私はけっこう長崎を訪れている方だが、実のところ「龍踊(じゃおどり)」を見たのは長崎ランタンフェスティバルの時の1回きりだ。本来おくんちに奉納されるものなので、本当はこの時に見るのがいちばんなのだろう。
しかし、この本で描かれるのは龍踊りを見る話ではない。龍踊りを演じる、もとい“龍になる”お話なのだ。その龍になるのは誰か?地域で長年演じてきた人々か?それとも龍踊りデビューをする地元の子供たちのお話なのか?
驚くべきことにこれは、修学旅行などで長崎県内外から訪れた子供たちが、講師の指導を受けながら、龍踊の体験・実演、そして発表会まで行うという、何ともすごい体験学習の話なのだ。しかもたった半日程度の時間である。あんな複雑な動きに見える龍踊りを、どうやって半日で仕上げるというのだろうか?龍だけでなく楽隊の方も、子供たちの手によって演奏されるのだ。
本文では細かく、どういう手順で練習し、それぞれの担当がどういう動きをするのかが解説されている。正直、この文と絵を見ながら動きを想像するのはなかなか骨が折れる。一瞬、QRコードでも載せて、動画を見られるようにしたらわかりやすくなるのにと思った。しかしそれでは意味がないのだ。頭の中で想像してわからなければどうすればいいか?自分で動いて試してみれば良いのである!それこそが、本号を監修している河野謙氏の望むところだろう。
河野氏は「作者のことば」をこう締めくくっている。
どうぞ龍踊りに興味を持ってください。皆さんお願いします。
私は、龍踊りの魅力と魔力を振りまく魔法使いになりたいと思っています。
龍踊りを「見る」だけでは、すごいねーと感心しただけで終わってしまう。とくに子供は関心がないものについては率直だ。見たいと思わないものは見ないし、聞きたいと思わないことは聞いていない。地域と縁もゆかりもない子供たち、龍踊りという言葉すら初めて聞くような子供たちを引きつけるためには、子供たち自身に動いてもらう、つまり実際に演じてもらうしかないのだ。だからこそ河野氏は、代表を務めるぜっと屋を通して、龍踊りの体験学習というものを推進してきたのであろう。
体験学習という即席龍踊りにも関わらず、発表会は、長崎駅かもめ広場、史跡出島芝生広場、長崎歴史文化博物館、グラバー園など、地元の人や観光客も多く訪れる絶好の場所で行われる。名所を見物するのみならず、そこで一生懸命練習した龍踊りも披露できるとは、子供たちにとって良い記念になるのではないか……と単純に思えるのは、私がギャラリーにしかなり得ないからだろう。自分が子供時代に体験していたら、うまく動けるだろうかとか失敗したらどうしようとかドキドキするばかり、名所旧跡とか良い思い出とかまったく頭になかったに違いない。
文・絵を担当した太田大輔氏の「作者のことば」には、河野謙氏との関係にまつわる話が書かれている。太田氏の父は、亡き絵本作家の太田大八氏。太田大八は『だいちゃんとうみ』という、それは素敵な絵本を作られているが、なかに登場する“こうちゃん”はなんと河野氏の父親であり、主人公の“だいちゃん”は大八氏だというのだ。だいちゃんとこうちゃんは従兄弟同士なので、太田大輔氏と河野謙氏ははとこの関係ということになる。
太田大八氏は『ながさきくんち』という絵本もかいている。大判を生かした動きのある絵と華麗な色彩は、『だいちゃんとうみ』に流れる静けさとは対照的だ。付けられた文がシンプルなのがまた詩的な感じでとても良い。あとがきにはお世話になった人々への謝辞もあり、「従弟の河野耕君とその息子謙君」の名前も書かれている。当時の大八氏は、後に自分の息子が“謙君”と共におくんちに関わる長崎の絵本、この『みんなで龍になる』を作るとは想像もしていなかったに違いない。
みんなで龍になる 長崎の龍踊り体験 (月刊たくさんのふしぎ2018年2月号)
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