こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

昭和十年の女の子 大阪のまちで(第393号)

この本の主人公は“スミちゃん”。

平成29年現在10歳の女の子である"モモちゃん"の曾祖母だ。物語はモモちゃんがひいおばあちゃんのスミ子さんのところへ遊びに行くところから始まる。モモちゃんは昭和10年に10歳だったスミ子さんのアルバムを見ながら、当時の生活の様子……おもに大阪のまちでお出かけしたり遊んだりした様子を聞くことになる。

ドラマや小説などで、自分が生まれる前、自分が体感していない時代の様子などを見たり読んだりすることはある。しかし、その時代を生きた人からの話は、リアルで格別なものだ。

六車由実氏の著作に『驚きの介護民俗学』というものがある。彼女は民俗学者から転身して介護の世界に飛び込み、高齢者デイサービスの管理人をしている。現場で働く中で、利用者のお年寄りのライフヒストリーを聞くうちに、民俗学調査の技術・知識が話を聞く上での、そして利用者のケアという点でも役立つということに気がつく。高齢者施設というのは、実に豊かな“フィールドワーク”の現場でもあったのだ。

六車氏が管理する施設「すまいるほーむ」の利用者の話を中心にした『介護民俗学へようこそ』には、とある女性利用者(大正12年生まれ)の話がある。彼女のライフヒストリーを聞き出すきっかけとなったのは、料理好きではないという彼女が、いなり寿司の作り方だけこだわりを見せたことだった。そのいなり寿司についての質問を投げかけたことから、彼女が生まれ育った京城での幸せな思い出が語られてゆく。仁川での海水浴の思い出、まちの百貨店でのショッピング、近所の映画館での映画鑑賞など、場所は違えども『昭和十年の女の子 大阪のまちで』で語られる“スミちゃん”の思い出話と共通するところが多くある。

本書の最後は、“スミちゃん”が曾孫のモモちゃんを誘って、大阪のまちへお出かけするシーンで終わるが、自分の子供時代の楽しみの象徴であった「まちへおでかけ」を、曾孫と追体験する幸せ、このスミさんの気持ちを理解するのは、モモちゃんがもう少し大人になってからだろうと思われる。子供はただ、目の前の楽しみを一生懸命味わえばいい。それで良いのだ。

一方、前述の「すまいるほーむ」では、件の女性の「幸せを象徴する味」であったいなり寿司が女性の指導の元、ホームの皆の手によって作られ、施設の運動会で振る舞われる。そこには仕事の合間をぬって駆けつけた女性の息子の姿もあった。六車氏が息子に、昔女性が運動会で作ってくれたお弁当の中身を尋ねるとやはりいなり寿司で、少しぶっきらぼうにそのことを答える息子は、女性(母)と近しい間柄ならではの照れがあるのだろう。しかし、息子は、女性の思いを、その「幸せの象徴」であったいなり寿司を通して、自分の思い出に重ね合わせて受け取ったのだと思う。モモちゃんがスミさんの思い出を、今の自分に重ね合わせて受け取ったように。人が思いを共にするというのは、幸せな時間であると思う。

 

 「作者のことば」には、こんなことが書かれている。 

 そう、昭和十年は、後からふりかえって「戦前」と呼ばれる時代です。実は、古本屋で発見したことはまだあります。昭和十年から四、五年もたつと、雑誌の様子が違うのです。戦争がはじまったからです。絵の調子や色は暗くなり、だんだん紙も印刷も粗末になっていきます。ページ数が少なくなり、サイズが小さくなったりもします。戦争が激しくなると、その粗末な雑誌さえ姿を消していきました。昭和二十年に戦争が終わり、しばらくしてやっと復活した雑誌はどれも、紙も印刷も悪く、さわるとバラバラになりそうです。でもそっとページを開くと、再び暮らしを楽しむことができるようになった喜びが、あふれています。

 どうぞみなさん、この本でスミちゃんと一緒に、お出かけを楽しんでください。そして、いつか戦争のことを別の本で読んだり聞いたりしたときには、その前にどんな暮らしがあったのかも、ちょっと思い出してみてください。

「戦前」である昭和10年に10歳だった“スミちゃん”が、今年10歳の女の子の曾祖母であるということはつまり、“スミさん”はその後始まる戦争、そして戦後を生き抜き、だからこそ今モモちゃんの前に存在しているということなのだ。

戦後70年を過ぎ、戦中・戦後の労苦の体験談を語れる人が少なくなってきているという。もちろん、つらい時代を生きぬいてきた体験談だけでも、戦争の恐ろしさを実感することはできるだろう。しかし、その前にあったはずの幸せな暮らし、平穏だった生活の様子を知ることも、それを知っているからこそ戦争で失ったものの大きさ、失うことの悲しみを、自分のこととして感じることができるのではないだろうか。

昭和十年の女の子 大阪のまちで (月刊たくさんのふしぎ2017年12月号)

昭和十年の女の子 大阪のまちで (月刊たくさんのふしぎ2017年12月号)

介護民俗学へようこそ 「すまいるほーむ」の物語

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