こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

コーヒーを飲んで学校を建てよう キリマンジャロとルカニ村(第339号)

私は「たくさんのふしぎ」を読むときに、奥付に書かれた英題も見ることにしている。見るのは読んだ後。読む前に見てしまうと“ネタバレ”することがあるからだ。日本語タイトルではどんな内容かわからなくても、英題はそのものズバリを表していることがある。

たとえば、『ぐにゃぐにゃ世界の冒険 (たくさんのふしぎ傑作集)(第32号)』は、"ADVENTURE IN TOPOLOGICAL LAND"でトポロジーの話とわかってしまうし、『草や木のまじゅつ (たくさんのふしぎ傑作集)(第3号)』なら、"ENCHANTED DYEING"で染色の話と知れてしまう。ネタバレしたところで面白さが変わることはないが、タイトルだけ見てどんな内容なんだろうと想像をふくらませる楽しみも捨てがたい。

『コーヒーを飲んで学校を建てよう』の場合、英題は以下のとおりだ。

"GROWING COFFEE, GROWING FRIENDSHIP : Fair Trade Takes Root On Mount Kilimanjaro."

Fair Tradeという言葉からわかるとおり、フェア・トレードに関わるお話だ。一読して思ったのは、盛り込まれるトピックが多くてお話のポイントが散漫だなあということ。『コーヒーを飲んで学校を建てよう』ということだから、そもそも辻村英之先生(本書では監修をつとめる)が始めた「フェアトレード・プロジェクト」の話、「ルカニ村と辻村先生」の話を中心に据えた方がわかりやすいのではないかなあと思ったからだ。

ルカニ村・フェアトレード・プロジェクト

しかし、この本でメインとなるのは、著者ふくむ5人がルカニ村(タンザニアの北東、キリマンジャロ州の高地)を訪れ、現地の人びとと交流する話だ。

 今回、わたしたちが村を訪れたのは、日本でコーヒーを買ってルカニ村を知った人たちが、それを作っているルカニ村の人びとの暮らしにふれることで、たがいにささえあっていこうという気持ちが芽生えることを願ってはじまった、産地訪問の旅です。

フェアトレード・プロジェクト」の始まりのことは、「産地訪問の旅」をとおして語られるにしか過ぎない。誤解を恐れずに言えば、この本で描きたいのは“ヒデ先生(辻村先生)”のことでも、「学校を建てる」ことでもないのだ。

それでは、本号で描きたいものとはなんなのか?英題に表されているところの"GROWING COFFEE, GROWING FRIENDSHIP"、これこそが読者に伝えたいことだ。「フェアトレード・プロジェクト」は、ヒデ先生とルカニ村だけで成り立つことではないからだ。ルカニで育てたコーヒーを買う人がいてこそのプロジェクトだからだ。作者のように「わたしも呼びかけにひかれて、お手つだいをはじめたひとり」という人たちがいてこそのものなのだ。

ルカニ村のフェアトレード・プロジェクトというのは、「キリマンジャロコーヒーを飲んで ルカニ村の教育と森林を守ろう!」を読んでいただくとわかると思うが、1990年代以降のコーヒー価格の低迷により、教育費などを賄えなくなってしまった村を支えるために始まったプロジェクトだ。国際価格より高く買い上げ、さらに少しだけ「応援金」をつけることで、人びとはコーヒー栽培を続けることができ、ひいては森林破壊からも守ることができるというもの。

安く買えるコーヒーをわざわざ高く買うなんて……

だからこその「産地訪問の旅」なのだ。ルカニのコーヒーにはそれだけの価値がある、と知ってもらうための。

手間ひまかけ、ていねいに栽培をおこなっていること。多種多様な作物を組み合わせ栽培する伝統的な農法を続けることで、森林破壊などから土地を守っていること。コーヒー栽培を通じて、個々の生活だけでなく村全体の生計に見通しを立てることで、都市部に流出する若者を少なくできること。何より、教育を大事にするチャガ人(ルカニはチャガ人の村)にとって、学校や図書館にまわすお金ができるというのは重要なことなのだ。

道をはさんだむかいの家では、新しいコーヒーの苗を若い男の人が植えていました。

「あそこはもうすぐ子どもが生まれるからね。コーヒーの木は、まるで子どもの成長を応援しているみたいに、小学校にはいるころ実がいっぱいとれはじめ、成人するころにいちばんたくさん収穫できるようになるんだ。この村ではコーヒーの木が子どもたちの教育をささえてくれているんだよ」

「価値」という話だけではない。「応援」してもらうためには、ルカニのことを知ってもらう必要がある。知ってもらう、関心をもってもらう、というのは応援につながる第一歩だ。だからこそ、この本は、フェアトレードそのものをメインに据えるのではなく、ルカニでのコーヒー栽培の様子や、村の人たちの暮らしぶり、旅を通じた交流を中心に描かれているのだ。応援を続け、交流を続けることで、信頼関係を築き上げることができる。フェアトレードが成り立つのは、信頼関係あってこそだからだ。そういう意味では、この本自体が「フェアトレード・プロジェクト」の一環だといえる。「コーヒーを飲んで学校を建てよう」というタイトルは、文字どおりの意味もあるけれど、"GROWING COFFEE(コーヒーを育てることで), GROWING FRIENDSHIP(友好関係を育む)"ということを含んでいるのだ。

フェアトレードの取り組みは、現在注目される「持続可能な開発目標SDGs)」と密接に関わるものと言える。しかし、フェアトレードSDGsなんて言葉を使わなくても、シンプルに好きなものを応援するということでいいのかもしれない。ルカニの「フェアトレード・プロジェクト」だって、ヒデ先生がルカニの人びとに惹かれたからこそ始まったものなのだから。

著者ふしはら のじこ(伏原 納知子)氏は、ペンネームではなくなんとご本名だ。日本野鳥の会京都支部長でもあったお父様が、ノジコに因んでつけたものらしい。ゴリラ研究の第一人者、山極壽一先生の奥様でもある。

http://horikawa-dosokai.com/images/act_fushihara.pdf

 

<2021年1月14日追記>

子供の音読の宿題を聞いてたら、なんと「フェアトレード」という言葉が出てきた。国語の教科書(東京書籍6年)の「世界に目を向けて意見文を書こう」という単元で、意見文や資料を交えつつ、フェアトレードについての理解が深まるように作られている。この教科書で勉強した子供たちは、少なくともフェアトレードという言葉だけは頭に残るはずだ。教科書の「資料3」、国際フェアトレード認証ラベルなんて、私も意識して見たことがなかった。「資料8」によると、国別フェアトレード認証製品の市場規模は、トップのイギリス20.8億ユーロに対し、日本は0.7億ユーロ(2014年/国際フェアトレード機構調べ)。「資料7」にはフェアトレード認証製品の例として、本号でも取り上げられたコーヒーの他、チョコレート、バナナなどが挙げられているが、なかなか近所のスーパーでお目にかかる機会はないかもしれない。勉強したのなら、机上の話ではなく、実際マークを確認して買うことまでできればいいのだが。調べてみると、近辺ではイオンや生協(日本生活協同組合連合会)で取り扱っているようなので、子供と一緒に探してみよう。