こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

デタラメ研究所(第401号)

表紙には、たくさんの子供たちがサイコロを振っている様子が描かれている。見開きにすると子供たちが無限にいるように見えて、はてなし世界の入口に来たような気分になれる。

『デタラメ研究所』というタイトルも軽やかならば、イラストのタッチも軽やか。しかし、内容は軽やかに見えて軽やかではない。タイトルの“デタラメ”からして、出鱈目に付けたものではないのだ。すなわち、出鱈目の語源は「サイコロの出た目そのまま」ということ。本書は、サイコロの目の出方のそれこそデタラメさと、人がそのデタラメとどう付き合ってきたかについて書かれている。そして、デタラメな現象をどうにか予想したい、せめて起こる可能性くらいははかれないものかという「確率」の話にもつながってゆく。

「作者のことば」で言われるとおり、

人は「デタラメ」との付き合い方がとてもヘタで、確率についていろいろとたくさんの思い込みをしているものです。

たとえば、本文の最初には

・サイコロの出る目を60回分予想して書いてみる

・白紙にデタラメに点々を打ってみる

という二つの実験が出てくるが、人の手によるものは一見デタラメのようには見えるが、案外「デタラメ」ではないことがよくわかる。出鱈目というのは、いい加減、無責任、根拠がないというような意味で使われるが、人は結局、本当の意味ではデタラメになりきれないのだ。コンピューターの方がきちんと、デタラメな数のならびを作り出すことができる。

このデタラメの数が、天気予報というデタラメでは困るものを計算するのに使われるという話まで来ると、どこまで理解できるかな?という感じだが、それをぼんやりとでもわかって「降水確率50%」の意味を知ってくれれば、それでいいのかもしれない。

こう私の拙い文章で説明すると、子供には難しそうな内容に感じられるかもしれないが、お話は“宇宙人”によるデタラメ調査団が、地球人たちがデタラメ現象をどうとらえ理解しているかを調査する、というファンタジーテイストで作られていて、とても読みやすい。作画のコマツシンヤ氏はマンガ家でもあるので、『カタツムリ 小笠原へ』の時と同じく、コマ割りを効果的に使って描いている。デタラメをテーマにしているけれども、その実、内容はデタラメではなく、しかしファンタジーというデタラメな世界を使って描かれる。この辺の妙味は、コンピューターには決して創り出すことのできない“デタラメ”さだろう。

ちなみに本書を読み終わった子供に、サイコロ3回振って3回とも3が出たら奇跡だと思う?と聞いてみたところ…うん、奇跡!珍しい!あり得ない!と断言された。まあ確かに珍しいけどね、奇跡みたいな感じするけどね、わかるけどね、でもさ…これを読んでもなお、そうなわけ?

やはり、デタラメ研究所研究員アール氏の「報告」のとおり、

科学が発達したいまもあいかわらず

地球人の多くはたんなる偶然におどろいたり、

意味のない事柄に勝手に意味を見つけだしては、

一喜一憂しつづけている

ということなのかもしれない。 

デタラメ研究所 (月刊たくさんのふしぎ2018年8月号)

デタラメ研究所 (月刊たくさんのふしぎ2018年8月号)