こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

かべかべ、へい!(第114号)

かべかべ、へい!

軽やかなタイトルだ。しかし、その軽さに対して内容は盛りだくさんだ。

冒頭は倭名抄平安時代に作られた百科事典のような本)による、かべの説明*1から始まる。古今東西さまざまな壁の話、壁の種類、壁画、トリックアートを施された壁*2万里の長城細胞壁からグレートウォールまで、壁と名のつくものを、余すところなく取りそろえられている。クスコの石壁(『マチュピチュをまもる アンデス文明5000年の知恵(第343号)』)も「石の間にうすい紙も入らないほどぴっちりつみ上げてあります」と紹介されている。

とりわけ印象に残ったのは「カリジェの壁画」。
冬の終わりごろになると、学校の読み聞かせで『ウルスリのすず』を読むことがあるが、この絵本をヘンツとともに作ったのがカリジェだ。カリジェが絵本を手がけるのみならず、スイスのまちに多くのかべ絵を残しているなんて知らなかった。とくに生まれ故郷であるトゥルンでは、お店の壁にフルリーナ(『フルリーナと山の鳥』)が描かれていたり、図書館*3の壁に東方の三博士が描かれていたりする。シュタイン・アム・ラインにある「ホテル アドラー」の外壁もとても素敵だ。

時代を感じさせるのは、ベルリンの壁その崩壊の話が盛り込まれていること。36〜39ページにかけて取り上げられており、著者自身のイラストと、ベルリンの壁に実際に描かれていたグラフィティ・アートを組み合わせて構成されている。ドミトリー・ヴルーベリによる「神よ、この死に至る愛の中で我を生き延びさせ給え」もあって、おっさん二人が抱き合ってぶちゅーっとやってる図は、本号を読んだ子供たちの目を釘付けにしたはずだ。子供たちにとっては壁の悲劇も吹っ飛ぶくらいのインパクトだろう。これが空想の絵なんかじゃなくて、この二人がほんとうに熱い抱擁とキスを交わしてたなんて想像だにしなかったに違いない。果たしてこの二人の結びつきのおかげで、

 かべをこえて、西がわにこようとした人がいました。監視兵にうたれて死にました。

という事態が引き起こされていたことを、想像できただろうか?
私は当時中学生だったけれど、壁が、冷戦が、ソ連が崩壊するなんて、ドイツが一つになるなんて、思いもかけなかった。物心ついたときからあった国々が、がらがらと崩れゆくさまは本当に衝撃的だった。

「かべってなんだ」から始まったお話は、最後も「かべってなんだ」で締めくくられる。

かべは、人をまもってくれる。
でも、わがままなかべもある。
   いじわるなかべもある。
心のかべをなくして、
   みんなで話そう。
   みんなでわらおう。

心のかべ……ベルリンの壁は、現実にある壁だったけれど、人びとのこころを遮断する、心理的な障壁としてもはたらいていたような気がしている。壁に囲まれていたのは西ベルリン市民だったけれど、心理的な壁に閉じ込められていたのは東ドイツ市民の方(シュタージ による監視社会)だった。「心のかべ」の方が先にあって、物理的な壁というのは目にみえるものとして、現実化したものに過ぎないのかもしれない。現実の壁は、心のかべをより強化するものとして、はたらくことにもなる。

今朝のNHKニュースでは、

石井正則写真展「13(サーティーン)~ハンセン病療養所の現在を撮る~」

を紹介していたが、石井正則がまさに「心の壁」という話をしていたのが印象的だった。彼が撮った写真のなかには、療養所の「壁」の写真もある。療養所をかこむ物理的な壁は、なかの人たちと外で暮らす私たちを隔てる、心の壁としての象徴なのだ。

私たちも昨年、国立ハンセン病資料館を訪れている。なぜか子供が行きたがったからだ。探鳥地やらイベントやらに向かう道沿いで、案内板を何度も見かけていたからかもしれない。ハンセン病や療養所の歴史、入所者の方が受けてきた過酷な差別など、通り一遍には知っていたが、実際数々の展示物を目の前にすると、現実にあったこととして迫ってくるものがあった。私がもし患者だったら、その家族親戚だったら、近所の人だったら、患者に関わる医師だったら(入所者に対する断種や中絶手術をおこなっていた)……と、何度もなんども自分に問いかけることになった。

ハンセン病に対する「理解」が進んでいるようにみえる今でも、療養所の壁が現存するのと同じく、心の壁も存在し続けている。わたしの中にもある。ハンセン病元患者宿泊拒否事件だって、ほんの20年くらいの前のことなのだ。私は、最後まで宿泊拒否の方針を貫いたホテルの責任者たち、中傷の手紙を送った人たちの話を聞いてみたいと思った。差別・偏見、無知・無理解という一通りにカテゴライズされない、その人なりの本心があるはずだからだ。その人たちの心に何があるのか知らないと、自分のなかの壁がどうやって作られるのか、わからないと思うのだ。

倭名抄のかべの説明は「へやのへだてで、外から見えないようにするもの」と書かれている。部屋のへだてと違って、心の壁をきれいさっぱり取り払うことのなんと難しいことか。私にできるのは、せいぜい「外から見える」ほどに壁を低くすることくらいなのかもしれない。

俳優・石井正則さん、ハンセン病療養所の写真集を出版 「”心の壁”取り払ってほしい」

*1:二十巻本和名類聚抄[古活字版] 巻10 | 日本語史研究用テキストデータ集 | 国立国語研究所 巻10・居処部第13・墻壁類第138・13丁表8行目 壁[隙附] 野王案壁[音辟和名加閉]室之屏蔽也四声字苑云隙[綺㦸反和名比末]壁除孔也

*2:日本の例として紹介されているのが、町田にある“ファミコンやさん”の壁。「ドキドキ冒険島」というお店のようだが、本号発行が1994年なので今は建物自体存在しない可能性がある。結構凝ったつくりなので、町田にいた方はあーあの店かと思い当たる人もいるかもしれない。

*3:ネットの旅行記では小学校にあると書かれているものが多かった。三賢人そのものではなく子供たちが聖劇で扮しているものを描いているらしい。