こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

森をそだてる漁師の話(第132号)

わが家は転勤族のため、数年おきに日本各地を転々とする生活をしている。

新しい土地を巡る、旅のような暮らしも悪くはないが、一つの土地に根ざした生活にも憧れることがある。

先日、NHKの「小さな旅」で見たのは、開拓に入った土地で苦難の時代を分かち合い、以来60年もの付き合いになるという80代の女性たち。長年にわたる隣近所での付き合いには、わずらわしい部分も無いわけではないのだろうが、老後のおだやかな生活のなかに苦楽を共にした茶飲み友達がいる、というのは心底うらやましいと思った。

土地の歴史を語れるのは、その土地に根付いて暮らしてきた老人たちだ。

「森をそだてる漁師の話」では、北海道はえりもにある百人浜の歴史について語られている。移住して生きていくのに精一杯、という状況から森が無くなっていったこと。森が無くなったせいで、生活の糧を失ったこと。もう一度森を再生するため、試行錯誤しながら作業を重ねていったこと……。

百人浜の歴史を語るページは、暗めの色調のざっくりした油彩風の絵で描かれていて、当時の苦闘がよく表現されている。

百人浜の生き字引”である語り手の漁師は「森の10年は人間の1歳」という。えりもの緑化事業がスタートしたのは1953年。それから60年余りたった現在でも、えりもの森は10歳にも満たない子供ということになる。森が「大人」になるにはとほうもない時間がかかるのだ。

子供が興味をひかれていたのは、やせ細った百人浜の森に追い打ちをかけることになった「バッタの大群」の話。バッタ好きの彼はいつかそのバッタの大群=群生相のトノサマバッタを見るのが夢だそうだ。当時の百人浜の人々にとっては夢、ではなく悪夢であっただろうが……。

<2024年5月18日追記>

『えりも砂漠を昆布の森に』という絵本を読んだので、合わせて『森をそだてる漁師の話』を再読してみた。『えりも砂漠』は百人浜の話そのもので、『森をそだてる漁師の話』に出てくるのと同様のものが描かれている。『えりも砂漠』の奥付には、

 えりも岬の緑化事業は、飯田常雄さんら地元えりも岬漁民と事業を行う浦河営林署とで続けられた苦闘の歩みであり、はげ山に森を取り戻した歴史でした。

と書かれているが、同じ子供向け絵本でも、その苦闘は『森をそだてる漁師の話』の方が優れて表現してるなあと感じた。子供たちにとってわかりやすくとっつきやすいイラストにする、というのも一つの表現だし、そういう絵本も必要だと思うが、グッとつかまれるのはやはり野坂さんの絵の方だ。本当に傑作集にならないのが惜しいくらい。

再読して思い出したが『森をそだてる漁師の話』は、襟裳岬の話だけではない。“森は海の恋人”を合言葉に森づくりの活動をおこなってきた畠山重篤氏や、ミンダナオ島でのマングローブ植林活動をもとに、ふるさと鵡川でししゃもの復活を夢見る吉村正氏などの話も紹介されている。

吉村燻製工房 | 海産物 | むかわの魅力 発掘商店

つまり「森をそだてる漁師の話」、これは襟裳岬だけの話じゃないよということなのだ。「飯田常雄さんら地元えりも岬漁民と事業を行う浦河営林署の人たち」は偉かったね、という話ではなく、あなたたち子供にも関係ある話なんだよと。

「作者のことば」では、野坂さんがかつて住んでたところで山々が削られていった話が出てくる。

 山の腐葉土の中にある豊かな養分も、その養分を運び出すせせらぎもなくなりました。せせらぎは中国山地の奥から流れ出す大きな川に合流して、長年カキの養殖をしている瀬戸内の海にそそぎこんでいました。小さな山と小さな水の流れが一つ消えたからといって、養殖されているカキの太りぐあいが悪くなるとは思いませんが、「ここだけなら」「これくらいは」という考えが積もり積もったらどうなるでしょう。その結果に、はじめに気づくのは漁師さんたちです。

『森をそだてる漁師の話』が出て20年近く経った今も、開発は環境保護とのせめぎ合いで成り立っている。そのツケを払うのは私たちではなく、未来に生きる子供たちなのだ。