こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

アラスカで一番高い山 デナリに登る(第421号)

“日本で一番高い山 富士に登る”

急にスケールが小さくなったが、子供は昨夏、富士山に登ってきた。

振り返ってみれば、昨シーズンがまさにラストチャンスだった。

今シーズンは登ることができないこと。東京から転居したこと。今年は夏休みが短縮されていること。来年以降は中学生になり、夏休みの使い方が不透明なこと。

登るとしたら夏休みしかないし、こちら(東北地方)からではアプローチに時間がかかる。夫が連れていくしかないので、日程も仕事の休み次第になる。来年以降自由に登れるか先行きがわからない以上、昨年行っておいたのは本当に幸運だった。

都下にあった子供の学校からは、富士山がよく見えた。今日は富士山がきれいだったよとか、丹沢がよく見えたよとかいう話を聞くたびに、授業はきいてるのかい?と心配になったものだ。

とおくから見ているだけじゃ、つまらない。

冬のある日、ぼくは富士山にのぼることにした。 

とでも思ったのか、富士山に登りたいと言い出したのは子供自身だ。これは『富士山にのぼる』に書かれている一節で、作者こそ本号『アラスカで一番高い山 デナリに登る』を書いた石川直樹だ。

『富士山にのぼる』のあとがきによると、作者が初めて富士に行ったのは、なんと厳冬期だったという。19歳の時、デナリに行くためのトレーニングとしてのぼったのだそうだ。世界中の山を旅する作者も、高い山にのぼる前には、必ず富士山にのぼって身体を慣らすのだという。

冬の富士は本当に美しい。東京に越して初めての冬、自宅ちかくから見えた富士山は圧倒的にきれいだった。富士山を身近で見られるのが、こんなに良いものだとは知らなかった。私は、遠くから見ているだけでも大満足だ。

『富士山にのぼる』の舞台は、夏ではなく冬の富士だ。子供向けの本だし、夏にすれば、子供たちも追体験できるのになあと思っていた。しかし考えてみれば、限られた人しか行けないからこそ、冬の富士を描く価値があるのだ。同じようにデナリも、限られた人しか行くことはできない。デナリを見せてくれる人は、富士山以上に限られるだろう。作者は子供たちにとって、見たことのない世界を見せてくれる人なのだ。これを読んでデナリに行きたいと思う子供たちもいるだろうし、大人になって実際登りに行く子供も出てくるのかもしれない。作者が植村直己の後を追って、七大陸の最高峰を目指したように。

作者は『ぼくの道具』という本を書くくらいなので、登山道具についてもしっかりページを割いている。『富士山にのぼる』では写真で紹介していたが、こちらはテントの中もわかりやすいように絵で描かれている。もちろん富士山とデナリでは装備も異なっているが、シュラフは一緒かなあとか、富士山はガスストーブだったけど、デナリではガソリンストーブ使ったんだなとか、比べて見るとなかなか面白い。

 

本書は、作者が38歳に登った時の経験を元に作られているが、一部20歳のときの写真も載せているという。

20歳のときには、頂上からフォーレイカー(アラスカ第二位の高さの山)も、ハンター (アラスカ第三位の高さの山)もきれいに見えた。18年が経って、ぼくはあの景色をもう一度眺められると思って再び頂上に立ったものの、残念ながら視界はほとんどゼロだった……。(「作者のことば」より)

ああ無情。その辺の山だって、頂上がガスってて何も見えないとかガッカリするのに、デナリですよ?デナリ。無論、作者は数々の山に行っているわけだから、そこのところは百も承知だろうけれど。しかし、天候が悪化して景色は何も見えず「そこが頂上だとわかったのは、最高点を示す長い杭がささっていたから」みたいな内幕を知ると、がぜん本文の見え方が違ってきてしまう。

これはあくまで「デナリに登る」本なので、20歳と38歳、二度の経験をつなげて再構成することに異論があるわけではない。でもせっかく年代を違えた二度の経験があるのなら、その時その瞬間で山の表情は変わる、その時の山の体験は一期一会であるというのなら、そこの変化をもう少し描いても良かったのかなあとも思った。まあ頂上視界ゼロ写真では本にならないけれど。

実のところ、いちばん印象に残ったのは、標高6190メートルの頂からの見事な景色や、付録の一枚絵の雄大な風景ではなく、28〜29ページの「吹雪のときには何も見えない」写真だった。そのページを開いた途端、音がすっと消え去るのがわかる。吹雪というからには、現実はすごい風の音がしているのだろうが、雪が音を吸い取るかのように静かで、茫漠とした風景が広がっている。本当に「白い宇宙に放り出された」かのようだ。 

 

ちなみに…うちの子供の富士は、これ以上望むべくもないくらいの眺望だったようだ。雨男で鳴らした夫と一緒だというのに、つくづくついてる奴だ。

増補版 富士山にのぼる

増補版 富士山にのぼる

  • 作者:石川直樹
  • 発売日: 2020/05/28
  • メディア: 大型本