こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

なぞのサル アイアイ (たくさんのふしぎ傑作集)(第226号)

 『9つの森とシファカたち マダガスカルのサルに会いにいく(第415号)』の「作者のことば」には、次のようなことが書かれている。 

 15年前の『なぞのサル アイアイ』(たくさんのふしぎ傑作集)の最後の頁は、アイアイが食べるラミーの実の小さな芽でした。今では、ほんとうに大きくなって、もうすぐ花が咲き、果実が実るところです。(『9つの森とシファカたち マダガスカルのサルに会いにいく』ふしぎ新聞「作者のことば」より)

『なぞのサル アイアイ』は、このラミーの実とアイアイにまつわる“ふしぎ”を解き明かした本だ。

日本では陽気でリズミカルな童謡でおなじみのこのサルも、生息地マダガスカルでは嫌われものであることは以前にも書いた。縁起の悪い生き物だとされたアイアイは、見つかると殺されたり、生息地の破壊も重なったりして、一時は絶滅寸前にまで追い込まれていたようだ。

18世紀に発見されたアイアイは、当初リスのなかまとされていた。100年後にようやくサルのなかまだと判明したくらいの、ふしぎな形をした動物だという。外見と前歯はリス、耳はコウモリ、手はサル。ギョロっとした目に、針金のように細長い中指を持つときたら、この世のものとは思われない。嫌われてしまうのも道理である。

フォトジェニックとは言い難い外見。夜行性のアイアイが、闇のなか細長い指を使って採食するさまは、暗闇の恐怖も相まって現地の人を震え上がらせたに違いない。パンダみたいにかわいらしい姿だったら愛されただろうか?

かわいらしいだの怖いだの何だの、そんなのは人間のご都合にしか過ぎない。でも、かわいらしいだの怖いだの何だのという視点ではない目で見、考えることができるのも、また人間なのだ。

 考える時間は無限にありました。小屋の窓辺から木陰の道の向こうにきらめく海を見ながら、星空のもとで砂浜に寝そべって、岩のうえにすわって谷間にわきあがるホタルをながめながら、なぜ、アイアイはこういう手をしていて、こういう歯をしているのか、ゆっくりゆっくり考えてゆきました。

16〜17ページいっぱいに描かれた満天の星空と海の風景は圧巻だ。本当に現地ヌシ・マンガべ島にいて、アイアイについて考えを巡らせている気分になれる。波の音、現地の空気感まで伝わってくるようだ。

9種のシファカをすべて見るのに30年もかかったように、ヌシ・マンガべ島でのアイアイ調査も、順調に進んだわけではなかった。最初の年には、夜昼かまわず2週間、島の険しい斜面の密林を歩き回ってなお、一頭も見つけることができなかった。2年目にようやく会えたものの、アイアイを見つけるのは簡単ではなく、何週間も雨のなか歩き続けただけのこともあった。

現地で嫌われるアイアイは、当然案内するガイドもいない。研究の手始めは、当然見つけることからになる。何度も足を運ぶうち、ようやくアイアイと出会えるようになり、食性や行動などの観察はそれからだ。生息場所さえ特定できない生きもの、しかも数を減らしつつある生きものの研究は、試行錯誤の連続だったであろうと忍ばれる。

『9つの森とシファカたち マダガスカルのサルに会いにいく』は、じっくりゆっくり読ませるタイプの「ふしぎ」だったが、『なぞのサル アイアイ』は、次はどうなる次はどんな実験かと、ぐいぐい読ませる筆致で書かれている。観察や実験が進むたび、アイアイこんなすごい歯持ってるんだ!とか、え、アイアイそんなもの食べてるの?とか、こんなすごい指を使いこなしてるんだ!とか、驚かされることになる。

絵がまた素晴らしい。表紙は見開きいっぱいに、島から見える海の風景が描かれる。海上には一艘の小舟、陸には人のうしろ姿、そして生い茂るラミーの木。アイアイのすがたはない。中表紙にもあらわれず、次のページにもいない。アイアイが登場するのはやっと11ページになってからなのだ。アイアイと出会えることを待ちわびる作者の気持ちそのままに、主人公の登場に時間をかけて場面が作られている。

アイアイの指や歯の動きなども、静止画を配置しているだけなのに、じっと絵を追っていくと本当に動きが見えるようなふしぎな感覚になる。どのアイアイも皆かわいらしくて(決してデフォルメされてはいない。むしろリアルだ)、生き生きと描かれている。これを読んだら、現地の人も見る目が変わるような気がするのだが……。迷信というのはなかなか拭い難いものだけれど。作者が関わる、アイアイ始め希少動物や自然の保護活動を通して、人々の意識も少しずつ変わってきているかもしれない。

日本アイアイ・ファンドとは?

最後はこうしめくくられている。

 わたしは、裏庭にラミーの種子を植えて、苗を育てています。この苗をチンバザザ動植物公園とアイアイの自然保護区に植えるのが将来の計画です。

 堅い殻を破ってでてくるラミーの芽を見ると、新しい森林がそこに生まれてきているような気持ちになります。

 いつか、ひとかかえもあるような大木に育ったラミーの木陰で、わたしの夢がかなって、アイアイと話ができるときがくるでしょうか? 

なぞのサル アイアイ (たくさんのふしぎ傑作集)

なぞのサル アイアイ (たくさんのふしぎ傑作集)

  • 作者:島 泰三
  • 発売日: 2014/04/01
  • メディア: 単行本

<2022年12月6日追記>

アイアイの鼻ホジ映像が撮れたというニュースが飛び込んできた。

アイアイ、鼻をほじってペロリ 科学者が探る「生物学的意味」:朝日新聞デジタル

自分の鼻使って指の練習してんじゃないかな〜。鼻くそは獲物ということで。