こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

トンボのくる池づくり(第159号)

転校した学校で、私もボランティアを始めることになった。子供たちの朝の体調チェック、放課後の消毒作業…たたでさえ忙しい先生方の業務は、さらに負担が増えている。私がお手伝いするのは微々たる部分だが、少しでも負担を軽くできればと思う。

転校前の学校では読み聞かせボランティアに参加していたが、今の学校でも読み聞かせが行われている。今年度、読み聞かせはできないのではないかと思っていたので、少しの時間でもできるのはうれしいことだ。ただし、マスクをつけての読み聞かせで、子供たちも授業と同じく席に着いたまま聞く形になる。

これはなかなか困ったことで、というのは、普通読み聞かせは、机を移動し一か所に集めて行われるものだからだ。絵本は遠目が利くものを選んではいるけれど、さすがに後ろの席の子供たちにもきちんと見えるサイズのものはほとんど無い。大型絵本もあるけれど、大型だからなんでもいいというわけではなく、学年や時期に合った内容の本を選びたいのだ。

二年生では『あまがえるりょこうしゃ トンボいけたんけん』と『ターちゃんとペリカン』を読みたかったけれど、『あまがえるりょこうしゃ』は、集まって聞く読み聞かせならじゅうぶん見えるが、着席する形ではとても届かない。『ターちゃんとペリカン』も、絵を見ながら聞かないと意味がないのでなかなか難しい*1

 

『トンボのくる池づくり』が目指す池は、『あまがえるりょこうしゃ トンボいけたんけん』のトンボ池のように、多種多様な生き物が暮らしていけるような水辺だ。だから、タイトルにトンボはついているものの、どちらの本もトンボがメインの話ではない。

「作者のことば」には、

 池沼の生物が大好きな僕だが、その観察地で苦労している。去年まであった池、地図で目星をつけた沼が、現時点であるかわからない。突然、埋め立てられたりするからだ。このままでは、池沼の生き物がいなくなるととても心配。そこで、水辺の生物に役立つことで、身軽に出来ることを考えたのが、今回の絵本だ。

とあって、開発やライフスタイルの変化で、水辺の生きものが減っていってしまったことへの危機感から、本書を作ったことが書かれている。

池といっても、ただ水があればいいというものではなく、たとえば、とある公園の池には鯉が棲みついていて虫のすみかとしては厳しい環境だったり、一見住み良い感じの水辺だったとしても、アメリカザリガニがのさばっていて昆虫の住める余地がないということもあるのだ。

虫たちにとって住み良い水辺があったのは、農業を営む人間のおかげだった。農業用のため池があちこちにあって、人間が手入れしていたことによって、心地よいすみかが提供されていたのだ。農業が廃れ、ため池が埋め立てられたり、放置されたりする中で、数少ない水辺として残されたのが学校などにある屋外プール。しかし夏のプール前の掃除消毒によって虫たちはそこからも追われることになる。そこで作者は、掃除前に先生や児童たちと一緒に、水生昆虫たちをプールから救出しようという試みをおこなうのだ。

清掃前のプールでヤゴなどの昆虫を救出するというのは、今では各地で行われている。実際子供が通っていた東京の幼稚園でも、プールでヤゴ取りをして盤に移し、羽化まで観察したことがあった。

しかしなぜトンボなのか?トンボのくる池づくりなのか?他にもアメンボやゲンゴロウなど、水生昆虫はたくさんいるではないか。

こちらの資料によると、

https://www.city.kobe.lg.jp/life/recycle/education/bio6.pdf

トンボと水辺環境には強い結びつきがあり、トンボの分布は水辺環境の状態を色濃く反映するのだという。しかもトンボはそれぞれのライフステージで、それぞれ種類ごとに異なった環境を必要とする。たくさんの種類のトンボが生息する水辺というのは、それだけ多様な環境が整っている、多種多様な水生昆虫が暮らしやすい環境であると言えるのだ。

しかもトンボの成虫は最適な環境を求めて移動する。住みにくい環境になれば、引越ししてしまうのだ。トンボの生息数の増減を見れば、環境の変化が見えてくることになる。トンボは環境の変化をいち早く教えてくれるバロメーターでもあるのだ。 

 

『トンボのくる池づくり』では緻密で繊細に描かれるギンヤンマ(クロスジギンヤンマ)も、『あまがえるりょこうしゃ トンボいけたんけん』では、20〜21ページにかけ見開きいっぱいど迫力で登場している。見事な絵だ。子供たちに読んでやりたかったなあ。

*1:と思っていたら、市内で感染者が出て活動は無期限の中止となってしまった。