『あったよ! 野山のごちそう(第291号)』には、
どんなにおいしそうに見えても毒をもっている実もあるよ。
と書かれていた。
その「どんなにおいしそうに見えても毒をもっている実」の一つが、本書に出てくるドクウツギの実だ。「鳥と旅する木の実」ということで紹介されているが、「鳥がどのくらいたべるのかはよくわかっていない」そうだ。
このドクウツギ、かつては子供の死亡例もあったくらいの有毒植物だが、『毒草を食べてみた』という本では、実際著者が食べてみた時の様子が書かれている。
ドクウツギを探しに出かけた先で、初めて見たドクウツギに魅せられるようにひと枝折って持ち帰る著者。「その晩は何となくうれしくて、花瓶に活けた枝をためつすがめつ眺めながら過ごした」という描写が何とも不穏な雰囲気を醸し出している。翌日になると「いったいこの実はどんな味がするのだろうと、無性に好奇心がわき」一粒つまんで口に放り込んでみた、という暴挙に出るのだ。その後、毒を食べたというプラシーボ効果のせいかと思いつつも、「睡眠薬中毒でラリった状態」のような症状に陥る。もう少し食べてみないとわからないかな……と思っていたところ、昭和56年にドクウツギを知らず果実酒に仕立て、一年後に試飲した人が、七転八倒の苦しみを味わっていたことを知り、自分は一粒で止めておいて良かった、というオチで話が終わっている。
シキミの実も猛毒で、花や葉、実、さらに根から茎にいたるまでの全てが毒成分を含む、という恐ろしい樹木だ。しかも「特に、種子にアニサチンなどの有毒物質を含み、特に果実に多く、食用すると死亡する可能性がある程度に有毒である」と続けられている。本号『木の実は旅する』によると、なぜかヤマガラは毒に当たらないということで、平気で食べてしまうそうだ。こんなに可愛らしいのに、猛毒のタネを啄むとはすごい小鳥である。
シキミは『毒草を食べてみた』でも紹介されている。英名はジャパニーズ・アニス・ツリー(Japanese star anise)、植物的にも同じ属であることから、中華料理に使われるスターアニス(八角)と混同されることがしばしば起こっている。ウィキペディアにも記述があるが、スパイスの目的で「日本産スターアニス」として輸出されてしまった時には、カレー粉に紛れ込んだシキミが、ドイツやシンガポールで中毒事件を起こしたということだ。
シキミは元々「葉や樹木を燃やすと、死臭も消すほどの強い臭いをはなつため、古代から墓や仏に備える植物」とされてきたため、「かつての日本人はそれらを口にしようなどとは夢想だにしなかった」。しかし慣習が廃れてきた現代、平成に入ってから、自然教室に参加した青少年たちが「シイの実」と誤食して中毒になるという事故も起こっている。二千粒ものシキミのタネを炒り、小麦粉に混ぜてパンケーキを焼いたそうだ。一枚丸々食べてしまった青年は、搬送先の病院で痙攣をおこし、意識混濁の状態に陥る。半分ほど食べた少年も意識障害を起こしている。『毒草を食べてみた』では「もう少しで自分たちがシキミを供えられるところだった」と、冗談めかして語られているが、本当に入院程度で済んで幸いだったと思う。
エゴノキも『木の実は旅する』によると、果肉に毒が含まれている実だが、ヤマガラは今度は落ち葉の下にかくし、果肉を腐らせてからあとでタネだけ食べるらしい。植物の生き残り戦略にまんまと嵌っているような印象だが、豈図らんや、ヤマガラの方もかしこい鳥なので、隠し場所をちゃんと覚えているということだ。『毒草を食べてみた』にも、エゴノキの記述があるが、かつては植物を利用した「魚毒漁法」の一つとして使われていたようだ(現在は禁止されている)。
期せずして毒の実ばかりの話になってしまったが、本号には他にも「風と旅する木の実」としてカエデのなかまなどが、「リスやネズミと旅する木の実」としてドングリ類が紹介されている。
「作者のことば」には、
この本におさめられている木の実は、すべて、安池さん(注:挿絵担当の安池和也氏)が、森や林、公園や植物園で、ひとつひとつじっくり観察し、描かれたものです。同じ種類の木の実でも、よくみると、ひとつひとつ様子がちがうため、これだ、と思う木の実に出会うために時間がかかったそうです。すべて満足に描き終えられるのに、七年の時間がかかりました。
と書かれている。確かに木の実の艶や質感などていねいに表現されていて、ひとつひとつが繊細に描き分けられている。
「たくさんのふしぎ」は、いつもじっくり時間をかけて作られているが、どのような過程を経て、どのくらいの時間をかけて出版されるのだろうと知りたくなった。その年のラインナップは年度始めに出るので、デッドラインは決まっているはずだが……。
- 作者: 渡辺一夫,安池和也
- 出版社/メーカー: 福音館書店
- 発売日: 2015/04/03
- メディア: 雑誌
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- 作者: 植松黎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2000/04/01
- メディア: 新書
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