こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

あけるしめるでるはいる(第129号)

子供が『ひと・どうぶつ行動観察じてん』の月刊誌バージョンを見たがっていたので、図書館で取り寄せてみた。やはり内容は変わらなかったが、「ふしぎ新聞」がなかなか面白かった。

「みみずの学校」では、校腸が冒頭あいさつで、

じつは校腸にも一人、元気な夫がいるのだ。この人、雪国の生まれでさ。一年生のとき、「雪がとけたら何になる?」というテストで、「春になる」と答えたらペケされて、もっとよく考えましょうと言われたんだって。正解は「水になる」らしいけど、今でも彼は「春も正解だ」とがんばっている。

と素敵エピソードを披露すれば、『かんたんレストラン 世界のおやつ』の取材記が掲載されていたり。

おたよりコーナーには、

★「おおきなポケット」は創刊号から、「たくさんのふしぎ」はその少し前からずっと購入していて、気づいたらずいぶんな量になってきました。ゆかがぬけそう!もう来月からとるのをやめとこ、と言いつつ、結局毎月買っています。だって、おもしろいんですもの!物価上昇の時節ですが、どうかまだまだ今の値段でがんばってください。

と大阪からけなげなお便りが届いていたが、その返事はといえば、

☆4月号から680円になるんです。ごめんなさい。

という無情の一言。

中でも興味深かったのは「来年度(1995年度)の刊行予定」のお知らせ。

4月号  皮をぬいで大きくなる     
5月号  かんたんレストラン  世界のおやつ   
6月号 ノイバラとむしたち     
7月号 わたしが外人だったころ     
8月号 海はもうひとつの宇宙     
9月号 ぼくは盆栽     
10月号 ほら、きのこが…     
11月号 水中さつえい大作戦     
12月号 みらくるミルク      
1月号 外とつながる出入り口
2月号 大草原のノネコ母さん   
3月号 ゆったりのびのびヨーガ     

もちろん予定はあくまで予定。実際のところはというと、12月号から先ちょっとずつ変更されている。中でも注目すべきが、3月号で予定されていた『ゆったりのびのびヨーガ』。実際に出た3月号は『森をそだてる漁師の話』で、ヨーガとは何の関連もなさそうなテーマの本が出ている。1995年といえば地下鉄サリン事件があった年。これはオウム真理教という宗教団体によって起こされた事件だ。オウム真理教の前身は、教祖である麻原彰晃が始めたヨーガ教室「オウムの会」。この辺の事情が絡んでいるのかなーと推測するが、その後ヨーガをテーマにした「ふしぎ」が出版されたかどうかはわからない。

1月号は『大草原のノネコ母さん』、2月号は『みらくるミルク』に変更されていて、1月号で予定していた『外とつながる出入り口』こそ、12月号として出された、この『あけるしめるでるはいる』だと思われる。 

本書は「建物に開いた穴」について書かれた本だ。タイトルこそ抽象的にみえるが、その実、建物がまるで生き物のような、生気を感じさせる内容となっている。娘の“沙貴ちゃん”と会話しながら進められているという理由もあるだろうが、「建物に開いた穴」すなわち戸口や窓などは、建物の周りの自然、そして暮らす人々の生活に馴染んだ形に作られている、ということを実感できる内容になっているからだと思う。当たり前と言えば当たり前のことなのかもしれないが、出入り口や通気口を工夫して暮らしてきた人間の営みは、巣作りに工夫を凝らす生き物たちと通じるものがあり、自然のものを利用して作った巣も、人工物で作られた家にしても、その生きものに合った"Entrance"*1が設けられているのだ。

人の住まない家は傷みやすいとは言われることだが、本書で、

 家の中にいると、安心。でも、だからといって、とじこもってばかりはいられません。家の中の生活は、かならず外の生活とかかわっていて、それを調節しているのが、窓や戸口です。ぼくらはそれを、あけたり、しめたり。家はまるで呼吸しているようです。

と書かれているとおり、呼吸ができない家は死んでゆくということなのだろう。風や光や空気、それらを適度に取り入れないと、外の世界とつながることができない、本書では続けて「一つ一つの家が、開口部をとおしてつながっている。そうした家々をとおして、町全体もつながっているのです」と書かれているが、こう考えると空き家問題は、まさに町全体の問題として考えなければならないことがよくわかる。

「作者のことば」では、家作りの素材や作り方の工夫だけではなく、もうひとつ、家を作るものとして、忘れてはならないものがあると述べられている。それは「時間」であると。現代の家は明るく便利になったが、昔の家にくらべて「時間」をたっぷり生きているとは思えないと言うのだ。

本書の最後では、この考えに基づき、みずからの手で家作りをする実践が描かれている。大工さんの手も借りながら1年半、そして自分の手で少しずつ作り上げること5年。その土地の季節の移り変わりや、気候、温度や湿度など体で感じ取りながら、時に失敗して作り直したり、仕事の関係で中断したりしながら、時間をかけて作り続けているのだという。自然のなかに建つその家は、まるで秘密基地のようだ。「開口部」に注目して作られただけあって、窓や玄関の形がとても面白い。

「時間のなかで成長するような家作りをしてみよう」という作者の自宅が、今やどんな姿に成長しているのか、一度見てみたいものだ。この展覧会の時点で、すでに18年間も作り続けられているということだから、それから10年以上経った今はまた、違った変化を遂げているのだろう。

*1:本書の英題は"The History of Houses' Entrances"