今年も春、お花のイベントは軒並み中止になったところが多かったのではないだろうか。
佐倉ふるさと広場(千葉県)では「チューリップフェスタ」が中止になったが、見物に来る人が後を絶たなかったため、やむなくすべて刈り取ることになってしまった。約100種類、約80万本もの花だ。たくさんの人に楽しんでもらうために植えたチューリップ。見頃をむかえた花々を、そのたくさんの人たちのせいで刈り取らねばならなくなった気持ちは如何ばかりだろうか。球根を取るためいずれ刈り取られる運命とはいえ、こういう形で摘み取りたくなかったに違いない。
チューリップの刈り取り|公益社団法人 佐倉市観光協会 観光施設・イベント情報をご案内
おまけに、来年に向けて必要となるその大事な球根が、盗掘されるという被害にも見舞われている。
密集回避でチューリップ刈り取ったら… 球根泥棒が横行 佐倉ふるさと広場 | 千葉日報オンライン
「チューリップの球根は葉が枯れるまで育てないと、来年以降花が咲かなくなる」。つまりここで球根を掘り出したってなんの役にも立たないのだ。チューリップのことなどなにも知らない、無知な人たちの仕業と思うとなんとも悲しくなる。
本号のタイトルは『球根の旅』。「球根」といっても40ページ中、半分以上がチューリップの話。当然ながら「旅」のほとんどは、オランダの話で占められている。それもそのはず、
現在世界で生産されている球根のうち、半分いじょうはオランダで栽培されています。その数、年間100億こ。オランダは球根王国なのです。
本号発行時、1999年ごろの話ではあるけれど、現在も大きく事情が変わることはないだろう。オランダの球根は、日本にも数多く輸出されている。
オランダで球根栽培の先駆けとなったのは、やはりチューリップ。球根は、育つまでの間たっぷりの水が必要になる一方、栄養を蓄えたあとは乾燥状態を好む。水分調節が要なのだ。国土事情から水の扱いに長けていたオランダには、お誂え向きの生産物だった。
チューリップ王国とも称されるオランダは、フラワーパークの規模も違う。世界最大級の球根の公園、キューケンホフ公園のオープンは3月後半から5月半ば。二ヶ月足らずの公開にもかかわらず、なんと600万近くの球根が植えられているという。とくに、ムスカリを川のように敷き詰めたムスカリ・リバーは毎年植え付ける場所が変わり、毎回違った趣を楽しめるという。キューケンホフもご多分にもれず、今年は残念ながら公開中止になってしまった。ムスカリ・リバーも、楽しまれることなく花を終えてしまったことだろう。
面白かったのがチューリップ・バブルのお話。もともとオスマン帝国で栽培されていたチューリップをヨーロッパにもたらしたのは、神聖ローマ帝国の外交使節ブスベック。ブスベックから球根を送られた植物学者クルシウスは、後にオランダ、ライデン大学の教授に任じられ、ライデン大学植物園を創設することになる。そこでおこなわれた栽培や品種改良が、チューリップ・バブルのきっかけとなった。植物園から流出した球根は、さまざまに栽培されるようになり、つぎつぎと新品種が生み出されるようになった。人気が高まったチューリップは高い価格で取引されるようになり、しまいには現物は地面に埋められたまま、先物取引までおこなわれる事態に発展する。実際の数より多い球根が売られたり、育ててみるとタマネギだった!とか、当時の人びとの浮かれぶりが忍ばれる(どこかの国でも同じようなことがありましたが)。
栽培こそ球根でおこなわれるものの、新品種の開発はやはり種ベース。種芋で作られるじゃがいもが、遺伝学上クローンであるように、球根栽培のチューリップもクローンにしか過ぎない。だからこそ、一定品質のいもを収穫することができるし、花壇にはお行儀よく花を並べることができるのだ。しかし、多様な品種が生まれるためには、有性生殖、すなわち受粉して実をつけ種を作るという過程が必要になる。
作者は、めずらしい球根を取り扱っているお店のご主人から、こんな話を聞いている。
「野生の球根植物は、生まれた場所からきえることがあってはいけません。だからたとえ新しい球根植物を見つけても、そこから手に入れるのは一度だけ。あとは自分の畑で、種や球根をふやすようにしています」
野生の球根植物……『野生のチューリップ(第386号)』でも触れたが、野生のチューリップのライフサイクルは長い。球根に栄養がいきわたり、咲かせる力をたくわえるまで、苦節10年それ以上はかかるのだ。花を咲かせるまではただの葉っぱにしか過ぎない。生殖活動を始められるまでこんなに時間がかかるとは気の長い話である。あれもこれもと取ってしまったら、あっという間になくなってしまうだろう。
作者はオランダのみならず、日本の球根農家も訪れている。日本最大のチューリップ産地、富山県砺波市だ。水田の裏作として栽培されている。生育に適した気温、日照時間、肥沃な土地、豊富で良質な水など、栽培にうってつけの土地なのだ。
一方『野生のチューリップ』の作者は、新潟の産地に旅している。新潟の環境もやはり、富山と通じるところがある。どちらも甲乙付け難い生産地、二つの県だけで全国シェアのほとんどを占めている。
カザフスタンを訪れたあと、園芸品種の産地もたずねてみたくなり、オランダや新潟県の五泉市、胎内市などを旅しました。やがて園芸品種と野生のチューリップが育つ環境には、共通点があることがわかってきました。夏の乾燥や冬の積雪など、チューリップはほかの植物にとってはきびしそうな環境で生きるのです。(『野生のチューリップ』ふしぎ新聞「作者のことば」より)
じゃがいもの生産地が、野生種が生える原産地と似通っているように(『じゃがいものふるさと(第275号)』 )チューリップも、野生種が生息する地域と似たような環境で育てられているのだ。
最後は日本の野山にある、野生の球根植物についても触れられている。フクジュソウ、カタクリ、ミズバショウ、アヤメ、カンゾウ、ヒガンバナ、そしてユリ。ラインナップを見ると、花を楽しむのみならず、球根部分を食用や薬用に使われてきた植物もある。逆に毒をもっているものもある。作者はオランダで「戦争で食べ物がないときは、チューリップの球根も食べました*1。スイセンの球根は毒だからだめだけどね」という話を聞いている。考えてみれば、球根すなわち植物の栄養は、人間にだって栄養になるわけだ。食べられるものがある一方、薬効も含め毒を持つものもあるのは、栄養を横取りされてはかなわない植物側の戦略なのだろうか?
*1:今でも食用栽培もされているらしい。https://ja.wikipedia.org/wiki/チューリップ#食用と毒性