こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ここにも、こけが… (たくさんのふしぎ傑作集) (第195号)

子供は「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ! 」を見ることを楽しみにしている。「所さん!大変ですよ」も続けて見ることが多い。

先日の話題は「村の“お宝”が盗まれた!?不思議なコケ・ブーム」。稀少コケの盗難の話から、コケを愛でる「コケガール」の話、コケ農家がロウリスク・ハイリターン経営でウハウハな話などなど、ほんの30分に盛り沢山の内容が詰め込まれていた。コケの愛好にスポットを当てた話ではないので、コケの魅力についてはいまいち伝わってこなかった。むしろ、屋上緑化の一環でコケ栽培を行う会社の、一挙両得ぶりに興味をもってしまった。工場には、工場立地法で「敷地面積20%以上の緑化義務」が定められている。屋上でのコケ栽培は、法令遵守という本来目的に適うだけではなく、低コスト(安い・軽い・維持が簡単)の上、断熱材代わりとして空調費の削減にもなるというのだ。コケ、すごいな。

苔による屋上緑化は行われているものらしく、ちょっと検索しただけでも「苔こっこ | 屋上緑化システム」のような面白い商品もあった。「長年コケ栽培に携わったプロが精魂込めて育成しています」。屋上緑化に使われるのはスナゴケが多いようで、適した種類を選んで商品化しているのだろう。

『ここにも、こけが…』で写真を担当している伊沢正名氏も、ある意味苔のプロといえるだろう。しかし、苔をテーマにしていても、本書のスタンスはテレビで紹介された「コケ・ブーム」とは対照的なものだ。栽培や収集などが目的でなく、観察のよすがとなる本。道端や庭のすみなど身近な場所に生えているコケを、ルーペなどを使ってじっくり見てみようというものだ。

表紙の美しさを見よ!樹木が葉を落とし冬支度を始める季節に、瑞々しい青を延ばし生き生きとした様を見せつけている。落ち葉の彩りはあくまで引き立て役だ。つっ立ったまんまでは、目を地面から遠くに置いたままでは、コケの美しさを味わうことはできない。しゃがんで、顔近づけて、ルーペで拡大して、やっと小宇宙(本書の英題は"MOSS, THE MICROCOSMOS")にたどり着くことができる。

さまざまなコケの、美しさの数々は、アート系の本として仕上げてしまいそうにもなる。越智氏の文のおかげで、それとは一線を画す内容になっている。アート系が悪いわけではないが、こと自然に関しては、コケの生き様のすごさや不思議さを知ることで、写真の見方も変わってくると思うのだ。写真を見て、文章を読んで、また写真を見て……たった40ページなのに繰り返し読みたくなる。図鑑のように詳しすぎもせず、かといって中途半端でもなく、バランス良く作られているからだと思う。何より大事なのは、自分もルーペ片手に観察してみたくなること。

気づかなかった世界を見せてくれること、面白さを感じさせてくれること、その世界に誘ってくれること。良い本には(良いブログにも)こういう面が必ずある。知れば、その世界のものを、知り合いのように友達のように感じることができる。興味をひかれ、ちょっとでも取っ掛かりができれば、さらに知りたくなる。

 

高校時代、生物でコケの生殖を学んだが、雄花と雌花があり、造卵器と造精器が形成され、それぞれ卵細胞と精子をつくり……という形態に、人間のようだなあと考えたことを思い出した。精子は、雨などの水に触れたとき泳ぎ出して卵を目指すということだが、そんなに簡単に出会えるものだろうか?と不思議に思っていた。本書でも、コケ(コスギゴケ)の生活史が描かれているが「どうやって精子が卵のありかを知るのかは、まだよくわかっていない」らしい。まあ、ヒトの精子だって、卵に出会ってうまく受精できるとも限らないのだから、コケだって同じことかもしれない。生殖というのはかくも神秘な業だなあと、受精卵の成れの果ての我が子を見てしみじみ思う。

ここにも、こけが… (たくさんのふしぎ傑作集)

ここにも、こけが… (たくさんのふしぎ傑作集)