子供が赤ちゃんだった頃、心拍数の高さに驚いたことがある。胸に手を当てると、
トクトクトクトクトク
とものすごい速さで脈打っている。夫と、小動物みたいだねーと話していたものだ。その小動物も、今や中学生にならんとしている。心拍数も大人なみに落ち着いてきた。
「ドキドキドキ 心ぞうの研究」はこんな内容です。
心ぞうの音をきいてみる
心ぞうをとめることできるの?
さいぼう——のことを考える
血えきは、心ぞうのちからでうごいているのだ!!
心ぞうのいち
心ぞうのポンプのはたらき
はしると、心ぞうのドキドキが大きくはやくなるのは——
ぼくたちの心ぞうはいつからうごいているの?
ふろく——じょうぶな心ぞうのつくりかた
同作者の『おしっこの研究 (たくさんのふしぎ傑作集) (第14号)』もそうだったが、見返し紙部分に目次のようなものが書かれている。「たくさんのふしぎ」では珍しいつくりだ。
心臓は、いちばん身近な臓器だ。胸に手をあてるだけで、その存在を感じとることができる。だからこそ、子供用絵本も心臓に特化したものが数多く出されている。
しかしほとんどの絵本・図鑑は、心臓の動きやしくみにとどまっているものが多い。他の動物の心拍数と比べたり、よくある心臓の図解を描いたり、肺とのつながりで循環器系としての説明があったり。
『ドキドキドキ心ぞうの研究』のように、細胞という視点から読みといた絵本は見たことがない。今でこそ『はたらく細胞』みたいなマンガも出ているけれど、こちらでいう“細胞”はおもに免疫系が中心だ。『ドキドキドキ心ぞうの研究』には、免疫細胞はおろか、赤血球の名前すら登場しない。肺のはたらきすらばっさりカットされている。肺が出てくるのは、なんとがん細胞の説明のところだ。
たとえば、肺ガンのばあい——。肺というのもぼくたちのからだの1ぶぶんですから、やっぱりさいぼうでできています。肺をつくるさいぼうがいっぱいあつまって肺というものをつくっているわけです。肺をつくるさいぼうがみんなできょうりょくして肺というものをつくっているわけです。さいぼうというのは、そんなふうに、みんなでなかよくきち~~~~んともようみたいにならんで、なにかになったり、はたらいたりするのがスキなんですね。ところが、そのなかにまわりのさいぼうとちょっとちがったさいぼうがとつぜんあらわれてきて、すごいいきおいでふえはじめる。これをガンさいぼうというのです。
ガンになったそういうさいぼうがどんどんふえちゃうと、肺が肺のはたらきをすることができなくなってしまい、それがひどくなるとその人は死んでしまいます。
からだが細胞からできていること。細胞は血液から酸素や栄養分を受けとってはたらいていること。細胞がはたらいたあとには「酸素や栄養分のもえかす」ができること。血液はそのもえかすを受けとって「おしっこやあせをつくるところまではこんでいく」こと。これは『おしっこの研究』のなかの、「おしっこは、血えきのなかからでてきたものなのだ!」につながる話でもある。
心臓の筋肉は、心臓のなかの血液から直接酸素や栄養分をもらっているわけではなく、心臓自身にも血管があること。この冠状血管によって酸素や栄養分を受けとっていること。こういう血管が詰まったり破れたりすると、心臓の筋肉の細胞は、酸素や栄養分をもらえなくなって死んでしまうこと。子供用絵本で、ここまでのことを説明するのは、かなり新しい(古い本だけど)のではないだろうか。
細胞に特化しているので「ぼくたちの心ぞうはいつからうごいているの?」のところでは、卵細胞にまで言及している。
きみの心ぞうは、きみがこんなにちいさいまだはっきりと人間のかたちをしていないころから、きみのからだのなかでドキドキドキとうごいているのです。
胎児の心拍確認ー“正常妊娠”の診断は、親になるものにとって、生命を育む過程の第一歩だ。孕んでいる細胞の拍動は命のしるし。ドキドキドキの始まりは生命のはじまりであると同時に、その終止符は終わりの合図にもなるのだ。
- 作者:柳生 弦一郎
- メディア: 単行本
傑作集の表紙は、月刊誌とはガラっと趣を変えている。月刊誌の、ハートを散りばめた表紙もモダンで楽しいけれど、柳生氏のつくる絵本は、文字もデザインの一つだ。このままの装丁では表紙の文字が沈んでしまう。そのために全面的に作り直したのかもしれない。
ドキドキドキ 心ぞうの研究 たくさんのふしぎ 1987年10月号
ここからはまったくの余談だが、最近読んだ『鳥の不思議な生活: ハチドリのジェットエンジン、ニワトリの三角関係、全米記憶力チャンピオンVSホシガラス』がかなり面白かった。「闘うハチドリ」の章では、彼らの驚異のライフスタイルについて書かれている。ハチドリは並外れた敏捷性、飛行能力、機動力をもつが、その心臓は驚くべき進化を遂げているという。すなわち、体重との割合では鳥類最大の心臓を持ち、あらゆる動物の中でもっとも速く鼓動するのだ。飛行中の心拍数は毎分1200回以上を記録するという。肺は毎分250回以上の呼吸を処理し、高濃度の赤血球が酸素を筋肉に運ぶ(後述の「地球ドラマチック」内の解説によると、飛行中の呼吸数はなんと400回までアップするという)。
こんな身体をもつ代償は高い。大量の燃料を必要とするのだ。人間に換算すれば、朝食から夕食のあいだに百数十キロのハンバーガーを食べているようなもの。そしてその80パーセントを腎臓経由で排泄するので、一日に75リットルものおしっこをするようなものなのだ。それゆえ、ハチドリの食事にかける意欲は並々ならぬものがある。
餌づけしている人ならみんな知っているように、ハチドリはちっともかわいくない。庭にフィーダーを置いていると、ハチドリがそこらじゅうで乱闘を始め、互いにたたき落とし、爪を立て、ぼろぼろにするのを見てぞっとすることがある。
「ハチドリはただかわいくて小さくておもしろい鳥だと思って、甘いイメージを抱いていた」と、心配したブロガーがあるとき書いていた。「そんな思ってもみなかった暴力を見てショックだった」。(『鳥の不思議な生活』110〜111ページより)
「小さなジェット戦闘機」と称されるのは、飛行能力だけでなくあふれる闘争心を準えたものでもあったのだ。
睡眠中もこの調子でいたら、身体はたまったものではない。だからハチドリは、夜にはエンジンを切って体幹部のエネルギー消費を休眠状態まで下げる。体内温度は下がり、心拍数もゆっくりとなり、呼吸数も抑えられる。代謝は95パーセントも低下するのだ(同じく後述「地球ドラマチック」内では、冬眠の短縮版と解説されている。呼吸数はなんと50回まで落ちる)。
ちょっと前の「地球ドラマチック」でも、ハチドリのトピックがあったが、
「動物たちの秘めたるパワー スピード編」 - 地球ドラマチック - NHK
読んでからあらためて見るとすごく興味深かった。
ハチドリは「常にギリギリのところで生きている」とまで言われてしまっている。常に食べていないと「ポトリと落下してしまう」。食事の量は命に直結するのだ。フィーダーという常に食事にありつけるところでさえケンカに明け暮れるのも、命がかかっていると思えば不思議ではない。
『鳥の不思議な生活』では「夜にはエンジンを切って」という表現があったが、番組内では「生物というよりもはや、機械の領域に達しているように思える」とまで言わしめている。ハチドリの心拍数1200回は、車のエンジンの回転数が数千ということを鑑みると、機械にも喩えられるのだ。
とはいえ「前後左右真上、自由自在に飛行を操り、時速100キロものスピードを繰り出せる」機械など作れるものではない。この驚異的な飛行を支えているのは、やはり規格外の筋肉量。飛ぶ鳥は身体を軽量化している。ふつうの鳥の筋肉量が体重の15パーセントくらいなのに対し、ハチドリは20〜30パーセントにもなるという。
おまけに渡りまでこなすハチドリまでいる。ノドアカハチドリは、春秋シーズンにはメキシコ湾およそ800kmを一気に越え北米と中米の間を行き来するという。普段からエネルギーの消耗が激しいのに、どうやってこの長旅を乗り切るというのだろうか?ふつうの渡り鳥と同じく、身体に燃料を蓄える、すなわち体重を増やすというシンプルなものだ。渡りの前には2倍近くまで増やすという。2〜3割増というのが多数だが、なかには5割増の鳥もいるからこの辺は規格内といえるだろう。にしてもあの小さな身体で、長距離をも飛び続けられるのは驚異的だ。
ハチドリは、進化の段階では新し目に入る方で、まだまだ多様化の過程にあるという。花粉の運び屋として活躍するハチドリ、植物と蜜月関係にあることで、これから新しい種が出ることもあり得るらしい。これ以上どんな驚きを持って迎えればいいのだろうか?
鳥の不思議な生活: ハチドリのジェットエンジン、ニワトリの三角関係、全米記憶力チャンピオンVSホシガラス
- 作者:ノア ストリッカー
- 発売日: 2016/01/19
- メディア: 単行本