こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

イースター島 ちいさくて大きな島(第359号)

4月に親が受け取りに行った教科書を使って、休校中、子供は音読の宿題を課せられていた。

ラインナップは、

の5点だ。何をどれだけ読むかとくに指示がないので、音読カードは、いのち、サボテン、生きる、のローテーションで埋め尽くされ、長文であるイースター島と風切るつばさは、レアアイテムみたいな扱いだ。

今週のお題「外のことがわからない」は、私にとっては「学校のことがわからない」だ。音読カードは月別の一覧表で日ごとに記載する形式だが、毎日やらなければならないものなのか?毎日同じものの音読でもいいのか?家の人の印、◎たいへんよい、◯よい、△もうすこしがんばろう、の基準は何か……

休校中の転校で、新しい学校の雰囲気もわからなければ、先生がどういう指導をしているのかもわからない。気軽に尋ねられるようなクラスの知り合いもいない。わかんないなら学校に聞けばいいんじゃね?と思われるだろうが、電話するほど知りたいようなことでもない。それは当の子供も同感だろう。なんで音読やらなきゃいけないの(やりたくない!)?って言ってるくらいだから。

レアアイテム二つのうち「イースター島」は、論説文なのでとくに読みづらい。そういえば「たくさんのふしぎ」にもイースター島の話があったなあと思い出し、やっと再開した図書館から借りてみた。

著者である野村氏は、初めてモアイを見たとき、「こんなにちいさな島の人たちが、まったくほかの島との交流もなく、自分たちの力だけでこれほどの文化をつくりあげたことに、深い尊敬の念を抱いた」という。ところがある日、イースター島についての話が中2の教科書に取り上げられていることを知り、内容を読んで驚くことになる。

「ヤシの森でおおわれていたイースター島は、島の人たちによって木が大きくなる前に切りたおされてしまったために、森がなくなり土地が荒れ、食べものがなくなって、社会の崩壊をまねいた。その行為は、現代の世界の流れととてもよく似ているので、人類の未来を考える上での参考にすべきだ」というようなことが書いてあったからです。(本文より)

これは、光村図書『国語 2』の「モアイは語る」だと思われる。イースター島を訪れ、島独自の文化に深く触れた野村氏は、これに真っ向から反対するのだ。

 モアイのような見事な文化をつくりあげた人たちが、島中の木を切りつくしてしまうような、そんなむこうみずなことをするだろうか。僕はすぐには信じられない気がしました。

 ところが、いろいろ資料を調べてみると、現在、多くの学者たちが、この説を信じているらしいのです。僕はとても残念に思いました。(本文より) 

こんなに素晴らしい文化を築き上げた人々が、自分たちの島の環境をわざわざ壊すようなことをするはずがない、疑問に思った作者は、あるとき島の博物館で最新の研究論文を紹介されることになる。そこには、森林が破壊された原因はナンヨウネズミであり、ネズミによってヤシの実を食べられてしまったせいだと書かれていた。島に渡ってきた時に食料として積まれていたネズミは、天敵のいない島で爆発的に増えヤシの実を食害した。その結果森林の再生が妨げられてしまったというのだ。これを知って野村氏は、モアイを作った人々はやはり、これまで言われてきたような愚かな人たちではなかったと喜ぶのだ。

一方、子供の教科書、東京書籍『新編新しい国語 六』に載る 「イースター島にはなぜ森林がないのか」は、この論文後に書かれたもので、ネズミがヤシの実を食害して森林再生が妨げられた話もしっかり盛り込まれている。しかし、論調としては「モアイは語る」と同様のものだ。すなわち、

森林が失われた大きな原因は、島に上陸して生活を始めた人々が、さまざまな目的で森林を切り開いたからではないかということ。農地にするため、漁をする丸木船を作るため、そしてモアイ像を作るため。モアイ自体は石で作られているが、巨石を運ぶための「ころ」や、立てるための「てこ」として、木が使われていた。なぜ森林が再生されなかったかというと、上陸したポリネシア人たちが持ち込んだ、ラットのせいだと言われている。島で増えたラットがヤシの実を食べてしまったために、森林の再生が追いつかなくなってしまったためだ。

というもの。

このようにして、三万年もの間自然に保たれてきたヤシ類の森林は、ばっさいという人間による直接の森林破壊と、人間が持ちこんだ外来動物であるラットがもたらした生態系へのえいきょうによって、ポリネシア人たちの上陸後、わずか千二百年ほどで、ほぼ完ぺきに破壊されてしまったのである。(東京書籍『新編新しい国語 六』「イースター島にはなぜ森林がないのか」より)

最後は、ひとたび自然の利用方法を誤り健全な生態系を傷つけてしまえば、同時に文化も人の心も荒れ果てることになり、悲惨で厳しい運命にさらされることになる、祖先を敬う文化はさまざまな民族に共通するが、今後の人類の存続には、むしろ子孫のことに深く思いをめぐらす文化を築くことが必要なのではないか、と結ばれている。「祖先を敬うためにモアイ像を作った人々は、数世代後の子孫の悲惨なくらしを想像することができなかったのだろうか」とまで書かれているのだ。

自然破壊や外来種問題など環境問題が取り沙汰されるいま、教科書に載せる文章としては、このような論調のものにならざるを得ないのはわかる。だからこそ、教科書ではない「たくさんのふしぎ」が担うのは、教科書とは違った立場、違ったものの見方なのだ(もちろん「たくさんのふしぎ」の中には、教科書に載ったり紹介されたりするものもあるけれど*1。)

 僕は、モアイ以外の別の顔に出会うため、翌年も、その翌年もイースター島をおとずれました。そしてそのたびにちいさな島は、僕の中で、どんどん大きくなり、いつのまにか、島の人たちがよぶように「ラパ・ヌイ(大きな島)」になっていきました。

 2014年までにもう15回も島をおとずれました。その間に島人の友だちもできました。(本文より) 

という野村氏が作ったこの本は、本当に、イースター島の文化や、島に住む人々への愛情に満ちあふれたものだ。日本にはなぜかレプリカがたくさんありモアイ像の修復作業にも関わっていたりで、良くも悪くもモアイは有名なものだが、本号は、イースター島にはモアイ以外にもたくさんの魅力があり、滅んでしまった文化だけでなく、新しい文化が生まれていることを、素晴らしい写真の数々とともに紹介してくれている。かつてのような森林そして文化は失われてしまったかもしれないが、現在のイースター島にも、あらたな命(森)、新たな文化が確かに息づいているのだ。むかし、文化や人の心が荒れ果てたことがあったのだとしても、悲惨で厳しい運命にさらされたことがあったのだとしても、決してそのまま荒れ果てていたり、悲惨で厳しい運命のまま滅び去ったわけではない。

「作者のことば」では、

 これから先、まだまだ新しい研究成果が出て、現在、当たり前と思われている説が、根底から覆されることもあるでしょう。昔のことを知るということは、一つひとつの研究成果というピースを歴史の空白に当てはめて、ジグソーパズルを作り上げるようなもの。そこにどんな風景が見えてくるのかは、その時代と視点によって変わってきます。(本号「作者のことば」より)

と述べられているが、近年こんな研究結果ももたらされている。

イースター島の歴史はこれまで、人類の未来へ対する警鐘として語り継がれてきましたが、実はその逆なのではないでしょうか」と語る研究者の言葉に、野村氏は大きくうなずいたことだろう。

転校で、子供の国語の教科書は、光村図書から東京書籍のものに変わることになった。光村には『森へ』が載っていたし、「やまなし」の音読も楽しみにしていたのだが、仕方がない。光村は見開きいっぱい使ったインパクトのある表紙だったが、東京書籍はシンプルそのものだ。シンプル過ぎて気づかなかったが、実は斉藤俊行氏の手によるものだった!

富士山のまりも(第348号) - こどもと読むたくさんのふしぎ

「4年上」の氷の入ったグラスの絵など*2、斉藤氏の面目躍如といったところだ。

ちなみに、谷川俊太郎の詩は『生きる』と『春に』の二つが載っているが、どちらの詩も、挿絵も何もないまっさらな状態に、フォント、行間など大きめに取ってデザインされている。その他の詩には新出漢字やら、音読の注意点やらが載っているのと大違いだ。谷川俊太郎の詩だけ、明らかに意識して編集されているように見えるが、なぜだろうか?