こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

四万年の絵(第376号)

想像を元にした絵を描くのは人間だけだという。

チンパンジーと人間の子どもの描画の比較 | 京都大学

ことばをおぼえたチンパンジー (たくさんのふしぎ傑作集)(第9号)』を書いた、松沢先生の研究によって明らかになった。

『四万年の絵』で紹介されるのは「アボリジニ」が描いた絵。何万年も前からオーストラリアにくらしてきた人々だ。岩に描かれている、すなわち外にあるものだから、何万年も経てば雨風で消え去ってしまいそうなものだ。多くは、大きな岩庇がせり出している場所にあり、雨風が当たらないようになっている。雨風が当たらないところの絵だけ残っているのか、そのような場所を選んで描いていたのか。おそらく後者だろう。昔の人とてその辺のことはわかっていたに違いない。

狩りや儀式など自分たちの行動の絵、動物など生きものたちの絵、これらは現実世界を描いたものだ。テーマとしてはそれほど不思議ではない。そればかりでなく「見たことがないような不思議な姿の生き物の絵」がたくさんあるという。精霊を描いたものといわれている。「虹ヘビ」というとても強い力をもつ精霊。「世界にはじめて雨をふらせ、地上に水があふれ、さまざまな生き物がうまれた」とされる、創造主のような存在だ。精霊たちは、ふだん岩の中などにいて見えないが、ときどき人の近くでいろいろなことを為すと考えられていたそうだ。山火事や雷といった自然現象も精霊の力が関わっていると思われていた。

そのような精霊たちの姿、アボリジニたちは、現実には見えないものをどうやって描いていたのだろう?想像して描いたのだろうか?私は、想像ではなく本当に見えていたのだと思う。彼らには世界がそうやって見えていたのだ。ブログ冒頭に紹介した研究で、ヒトの子が「パーツが欠けた不完全な顔の絵に、足りないパーツを補って顔を完成させようとした」ように、自分のいる世界の成り立ち、在り方について、足りないパーツ(精霊)を補って物語を完成させたのだと思う。

作者のブログにも書かれているが、本書では岩絵そのもののみならず、アボリジニたちが経験した苦難についても触れられている。

『たくさんのふしぎ』7月号「四万年の絵」を書きました。 - lithos Graphics web log

この苦難の時代も、岩絵に残されているのだ。アボリジニは、アイヌと同じく文字文化を持たないアボリジニにとって、「絵」は生活の一部であり、なくてはならないものだったはずだ。

ちなみに、カナダはノースウッズという場所こそ違え、『春をさがして カヌーの旅(第253号)』にも、湖の岸にある岩絵の写真がある。同じくオーバーハングの岩壁に描かれている。

たくさんの手形や精霊のような絵にまじって、動物のすがたを見つけました。ぼくにはムースと、それを追うオオカミのすがたに見えました。(『春をさがして カヌーの旅』より)

という説明をみると、アボリジニたちのそれと近いものに思える。

アボリジニの壁画、歴史を塗り変える? | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

この記事を読むと、ヨーロッパ人の上陸以前も、文化的に孤立していたわけではなく、他地域との交流があった可能性があるという。何らかの関わりはあるのかもしれない。

本書は写真と字のバランスがとても良い。とくに4〜5ページの写真。岩壁の中から外をのぞいているかのような写真は、オーバーハングした壁があたかも額縁のよう。アボリジニたちはこんな景色を見ていたのかもしれないと思わせるものだ。岩壁上には白抜きの字で説明文が重ねられているが、文章を載せるスペースの配分も、字の大きさや字体も絶妙だ。いつまでも見ていたいくらいだ。もう一つ、20〜21ページ。青空を背景に黒字で説明文が載せられているが、ここに字があるおかげで、不思議なことに風景がぐっと引き立つ。この辺のデザインの良さは、作者の本業がブック・デザイナーであることが関係しているのだろう。