出しになるのだから、「熱情」の方も書きためておいて、まとめて渡せばいいのではないかと思われるが、作者には、取りあえず吐き出してそれを送るという作業が必要だったのだろう。

私は「龍をおう旅」はしたことがないが、これまで撮りためた写真を探ってみると、案外龍が写っていたりして「過去に撮った龍をおう」作業についつい没頭してしまった。

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長崎ランタンフェスティバルにて

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昇竜洞(鍾乳洞の名前には竜が付くものが割とある)

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タンロン遺跡・端門

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タンロン遺跡「敬天殿」の龍の手すりの石階段

 

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蓮池潭龍虎塔

 

長崎では長崎くんち龍踊りじゃおどり)が奉納されるように、龍との縁が深い。タンロン遺跡は、そもそもタンロンは「昇龍(ハノイの旧称)」と記されるので、龍の造形物が見られるのは必然ともいえる。台湾は中国とルーツが共通するところがあるので、中国においてプラスの側面をもって象徴される龍をモチーフにしたものが多く見られるのは、やはり当然のことだろう。

中国文化の影響を多かれ少なかれ受けている国々が、龍を神聖あるいはそれに近い存在として看做しそのように造形されてきたのに対し、西洋文化のドラゴンは退治されるべき存在、征服されるべき者の象徴として扱われてきた。聖人にやっつけられる哀れなドラゴンは、上の写真で見られるように中心に据えられたシンボルとしての龍ではなく、あくまで醜く忌み嫌われるべき存在として描かれている。

本書では、この違いについて「龍にたいする考えかたや思いはちがっていても、共通していることがあります。それは龍は強いものだという考えです」と書かれているが、確かに強いものだからこそ恐れられるわけで、その結果として敬われもし、嫌われもするものだということがわかる。 

日本の龍の紹介としては、京都の祇園祭の山鉾を飾る織物の龍について、ちょっとだけ書かれているのみだが、ウィキペディアを見ると、中国や仏教からの影響を受けつつも、各地の民話や伝説の中に息づいていることがわかる。日本画の画題としても龍は数多く描かれているが、夫がいちばん好きなのは芦雪の「龍図」。これは実際無量寺で見たことがあるが、やはり迫力ある画だった。私が好きなのは「栄西と建仁寺」展で見た海北友松の「雲龍図」。八面をいっぱいに使った襖絵は圧巻だった。