こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

小麦・ふくらんでパン (たくさんのふしぎ傑作集)(第92号)

学生時代、初めてイタリアを旅した時、感動したのがパンのおいしさだった。

日本のベーカリーだってもちろん、焼き立ては格別だ。焼き立てフランスパンのなんとうまいことか。気がつくとバゲットをまるまる1本平らげていたこともある。しかし、とにかくローマに来て、初めて食べた朝食のパンは、味も食感もそして香りも、それまでパンと呼んで食べていたものとはぜんぜん違う代物だったのだ。

その後、結婚してから学生時代のサークルメンバーに記念品を贈ってもらったのだが、それが今は無きSANYOのもちつきベーカリー。餅好きの私は餅を搗く方がメインだったとはいえ、パンもそれなりに作ったりしていた。焼きたてパンの香りとおいしさと来たら、やはり何にも代え難いものだ。朝の目覚めがパンの香りにもたらされるというのは、なんてぜいたくなことだろうと思っていたのも束の間、冷めるとそんなにおいしいもんでもないことに気づかされる。これはひとえに材料、とくに小麦粉のせいだ。ご飯だって、お米が良くなければおいしくなるはずがない。かといって高級小麦粉を購入して作るまでの熱はなく、わが家のホームベーカリーは、冬期のある時期にだけ活躍する餅つき専用機として落ち着くことになってしまった。

本書の冒頭には、

人間は、大むかしから世界じゅうで、いろいろなパンを作ってきました。それは、発見とくふうのつみかさねの歴史でもあったのです。

と書かれているが、パンひとつ作るにもさまざまな工程があり、その工程のひとつひとつに「発見とくふうのつみかさねの歴史」があって、一朝一夕にでき上がったものではないということがよくわかる。小麦を作るところから始まり……とはいえ、現在日本で普通に食べられているような「発酵パン」には、大麦ではなく小麦が向いているということすら「発見の歴史」の中にあるのだ。今や、おいしいパンを食べたいと思えば、何ら苦労せず、少量の貨幣と交換するだけで手に入るのに、家でわざわざ作るための機械(ホームベーカリー)が登場するとは、大むかしの人もさぞや驚くことだろう。

小麦・ふくらんでパン (たくさんのふしぎ傑作集)

小麦・ふくらんでパン (たくさんのふしぎ傑作集)