こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ギョレメ村でじゅうたんを織る (たくさんのふしぎ傑作集) (第102号)

じゅうたんを織る?作者は織物作家か何かなのか?絨緞の作り方を勉強するためにトルコに行ったのか?と思われることだろう。しかし新藤悦子氏の本業は、ノンフィクション作家、ファンタジー小説家。つまり物書きだ。

大学生の頃、トルコの田舎町を旅していた作者は、あるとき絨緞工房をおとずれる。そこで働くムスリムの女性たちの“素顔”を垣間みた彼女は、もっと女性たちの暮らしを知りたいと思うようになる。

男の人には話せないことでも、女のわたしには教えてくれるんじゃないかしら。そう考えて、わたしはトルコの村へ行くじゅんびをはじめました。

ということで、まず始めたのはトルコ語の勉強。それから写真の練習。ここまでは普通だが驚くのは、

 そして髪を切ってぼうず頭にしました。わたしは身長が153センチしかないので、遠くから見ると少年のようです。これなら女のひとり旅でも少しは安心でしょう。

ここまで思いきったことができるのは、女性の一人旅、しかも海外での、あまり日本人が訪れないようなところを旅する「現実」を知っているからなのだろう。

作者が訪れたギョレメ村は、トルコ中央部のカッパドキア地方にある。村に入ったのは1985年5月。ちょうど世界遺産に登録された年だ。

さっそく村を歩き回り、村人となかよくなろうと試みる作者。しかし、カメラを向けると嫌がられ、覚えたトルコ語も通じないという羽目に陥る。みんな地方の方言を話しているのだ。悩んだ作者は、すごいアイディアを思いつく。 

 そうだ!わたしは工房でのできことを思い出しました。村の女の人にじゅうたん織りを教えてもらおう。

 手とり足とり教わるうちに、方言にもなれるでしょう。女どうしになってしまえば、きっとなかよくなれるわ。

 それに、じゅうたん織りは時間のかかるしごとだから、1枚織るのに数か月はかかるはず。完成までたっぷり時間があります。そこで、さっそく村人にそうだんして、じゅうたんを織る女の人を紹介してもらいました。

白羽の矢が立ったのは、ハリメさん、49歳。2年前にご主人を亡くし、13歳、7歳、5歳の3人の娘と一緒に暮らしている。白羽の矢が立つ、と犠牲を思わせる言葉を使ったのは、作者が絨緞を織るにあたって、草木染めの糸で作りたいと言い出したからだ。草木染めは手間ひまかかる。今では村人も、簡単に好きな色に染められる化学染料を使っているのだ。ハリメさんにしぶしぶ承知させたはいいものの、50近い彼女もなんと、草木染めをするのは初めて。緑に染まると思った葉っぱは黄土色になり、「畑で見つけた名も知らない草の根」は鮮やかな赤に。これがアカネだと知るのは、ずっと後になってからという有様なのだ。

温かみのあるイラストと、人々の笑顔に満ちた写真で構成されたこの号は、ギョレメ村に行ってみたい、自分も同じ体験をしてみたいと思わせる素敵な絵本だ。『トルコのゼーラおばあさん、メッカへ行く』でもそうだったが、著者はトルコを、そしてトルコの人々をこよなく愛しているんだなあと感じることができる。

しかし「たくさんのふしぎ」で描かれるのは、いわば「陽」の部分、つまり日の当たるところだけだ。『エツコとハリメ―二人で織ったトルコ絨毯の物語』で、それこそじゅうたんを織るように綴られるのは「陰」の部分も含めてのこと。人々の恋愛、性生活、妊娠中絶…子供向けの本には決して載せられないことも余すところなく書かれている。

『ギョレメ村でじゅうたんを織る』の22〜23ページでは、村の結婚式の様子が写真とともに紹介されているが、『エツコとハリメ』と読み比べると、この結婚の背後にある物語がグッと立ち上がってくる。

たくさんのふしぎ」では、単なる結婚式の紹介に留まっているけれども、『エツコとハリメ』を読むと、この女性はハティジェという名前で、実は想い人をあきらめ、顔も知らぬ男に嫁ぎ、結婚後はフランスという見も知らぬ外国で暮らす生活を送らなければならないのだということがわかる。

 『エツコとハリメ』に写されたハティジェの表情は沈鬱そのものだ。小指には包帯がまかれている。4日も続く結婚式には「クナの儀式」というものがあるのだが、本来ならばクナという染料を手足にしっかり塗り、包帯などでカバーしておかなければならないところ、それを小指にだけ施すことで、ささやかながら結婚に抵抗しているのだ。恋を諦めきれないハティジェは、本格的にクナを塗る前なら間に合うかもしれないと、作者に想い人を連れてきてくれるように頼むのだ。しかしその願いが叶うことはなかった。

母親はハティジェの両手足にたっぷりのクナを塗り、包帯を巻きつけ手袋と足袋を被せた。もはや逃げ出すことはおろか、ひとりで立ち上がることさえできない。クナの儀式の後は観念して眠るだけ。娘として過ごした日々には、今夜、ピリオドを打たなければならなかった。(『エツコとハリメ』より)

 「たくさんのふしぎ」では、このクナの儀式に臨むハティジェの写真が載せられているが、一見平穏な面持ちに見える裏には、観念して結婚を受け入れた彼女の「心」が隠されていたのだった。

2日目の夜、花よめはクナの儀式をします。クナとよばれる緑色の染料を水でこねて、手足にぬります。一夜あけてあらいおとすと、指先は朱色に。幸せがやどるとつたえられる朱色で指先をかざった花よめを、3日目、花むこがむかえにきます。(『ギョレメ村でじゅうたんを織る』より)

と、あっさり書かれている3日目は、ゲリン(花嫁)の日と呼ばれている。ゲリンの儀式は「一番肝心な初夜の儀式」で締めくくられる。初婚の娘が処女であることを確認するために、花婿側の身内の女性二人が寝室に入り、シーツに血の跡があるのを見届けるというものだ。この儀式を知った後、作者はこんなことを語っている。

 村中の人に祝福され、仰々しく処女を捧げるまではいい。だがそのあとの結婚生活で、大切にしてきた女の部分をいたく傷つけられる例を間近に見ていれば、顔を歪めたくなると思う。危険な中絶を強いられたり、浮気を案じながら家に閉じこめられたり、女の身体や心は金のアクセサリーと取り替えられるモノではない。華やかな結婚式とて、受ける傷の痛み止めには決してなりはしない。(『エツコとハリメ』より)

『エツコとハリメ』には、それこそ「男の人には話せないこと」がさまざま書かれている。女どうしでしかできない、女性にしかわからない話…もちろんイスラム教がらみの特有の事情はあるにせよ、意外と今の日本に通じてしまう話もある。時に赤裸々とも感じられる生々しい話を聞くことができたのは、作者が女性であるからというのは固より、村に入って人々と生活を共にしていたからこそだ。“よそ者”ということもあり、かえって気楽に話せたかもしれない。しかし、村の女性たちの目に「自由に生きる女性」である作者はどう映っていたのだろうか。

「作者のことば」には、後にまたギョレメ村を訪れ、ハリメ一家に再会した話が書かれている。当時5歳だった娘スナは、中学生になって娘らしくなり、13歳だったセビハはお母さんになっていた。7歳だったファティマは、ハリメと作者が絨緞織りをする中で作り方を習い、それを生かして観光絨緞店で働いていた。当時絨緞織りを渋っていたハリメ自身も、ときどき村の絨緞屋で実演の仕事をしているのだという。1985年に49歳だったハリメは、現在すでに80を超えていることだろう。健在だろうか。

ギョレメ村でじゅうたんを織る (たくさんのふしぎ傑作集)

ギョレメ村でじゅうたんを織る (たくさんのふしぎ傑作集)

エツコとハリメ―二人で織ったトルコ絨毯の物語

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