こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

吸血鬼のおはなし(第288号)

受験シーズンもそろそろ終わりだが、二十数年前の2月のある日、私は翌日の大学入試に備え、都内のホテルに宿泊していた。アラームをかけて、さあ寝ようと思ったところ、ヘッドボードにラジオが付いていることに気がついた。ときどき青春アドベンチャーを聴くのを楽しみにしていて、その時は前日まで『吸血鬼ドラキュラ』を聴きながら寝ていたのだ。当日は最終回で、聴けないのは残念だなあと思っていたところ、思わぬ形で聴く機会を得たのだった。いそいそとスイッチを入れると、NHK-FMに周波数を合わせ、翌日の受験のことも忘れて耳をかたむけた。しかし、シューベルトの「未完成」とともにアナウンスされていた登場人物、そしてキャストの名前などはいまだ耳について離れないが、話の中身はほとんど忘れてしまった。かつてはこういう怪奇ものが大好きだったので、ブラム・ストーカーによる原作も読んでいるはずなのだが、こちらの内容もすっかり忘れている。

本書は、ブルガリアに留学中だった著者の八百板洋子氏が、寄宿舎でルームメイトのルーマニア人、アセンカと出会うところから始まる。アセンカの母は「トランシルヴァニア地方で生まれたドイツ人の血を引くハンガリー人」である、という自己紹介を聞き、トランシルヴァニアという言葉にひかれた著者は、ドラキュラ伯爵について彼女に尋ねるのだ。齋藤芽生氏が描くアセンカの挿絵は、青白く幻想的で精霊のよう、この世のものとは思えない雰囲気を醸し出している。アセンカの話では『ドラキュラ』のモデルになったヴラド3世*1は、ルーマニアの英雄であり、人々は敬愛の心もこめて「ドラクラ公」と呼んでいるらしい。ドラクラとは"勇猛な龍の息子"という意味なのだと、アセンカは誇らしげに語っている。

3世自身も"ドラキュラ(龍の息子)"というニックネームを好んで使っていたようだが、これは父親であるヴラド2世ドラゴン騎士団に加盟していたため、"竜公=Dracul"と呼ばれていたことに由来する。串刺し公の異名をとる3世の残忍なイメージが、西洋において悪の象徴ともされる「ドラゴン」と結びつき、結果として父親のヴラド2世まで悪魔公と呼ばれるようになってしまったらしい。ちょっと気の毒な話ではある。

しかし騎士団というのは、もともと十字軍の時に作られた、いわばキリスト教の敵と戦うための組織で、ドラゴン騎士団世俗騎士団であるとはいえ、なぜ悪のイメージがあるドラゴンという名前を付けたのか、気になるところではある。ルーマニアの人々もヴラド3世のことを誇りをもって「ドラクラ」と呼んでいるらしいし、西洋において必ずしもすべてが、ドラゴン=悪というわけではないのかもしれない。

ヴラド3世の話の後は、作者が東欧のさまざまな出身の人たちから聞いた、吸血鬼にまつわる昔話が5篇収録されている。「ぶよぶよの吸血鬼」などは、お話の後作者が、

わたしは、吸血鬼とは人間の姿をしているものだと思っていたので、このおはなしにはおどろきました。煙や光、暴風をまきおこしたりする目には見えない力や、革袋の形であばれまわる奇妙なものまで吸血鬼の仲間とは想像もしていなかったのです。どうもバルカンの吸血鬼は、人間の姿をしているとはかぎらないようです。

と語っているが、天変地異や超常現象を死者の祟りとして考えていた昔の日本とちょっと似たところがある。

吸血鬼は「鬼」であるが、この5篇のお話を読むと、日本の鬼よりずっと人間臭い感じがする。 それは「作者のことば」で八百板氏が述べているように、これらの話が「愛のお話」であるからかもしれない。彼女は次のような言葉で「作者のことば」を締めくくっているが、実に愛のもつ本質を言い当てていると思う。

吸血鬼が求めている血とは、ほんとうは命のあたたかさであり、命のあたたかさの別の呼び名が、愛なのではないか。わたしは、そんなふうに考えるようになりました。

月刊 たくさんのふしぎ 2009年 03月号 [雑誌]
 

*1:本号では「ヴラド4世」と書かれている。「ブラド4世杭刺し公」という表記も見られるので、3世か4世か諸説ある話なのかもしれないが、よくわからなかった。