こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

カモノハシのなぞ(第148号)

夫は趣味で登山を続けているが、プラティパスという給水ボトルを使っている。ちなみに私のは大学時代に買ったまま、懐かしの手付ポリタン2Lだ。

ある日、干してある給水ボトルを見て、プラティパスってどういう意味だろう?描かれている動物みたいなのは何?と思って調べてみた。「カモノハシのことなんだね〜!」と感心しながら夫に話したら、今ごろ気づいたのか、と呆れたように言われてしまった。

カモノハシはご存知のとおり、哺乳類なのに卵生という変わった特徴を持つ動物だ。爬虫類や鳥類のように総排出腔を持っている。つまり、うんこもおしっこも卵も、同じ穴から出てくるというわけだ。私も含め「ほとんど全ての有胎盤哺乳類の雌の場合」、それぞれ出るところが別になっているわけだから、これは驚くべきことだ。

こんな変わった生き物を初めて見れば、作り物だと思い込んでしまうのも無理はない。カモノハシのふるさとは、固有種の宝庫でもあるオーストラリア。18世紀ごろ、ヨーロッパ人がオーストラリアに移住し始めてから、カンガルーなど当地の珍しい動物たちが、次々大英博物館に送られ始めていた。カモノハシの標本もそのひとつだった。

しかし「ミズモグラ」と書かれたラベルがつけられたその生き物は、当時の学者ですらにわかには信じられないような様態であったらしく、

「このごろは、サルの上半身と魚の下半身をつないだ『人魚』だの、ヘビにエイのひれをつけた『海竜』だの、いろいろな“怪獣”が東洋から入ってきているんだ。器用な東洋人の手にかかると、だれにも見ぬけないほどみごとな、まがいもののはくせいができあがるんだから!」(本文より)

と、別々の動物の体の一部をつなぎ合わせて作った、偽物あつかいされる始末だった。

本文によると、ヨーロッパ人がオーストラリアにやってくるまで、大陸の哺乳類はほとんどすべて有袋類単孔類で、その他の哺乳類は数が少なかったのだという。これには「大陸の移動」と「哺乳類の進化」が関係している。地球上の大陸はもともと大きな一つの大陸だったが、ここからオーストラリア大陸が分かれた当時にいたのが、有袋類と単孔類。他の大陸では、進化をとげた別の哺乳類との生存競争に負けたり、気候的な条件で滅びてしまったりしたが、オーストラリア大陸では生き延びることができたというわけだ。

カモノハシが太古から変わらない理由 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

によると、カモノハシは、進化による変化が最も少ない哺乳類なのだという。環境が安定していること、競争相手が少なかったことが関係しているのではないかと推測されている。

しかし、ヨーロッパ人の到来は、「環境の安定」に著しく影響を及ぼした。ヨーロッパやアメリカでは、この珍しいカモノハシの剥製を欲しがる人が増え、20世紀はじめまでに何万頭ものカモノハシが撃ち殺されたという。このため一時は絶滅寸前まで追い込まれてしまったようだが、今では厳重に保護されており、近危急種のレベルまで回復している。

 

「作者のことば」では、文を書いた羽田節子氏がアボリジニとその文化について言及している。

(略)アボリジニーはヨーロッパ人がやってくるまで何万年ものあいだ、私たちの物質文化とはまったくことなる、宗教にもとづいた精神的な文化をはぐぐみ、神話を物語や踊りや彫刻によって伝えてきました。(中略)

 カモノハシとハリモグラが卵を産む動物であるという、ヨーロッパ人が100年かけて確認した事実も、もちろん彼らは知っていました。また、人が入ってはならない聖域があり、そこは自然保護区の役目をはたしていました。

 今、世界は西欧文明全盛の時代ですが、人間と自然が共存していくには、いろいろな民族の知恵に学ぶことも大事なのではないでしょうか。

アボリジニたちとカモノハシはどういう関係だったのだろうか。どんな物語が紡がれ、どう描かれていたのだろう。『オーストラリア・アボリジニの伝説―ドリームタイム』によると、カモノハシは大変特別なものと考えられていたようで、そのために食用に狩られることもなかったということだ。

ウィラジュリ族の民話から採られた「カモノハシが特別なわけ」という話を読むと、アボリジニたちがいかに生き物をよく観察していたかがわかる。すなわち、陸に住む動物、水の中の生き物、そして鳥たちは、どの生き物がいちばん優位にあるのか張り合っていたが、どのグループもカモノハシを仲間に入れたがっていた。悩んだカモノハシは、友だちのハリモグラに相談をするが…ということで、ここから、アボリジニたちがカモノハシとハリモグラは友だち、つまり同じ仲間(カモノハシ目)だと知っていたことがわかる。そして、カモノハシはすべてのグループの生き物を集めた場で、こう宣言するのだ。「よく考えた末、私の仲間はあなた方全員と友だちにはなりますが、どのグループにも加わらないことに決めました」。さらにカモノハシは重要なメッセージを伝えるのだ。それぞれの生き物が素晴らしい特徴を持っていること、私にはその特徴がほんの少しずつ与えられていることに感謝していること、偉大なる万物の父バイアーメが今ある姿にお創りになられたこと、だから自分たちのことだけを考えるのではなく、お互いに尊敬し合うことを学ばなくてはならないこと。ヨーロッパ人が紛い物だと思い込んだその特徴こそ、アボリジニたちがカモノハシを特別な存在だとする理由でもあった。

 

「ふしぎ新聞」には、挿絵を描いた藤井厚志氏によるカモノハシの取材記も載せられており、こちらは軽やかな調子で綴られている。軽やかといっても、一度目の渡豪ではカモノハシに会えず、二度目の取材でも現地の人たちから出会うのは難しいと言われていたところだから、なかなかどうして大変なことだ。見つけたらラッキーだよ、と言われたことから、発見したカモノハシに“ラッキー君”と名づける一方で、

ラッキー君の巣穴の入り口は、見えるところに2つあったが、それ以外に水中にもあるらしい。

とか、

水面に浮かんでいる時間と潜水時間を計ってみると、ほぼ正確に15秒浮いていて、45秒潜水する。

など、10日間、毎日観察やスケッチをした中で気づいたことも書かれている。絵を描くだけなら、2〜3日程度のスケッチでいいのでは?とも考えてしまう。実際本号には、カモノハシそのものの絵が頻繁に出てくるわけではない。しかし、本当に良い絵を描くためには、単なる仕事としての目線だけではなく、生き物の行動を好奇心をもって楽しむ視点が必要なのだと思う。一見無駄と思える取材も、本文には書かれない、描かれないことも、あまねく「たくさんのふしぎ」を支えていることがよくわかる。

ラッキー君とその家族は美男美女ぞろいだった!

というのは、さすがにひいき目のせいだろうと思うが…。

ちなみに前述の『オーストラリア・アボリジニの伝説―ドリームタイム』には、

カモノハシが小川の土手をあわてた様子で走ったり、川を泳いでいたりするのを見ると、人々はいつも、それを幸運の兆しだと考えた。

と書かれている。ラッキー君というのは、まさにカモノハシに相応しい名前であった。