こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ぼくらの天神まつり (たくさんのふしぎ傑作集) (第48号)

はやぶさが打ち上げられた内之浦は鹿児島県肝属郡肝付町にある。この町には、高山やぶさめ祭という面白いお祭りがある。

高山やぶさめ祭 | イベント | 【公式】鹿児島県観光サイト かごしまの旅

流鏑馬そのものは珍しくはないが、ここの射手は中学生が務めるのだ。毎年町内の中学2年生男子から1名が選ばれ、1ヵ月くらいの練習を経て本番を迎えることになる。馬に乗ったこともないような少年が、着慣れない衣装を身につけ、疾走する馬上で矢をつがえ弓を射る。町内外のお客さんが詰めかけ注目されるなかでの神事。少年にかかるプレッシャーはどれだけのものなのか想像するに余りある。

流鏑馬の主役を張るのは子供。しかしお祭りを取り仕切るのはあくまで大人たちだ。

一方、岐阜県高山市上宝町(執筆当時は吉城郡上宝村)で行われる『ぼくらの天神まつり』を仕切るのは子供たち。「おとなのたすけをかりずに、自分たちだけでやっているのだ」。子供たちの、子供たちによる、子供たちのためのお祭りなのだ(ちなみに岐阜の高山市は“たかやま”と読むが、肝付町の高山は“こうやま”と読む)

中心となるのは「子ども会」。地区の小学1年生から中学3年生までの子供たちで構成されている。会長は、小学生全員が多数決で何人かの候補者を選び、そこから中学生たちが話し合って決められる。お祭りの時には「少年団」と名前を変え、会長(団長)の元、役割分担をしながらお祭りを運営するのだ。

子供だけでやるお祭りなど、大したものではないと思われるだろうか?

 1年に1ど、子どもたちが、奴や山車(屋台)で行列をつくって、村はずれにある天神さまにおまいりし、獅子舞いを奉納(神さまにささげる)するおまつりだ。そのあと獅子舞いは2日がかりで、村の家を1けんずつたずね、ハナというお祝いのお金をもらう。そのお金は、本郷の子どもの会の1年間の活動資金になる。

というなかなかどうして本格的なものだ。

踊りの稽古を仕切るのも子供たちならば、山車を作るのも子供たち。食事の用意だって子供たちがする。後片付けはもちろんのこと、お祝い金の集計も子供たち自身の手で行われる。お祭りにかかったお金や子ども会の1年間のイベント代を差し引いた上で、参加メンバーには役割に応じた給金が支払われるのだ。

子供だからというわけでもないだろうが、ちょっとした失敗もある。シンヤクという祭りの前夜祭当日、朝の9時半集合で準備するのに、時間どおり来たのは団長ひとりだったり。隣の集落の少年団と約束した「起こしだいこ」に出発する時間を、カラオケに熱中していて忘れてしまったり。それでも何とかなる。

いちばん厳しい見物客は、卒団したばかりの「先輩たち」だ。「去年の獅子舞は迫力がなかった」というお叱りに、今年は汚名を返上すべく大張り切り。年若い先輩たちの厳しい声があってこそ、祭りを盛り上げていくことができる。

このお祭りがあるのは4月始め。村の人びとに「春がきたことを知らせる」お祭りでもあるのだ。子供たちのお祭りではあるが、村に春を告げ、農作業の準備を促すという大事な役割を担っている。

地蔵さまと私(第394号)』もそうだったが、作者である田沼武能氏が、子供たちに向けるまなざしはとても優しい。 同じように子どもとお祭りを描いた本でも『絵で読む 子どもと祭り(第400号)』とはまた違う。『ぼくらの天神まつり』に、大人はほとんど登場しない。大人はあまり関わらないのだから当然だが、私(読者)自身が、子供たちの様子────準備に勤しんでいる、あるいはお祭りの合間に寛いでいる、そして真剣に取り組んでいるところを、そっとのぞいて見守っているような気分になれるのだ。作者と同じく。

子供たちの数が減っていく中で、こうしたお祭りも維持が難しくなってゆくのかもしれない。本文によると上宝村本郷の人口は650人、世帯数は177戸。月刊誌発行当時(1989年)あたりの数字だ。それが2015年では人口総数: 470人、世帯総数: 159世帯。お祭りに参加できる年齢層である5~9歳、10~14歳の総数は35人ということで、かつてと比べ参加者も少なくなっているだろう。

少子高齢化はこれからが本番。『ぼくらの天神まつり』は、消えゆく文化の貴重な記録と化してしまうのかもしれない。

<2022年6月20日追記>

先日作者の田沼武能氏が亡くなられた。93歳だった。

2009年に出版された『子ども組―伝統祭事の主役たち』という本がある。本号と同じく、子供が関わる各地の行事・祭事を写し撮ったものだ。1980年ごろの写真を中心に構成されている。もちろん『ぼくらの天神まつり』で取り上げられた、上宝町のお祭りも掲載されている。

子供が主役だから当たり前だが、どのページも子供たちであふれている。真剣に取り組む表情、祭りの後ひと息ついた顔、目一杯楽しんでいる様子……どの子供もその時を自分らしく過ごしている。大人とは違った魅力がある。『ぼくらの天神まつり』と同じく、田沼氏のまなざしの優しさを感じられる本だ。

子ども組とは何か。

『子ども組―伝統祭事の主役たち』のカバー袖に書かれた説明によると、

6歳から14〜15歳までの男児からなる年齢集団で、最年長が指導にあたりながら、小正月行事、天神講、七夕、亥の子など、年中行事をつかさどってきた。子ども組を卒業すると若者組に加入し、青年への道を歩む。

とはいえ、この本の行事・祭事には女子の姿もちらほら見られる。当時でも子供が少なくなっており、女子の参加も促されていたからだ。上野村には「お雛がゆ」という女子だけが参加できる行事もあったが、今はやはり男子の参加もあるようだ。

長幼の序、男女の役割分担などなど……今では変わりつつある価値観をもとにした「子ども組」のあり方は、変わらざる(廃れざる)を得ないものだったのかもしれない。田沼氏ご本人もあとがきでこのように記されている。

 町や村から子どもたちの歓声が消えて久しい。子どもたちは学習塾に通い、親の考えによる「情操教育教室」に通い、遊ぶ時間が消えている。いつも大人の管理下に置かれている。これでは独立自尊の人間が育つはずがない。といって社会環境が変わり、生活スタイルが変化した現在、子ども組のような組織を求めることは不可能である。(『子ども組―伝統祭事の主役たち』149ページより)

しかしながら、大人の見守りがありつつも、子供だけで何かを成し遂げるという経験は、何にも替え難い成長の礎となることは確かだ。

 元来、子どもは仲間と遊びながら、社会ルールを身につけて成長する。喧嘩もするが、他人を危めてはいけないこと、我慢することなども自然に会得していく。育った地域の行事祭事を体験することで、郷土愛も生まれ、思い出もいっぱいできるのだ。仲間たちとの協力で行事を完結した喜びは、かえがたい体験となる。この達成感が、子どもにとって成長へのなによりの宝となる。(『子ども組―伝統祭事の主役たち』2ページより)

現在このような体験は、すでに学校という場に移ってしまっている。部活動然り、文化祭・体育祭あるいは合唱祭然り。加速する少子化、昨今の感染症対策事情で、こうした学校での「体験」すら変わりつつある。学校という場でさえ、統廃合で徐々に減りつつあるのだ。もしかしたら、次に記録すべきはこうしたなくなりつつある学校、あるいはその伝統行事の数々なのかもしれない。子供という存在すら貴重になってしまった今では。

150〜151ページは「掲載した祭事は、いま」ということで、紹介される祭事のその後について説明がある。この本の出版当時でも断絶していたり、形を変えて存続していたり。今は存続していても過疎化が進むところからだんだん厳しくなっていくことも予想される。

掲載されているのは以下の34の祭事。

  1. 獅子祭り(北相木村道祖神の獅子舞① - Cosmos Factory
  2. おかたぶち(川上村 (長野県)原のおかたぶち - 信州の伝承文化 - 信州の文化財 - 八十二文化財団
  3. 塞の神草花村88.どんど焼き(さいの神) | あきる野市
  4. 福の神(高月町 (八王子市) はちおうじ物語其の九 主な構成文化財|八王子市公式ホームページ
  5. トイトイ(阿東町伝統の「地福のトイトイ」実施 
  6. 初午(利賀村利賀の初午行事 | 文化遺産検索 | とやまの文化遺産
  7. 蛇祭り(三郷市大広戸)三郷市のオビシャ(大広戸の蛇祭り) | 三郷市観光協会
  8. 地蔵祭り(玉村町おたまちゃんとたつながさまの活動日記2020年2月28日 | 玉村町
  9. アマメハギ(能登町アマメハギ(ユネスコ無形文化遺産)|行事案内|能登町役場
  10. 地蔵転がし(尾花沢市北郷奇習・奇祭 - 尾花沢市
  11. 子ども涅槃(奈良市田原町「春のまつり 矢田原町の子供涅槃」奈良市矢田原町 - YouTube
  12. お雛がゆ(上野村乙父のおひながゆ
  13. 天神さま祭り(上宝村飛騨上宝の子供祭り | まんま農場
  14. 花祭り吉田町 (埼玉県) 塚越の花まつり/秩父市
  15. すすつけ祭り(橿原市地黄町)橿原市/すすつけ祭り
  16. したんじょう(福井市鹿俣町)したんじょう | 真宗高田派 浄善寺
  17. 御田植え式(磯部町 (三重県) 日本三大御田植祭 伊雑宮 御田植祭 | スポット・体験 | 伊勢志摩観光ナビ - 伊勢志摩観光コンベンション機構公式サイト
  18. 半平の天王焼き(小鹿野町秩父の通過儀礼その2 - 子どもザサラから水祝儀まで | 一般財団法人さわかみ財団
  19. ヤッサイヤ(美浜町 (福井県) 新庄)7月 【ヤッサイヤ】|美浜町新庄オフィシャルサイト(福井県三方郡)
  20. はったい地蔵(美浜町 (福井県) 宮代)ハッタイ地蔵 - 美浜町わがまち自慢委員会
  21. キツネ踊り(姫島村姫島盆踊り(キツネ踊り) | JA共済 ちいきのために 47都道府県の祭り・伝統芸能
  22. カヤカヤ馬(茂原市弓渡)かやかや馬 | 千葉県茂原市の公式サイトへようこそ!
  23. 新保の七夕まつり(越前市新保町)【Jr.+】夏の伝統行事 太田新保の七夕 - 丹南CATV番組制作スタッフブログ
  24. 地蔵盆小浜市西津地蔵盆 | 小浜市公式ホームページ
  25. じいだ ばんばぁだ(象潟町じいだ、ばんばぁだの「盆小屋行事」 | あきた元気ムラ!秋田県のがんばる農山漁村集落応援サイト
  26. 盆綱曳き(筑後市久富)久富盆綱曳き|筑後市公式ホームページ
  27. 泣き相撲(東和町 (岩手県) 毘沙門まつり・全国泣き相撲大会 |イベントカレンダー|【花巻観光協会公式サイト】
  28. 初土俵入り(宮津市宮町)赤ちゃん初土俵入 – 山王宮日吉神社
  29. 羯鼓舞(東金市菱沼)房総の祭事記 on Twitter: "★菱沼の羯鼓舞 水婆神社(東金市) 一月二十日 直前日曜日と十月十七日 直前日曜日に行われる。 https://t.co/lVwC2liGhp"
  30. 古式土俵入り(岩槻市さいたま市/文化財紹介 岩槻の古式土俵入り
  31. 五つ鹿踊り(鬼北町清水の五つ鹿踊り|愛媛のイベントを探す|愛媛県の公式観光サイト【いよ観ネット】
  32. 亥の子(詫間町)※関連するwebサイトが見つからず。
  33. チャンチャカチャン(新居町 (静岡県) 湖西市新居町 大倉戸のチャンチャコチャン
  34. ヤマノカンコの祭り(敦賀市赤崎)妖怪を退治せよ…白塗りの小学生“使者”がお供え物を持って疾走 福井県敦賀市で奇祭「山の神講」 | 社会 | 福井のニュース | 福井新聞ONLINE