こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ダーウィンのミミズの研究 (たくさんのふしぎ傑作集)(第135号)

帰宅しておやつを食べる息子といっしょに、録画した「サイエンスZERO」を見ていた。

「“地中の王”驚異の実力 きっとミミズが好きになる」 - サイエンスZERO - NHK

冒頭紹介されたのはこの言葉。

「この取るに足らない生き物よりも 世界にとって重要な役割を 果たしてきたものは他にいないだろう」

「この取るに足らない生き物」とはミミズ。そしてこの言葉を発した男こそ、かの有名なチャールズ・ダーウィンだ。

ダーウィンといえば、進化論およびそれを著した書物『種の起源』があまりにも有名だ。しかし、彼の最後の著作はなんとミミズに関する本なのだ。

本書『ダーウィンのミミズの研究』を書いた新妻昭夫先生は動物学者。海外へ調査に出かけた後、報告書を書こうとしていたときのこと、たまたま目にとまったのがダーウィンのミミズの本。研究対象であるアザラシやゴクラクチョウのことも忘れ、ミミズの本を読み耽る。

 この本のほんとうの題名は『ミミズの作用による肥沃土の形成とミミズの習性の観察』という。1881年ダーウィンがさいごに書いた本だ。その翌年、ダーウィンは73歳で亡くなった。ダーウィンがミミズの研究をはじめたのは、1837年、28歳のとき。なんとダーウィンはミミズというちっぽけな生きものを、40年以上観察し、実験をくりかえしたのだ!

ダーウィンを描こうとすれば、ビーグル号航海と進化論に焦点を合わせがちになる。本書はそこをあえてさくっと2ページに留め、ミミズの研究にしぼって描いた稀有な絵本だ。

描かれるのはミミズの研究そのものだけではない。ミミズの研究を描くことを通して、ダーウィンというこれまた稀有な科学者、そして一人の男としての姿を描き出している。

さまざまなエピソードに、さりげなくダーウィンの人生や生き方、科学者としての態度が織り込まれていて、40ページとは思えないくらいの充実ぶりだ。充実といっても決して無理に詰め込まれているわけでなく、お話を語るように綴られる文章と、ユーモラスなイラストのおかげで軽やかな仕上がりになっている。さらっと読めるのにお腹がいっぱいになる、本当に不思議な絵本なのだ。

6〜7ページ「ミミズの研究のはじまり」からして、さまざまな要素が詰まっている。

まずは「ウェジウッドおじさん」との関係。

このおじさんは製陶会社の経営者で、自然科学にとくに関心があったわけではないが、新しいことに積極的な人だった。ダーウィンの世界一周航海に反対した父親を説得してくれたのも、このおじさんだった。

この製陶会社はもちろん、あのウェッジウッドだ。「ウェジウッドおじさん」ことジョサイア・ウェッジウッド二世は、創業者ジョサイアの息子にして、ダーウィンの母スザンナの弟にあたる。のちにダーウィンは「ウェジウッドおじさん」の娘、つまり従姉妹のエンマと結婚する。ちなみに「ウェジウッドおじさん」の息子ジョサイア三世も、ダーウィンの姉キャロラインと結婚している。キャロラインは早くに母を亡くしたダーウィンの母代わりでもあった。地質学者だったダーウィンが、土とは切っても切れない製陶会社と深いつながりをもっていたのは、不思議な縁を感じさせる。

ミミズの研究のはじまりを、ダーウィンの別の業績「沈降説」を盛り込んで描いているのも興味深いところだ。ダーウィンが「ウェジウッドおじさん」に、ドーバーの白い崖ドーバー海峡の白亜の崖)は魚が作ったという仮説を話していたところ、おじさんが「白亜の丘を魚が作ったというなら、牧草地はミミズが作ったということになるのかな?」という言葉を漏らす。そこからミミズと牧草地の関係を調べ始めることになるのだ。

白亜の丘のできあがり方*1サンゴ礁の形成と発達についての「沈降説」は、ダーウィン存命中に明らかになることはなかった。しかしのちの調査で正しかったことが確認されている。

 

「なるほど、白亜の丘ができるまでにはものすごく時間がかかるけど、牧草地なら自分の目でたしかめられるかもしれないですね」

タイムスパンを要する沈降説ー「白亜の丘を魚が作った」は、観察し続けて確かめることはできないが、「牧草地はミミズが作った」という仮説なら確かめることができる。

 そこは、10年ほど前に土をよくするために石灰をまいたという牧草地だった。ダーウィンが掘ってみると、はたして地表から7.5センチぐらいで白いものが出てきた。地表に近いところの土は、こまかくてしっとりしている。

 地面にまかれた石灰の上にミミズがフンをして、10年でこれだけ埋めてしまったのだ。これはたいへんな発見をしてしまった。

この牧草地での発見は、ひとまずロンドンの地質学会で発表され、学会の長老学者からは好評を得る。しかし1842年、ダウンの村すなわち「ダウン・ハウス」に引っ越してから、ダーウィンはもう一度ミミズの研究に取り組むことを決心する。

 1842年12月20日ダーウィンは手押し車にいっぱいの白亜の破片を運びこみ、家の裏庭につづく牧草地の一角、数メートル四方にばらまいた。この場所なら、毎日観察することができる。

 それにしても、この実験はいったい何年かかるのだろう?おじさんとしらべたときのことを考えると、白亜が埋まって見えなくなるまででも、数年はかかるだろう。ミミズがたがやす土の量をできるだけ正確に計算するには、10年ではたりない。その何倍かの年数は実験したい。このときダーウィンは33歳。少なくとも60歳までは生きていなければ!

ダーウィンがミミズについてどんな実験と観察をしたのか、そして1842年に埋めた白亜を何歳で掘り起こすことになったか、それは本書を読んでぜひ確かめてみてほしい。

面白かったのは「ミミズの感覚と知能をしらべる」というところ。感覚はわかるがミミズの知能?しかもダーウィンが、五男ホーレンスと会話する体で描かれているのだ。3〜4ページは費やしてしまいそうな内容だが、対話形式にすることでさらっと2ページにおさめ、わかりやすく構成されている。

 

この絵本のすごいのはどういうふうにでも読めるというところだ。主にビーグル号後のダーウィンの人生のお話としても読めるし、ミミズの研究の本としても読める。ダーウィンの研究態度から「観察し、仮説を立て、実験し、考察する」という科学的なものの考え方を学べる本でもある。ダーウィンを描いているが、ダーウィンだけを描いたものではないのだ。

生命の樹 チャールズ・ダーウィンの生涯』のアマゾンレビューの中には、この『ダーウィンのミミズの研究』に触れたもの(→これが児童書?)があるが、深くうなずいたものだ。

 

ダーウィンだけを描いたものではない、と書いたがまさにそのとおりで、終盤12ページは驚くような展開が待っている。

 ダーウィンは生涯を終える半年前に、ようやくミミズの本を書きあげることができた。まにあってよかったな、そう思ったとき、わたしはあることに思いついた。

 1年に6ミリ、30年で17〜18センチなら、150年後のいまはその5倍で85〜90センチ!ダーウィンが1842年12月20日に牧草地にまいた白亜の破片は、いまは1メートル近くの深さにまでしずんでいるのでは?自分の目でたしかめてみたい!

新妻先生は、ロンドンの友人に手紙を書き、伝手を使って許可をとる。そしてイギリスへと飛ぶのだ。どんな結末を迎えるかは読んでのお楽しみ。

だからこの本は、ダーウィンの研究態度を学ぶだけではなく、新妻先生を通してそれを追体験するものでもあるのだ。まるでミミズのような絵本だ。

 

本のデザインがまた楽しい。「新妻先生がご自分のことを語っている部分」と「ダーウィンとミミズの研究について書いた箇所」とでは、ページのデザインを変えているのだ。ダーウィン部分は本を模した枠に囲まれていて、自分もダーウィンのミミズの本を読んでいるかような気分になれる。おもて表紙と裏表紙のイラストの対比もぜひ見比べてみてほしい。

ダーウィンのミミズの研究』は「好きなたくさんのふしぎ10選」を選ぶ*2としたら、まず間違いなく入る一冊だ。

はてなブログ10周年特別お題「好きな◯◯10選

<2021年10月31日追記>

上で、
「まるでミミズのような絵本だ」
と書いたが、なんのこっちゃと思われた方もいるだろう。これから説明する。
はてなブログ10周年特別お題「私が◯◯にハマる10の理由
に準え、ミミズのすごさ、奥深さを「私がミミズにハマる10の理由」として書いてみる。

参考にしたのは、
EテレサイエンスZERO
農業に医療、宇宙探査まで…!? 最新研究でわかった“地中の王”ミミズの「真の実力」(サイエンスZERO) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
・『ミミズの話 人類にとって重要な生きもの』(以下『ミミズの話』)
・『あなたの知らないミミズのはなし』(以下『知らないはなし』)
・『ミミズ―嫌われものの はたらきもの』(以下『はたらきもの』)
だ。

1.ミミズは農機具だ!

『はたらきもの』の表紙を飾るイラストには、鍬を使ってせっせと畑を耕すミミズが描かれている。

ダーウィンは「ミミズは小さくとも非常に強力な鍬の働きをする」と主張する(『ミミズの話』p.174)

『知らないはなし』(pp.16-17)では、“ミミズは最強のトラクター”と表現される。

これらはみな、ミミズのもつ”農機具”としての役割を表している。人間の農作業のよきパートナーであるということも示しているようだ。

しかし。

ミミズは、人間のために好きで鍬になったりトラクターになったりしているわけではない。

ミミズがやってるのは、土を食べること、うんちをすること。これだけだ。

いや、食べるだけではない。土や、いっしょに取り込んだ落ち葉などを、体内で消化しているのだ。取り込まれたものはからだの中で変身し、栄養分豊かなよい土として、ふたたび地面に戻ってくる。しかもミミズのうんちとして戻ってきた土は、団粒状に変化し、ふっくらしてやわらかく空気が通りやすい形になっている。植物が育つのにうってつけの土を提供してくれているのだ。

ミミズは『森の舞台うら(第397号)』でいわれるところの「葉っぱを分解する裏方さん」であり、ミミズのフンは「みんなをくっつける裏方さん」であるわけだ。

 

しかも、ミミズが土のなかを動き回ること自体、土をやわらかくし、空気を含ませる上で役に立っている。

「ミミズが穴を掘って動き回ることによって、地中深くまで通気性がよくなる。また、そのおかげで、植物の根が伸長しやすくなるとともに、トンネル表面に塗りつけられた腐植質から養分も得られるようになる」(『ミミズの話』p.45より)

とはダーウィンの言葉だ。ミミズ学者たちは彼の死後何十年も経ってから、この言葉が正しかったことを発見している。すなわち、ミミズが通ってできたミミズトンネル(ドリロスフィア)の壁には、ミミズが落とした糞と独特の粘液が混じり合ったものが自然に塗りつけられ、そこに細菌や真菌がほどよく繁殖するというわけなのだ。

ミミズが生産するうんちの量、そして土のなかで暮らすミミズの量も驚くべきものだ。

サイエンスZERO」によると、ミミズは土の中で暮らす動物の総重量の50~80%を占め、日本国内で報告された最も多いところで、1平方メートルの土地に1200匹ものミミズがいたという。ミミズは毎日体重の3分の1以上を食べて排出する大食漢。もし1200匹のミミズがいたとすると、1年に作り出す土は1平方メートルあたりおよそ15キロにもなるというのだ。

掘って、食べて、出す。

サイエンスZERO」では、そのミミズが落ち葉を食べる様子、そして糞を出す様子の映像が紹介されていた。解説されるミミズの分類学者・南谷幸雄先生も見たことがないという貴重なシーンだ。硬そうな落ち葉がミミズの口にへし折られ、次々飲み込まれていく。南谷先生は「ミミズは口の周りの筋肉が発達しているが、これは土を掘るためだと思っていた。しかし、実は食べるためなのかもしれない」と驚きをあらわにしていた。

 

ミミズは農機具なんかではなく、農業従事者なのだ。土壌はそれ自体が作物であり、ミミズは自分のからだを使って土を作り出す生産者そのものだ。

 ミミズは土壌の組成を変え、水分の吸収・保持能力を高め、栄養分や微生物を増やす。つまり農耕に適した土地を用意してくれるのである。ミミズは、人間とともに大地から生命を引き出し、大地を動かす。わずが数十グラムの生きものにしては、驚くべき偉業である。(『ミミズの話』p.25より)

 人間が地面をたがやして作物を植え始めたのは、だいたい1万年ぐらい前からのこと。それにくらべれば、ミミズは4億年もの昔から、土をたがやし、植物をはじめとしたたくさんの生き物を助けてきた。いわば農業の世界でも大先ぱい……というわけなのだ。(『知らないはなし』p.17より)

ミミズの農機具を、人間のためと思うのはおこがましい考えだ。人間は分け前をちょっと拝借してるだけ。ミミズは、人が生まれる前からあらゆる生きものを育むのに寄与してきたのだ。

 

2.ミミズは薬だ!

ミミズは農薬だ!

ミミズはなんと、土を提供してくれるのみならず、農薬まで提供してくれるのだ。しかもタダで。

たとえば「除草剤」。

サイエンスZERO」で紹介されたのは、雑草の繁殖を防いでくれるイトミミズの話。イトミミズも、掘って、食べて、出す。イトミミズが出したものはクリーミーな泥の層を作り、雑草の種を深いところまで埋めてしまうのだ。きめ細やかな泥の層は光を通しにくいため、雑草は発芽することができなくなってしまう。おかげで雑草が生えにくくなるというわけだ。

とっとりグリーンウェイブ2018 -NetNihonkai-

「土壌改良剤」にもなる。

『ミミズの話』(pp.41-43)によると、堆肥生息型ミミズ(シマミミズなど)がつくる糞は、栄養豊富な土壌改良剤としてはたらくという。土の中に、植物の出芽を助け生長をうながす栄養分を溜めてくれるのだ。堆肥生息型のミミズには石灰腺と呼ばれる器官があり、エサのなかのカルシウムを変化させ、余剰分を排出させるはたらきをもつ。この余った分が、植物の生長に欠かせないカルシウム剤として機能している。おまけにこのミミズ・カルシウム、人工の補強剤と比べると、植物に吸収されやすい形になっているという。なんとも至れり尽くせりだ。

 

ミミズが作るのは農薬だけではない。人間の薬を作り出す可能性も秘めている。

『はたらきもの』(pp.132-133)によると、ミミズはすでに熱や風邪に効く民間薬として使われていた。ある種のミミズにはルンブロフェブリン(Lumbrofebrin)という解熱作用のある成分が含まれており、漢方薬としても「地龍」という名で、ミミズの干したものが売られていたりする。

シマミミズからは、ライセニン(lysenin) というタンパク質が分離され、これが溶血や血液凝集などの作用を示すという研究結果もある。ライセニンにはさらに、精子を殺す性質も見つかっている(『知らないはなし』p.30)

アカミミズからは、ルンブロキナーゼというタンパク質分解酵素が発見され、血栓を溶かす作用が発見されている。心筋梗塞・脳血栓狭心症などに効くかも?ということで、研究が進められている最中だ。

 

3.ミミズは文明の礎だ!

ダーウィン以前にも、ミミズがすばらしい土を作ることは知られていた。たとえば、古代エジプトの女王として名高いクレオパトラ7世。「ミミズを国外にもち出すことを禁じ、すべての領民にミミズを神聖な動物としてあがめ、保護するように命じた(『知らないはなし』p.18)」といわれている。エジプトはナイルのたまもの(『ナイル川とエジプト (たくさんのふしぎ傑作集)(第35号)』)にして、“ミミズのたまもの”でもあったわけだ。

ダーウィンが『ミミズの作用による肥沃土の形成とミミズの習性の観察』(以下『肥沃土の形成』)*3を出版する前にも、ジェームズ・サミュエルソンという男が著書『Humble creatures』でミミズの能力を熱く讃えている。

「地下でせっせと働くミミズは、偉大な使命を意識することもなく、ひたすら土の中を掘り進んでは、地表に戻ってくるたびに、地下の土を少しずつ運び出し、その作業を何度も繰り返すことによって、やせ衰えた土の回復を助け、人間の生活を豊かにしてくれている」(『ミミズの話』p.202より)

人間の生活を豊かにする……このミミズのもつ力を文明の発達と結びつけ、熱烈に讃えたのがアンドレ・ヴォアザンという男だ。彼はナイル川インダス川、ユーフラテス川の流域は、ミミズの生息数が桁外れに多かったことを突き止めた。つまり大文明が栄えた理由のひとつは、ミミズの存在だというのだ。

ダーウィンの言葉を借りるならば、文明の繁栄が可能だったのは、この土が何千回もミミズの消化管を通過したからである」

(中略)「土地がすでに十分耕されていたおかげで、共同体メンバーの多くが、その分の時間を、建造物の建設や精神的な文化の創造に向けようとしたのである」(『ミミズの話』p.203より)

さらに『ミミズの話』(p.204)によると、“第一級のミミズロマンチスト”であるヴォアザンは、ミミズ礼賛の詩まで作っているそうだ。ハムレットにミミズの偉業を語らせるその詩の良さは、正直私にはよくわからなかった……。

 

ミミズは文明の礎である(?)のみならず、それら歴史の記録者でもあったのは驚くべきことだろう。その役割を“発掘”したのも、やはりダーウィンである。

「考古学者たちは、多くの古代遺跡の保存に、ミミズがどれほど大きく貢献しているか、たぶん気づいてはいないだろう。地面に落ちたコイン、金の装飾品、石器などは、数年たらずのうちに必ずミミズの糞塊の下に埋められ、そのおかげで、いつか将来、土が掘り返されるときまで無事に保存されるのである」(『ミミズの話』p.70より)

ダーウィンは『肥沃土の形成』の、第4章「古代建築物の埋葬に果たしたミミズの役割」において、一章分割いてその役割について語っている。翻って我が日本でも、地下に埋もれていた遺跡群を人知れず守ってきたのは実はミミズたちなのかもしれない。

 

そしてミミズは、現代文明においても、礎の一つとしての役割を担おうとしている。今はやりの「持続可能な開発目」略してSDGs。ここでもミミズの力を借りようというのだ。

ミミズがどんな役割を果たすというのか。

汚染土壌を浄化し、環境破壊を食い止める役割(『ミミズの話』pp.228〜241参照)

環境問題にいち早く警鐘を鳴らしたことで有名なレイチェル・カーソンは、その著作『沈黙の春』のなかで「ミミズは、土壌中の物質を何でも取り込んでしまう驚くべき能力を備えており、しかも、高濃度のDDTを体内組織に取り込んでもなお生きていられる」ことを報告している。

この脅威の能力のおかげで何が起こったか。ニレの木に散布されたDDTが木の葉に残留する。汚染されたその落ち葉をミミズが食べ、体内に大量のDDTを取り込む。そのミミズを小鳥たち、たとえばコマツグミが食いあさる……。汚染ミミズ11匹でコマツグミにとっては致死量だ。しかも彼らは1時間に10〜12匹ものミミズを食べるのだ。運よく死ななかったコマツグミも、生殖能力を失ってしまったという。

逆にこの驚くべき力を利用し、汚染物質のモニタリングとして用いたり、有毒物質を分解、汚染土壌を浄化する方法を編み出そうというのだ。

持続可能な開発目標#3:_あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」の、ターゲット3.9「2030年までに、有害化学物質、ならびに大気、水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させる」に寄与するものといってよい。

いやはや。

私たち人間は、いささかミミズに頼りすぎではないだろうか?文句もいわず黙々とはたらいてくれるのをいいことに、身勝手な自分たちの後始末まで押し付けようとは!

 

4.ミミズは王様だ!

サイエンスZERO」で南谷先生曰く、ミミズが果たすいちばん大きな役割は、なんといっても「ほかの生き物のエサになること」だという。モグラなどの小動物のみならず、イノシシやタヌキといった動物たちだってミミズを食べている。

『知らないはなし』(pp.20-21)では、それを“「食われっぱなし」の生きざま”と表現している。

 ミミズは分解者であるだけでなく、食物連鎖の「食べられる」側の代表でもある。たとえば、魚つりの代表的なエサであることからわかるように、魚たちはミミズが大好きだ。ツグミやニワトリなども、地面をほじくってミミズを食べているし、モグラにとっては、ミミズはなくてはならない食料だ。1日に自分の体重と同じくらいの重さのミミズを食べているといわれるほどだ。モグラの他にもミミズをよく食べている動物には、トガリネズミ、ハツカネズミ、コマドリ、カケス、ツグミ、ヘビ、ムカデ、コウガイビル……などなど、数えはじめたらきりがない。(『知らないはなし』p.20より)

ミミズはなぜ、大人気メニューなのか?良質なタンパク源だからだ。水分を除けばほぼ5〜7割がタンパク質でできているという。多くの動物たちにとって、手軽に気軽に食べられる栄養源なのだ。場合によっては、人間にとっても(https://ja.wikipedia.org/wiki/ミミズ#食材)。

おまけに死んだら死んだで、自分のからだをどろどろに分解して、ほかの土の中の生きものや微生物のエサとなる。運よく食べられずに死してなお、栄養源としてはたらいているのだ。食物連鎖のなかでは「食べられるだけ」の存在として、遍くいのちを支えている。

これのどこが王様?食われっぱなしなんて”王様”じゃなくて奴隷じゃね?

何をおっしゃるウサギさん。

ミミズが食べているものはなんでしょう?これまで何度も繰り返してきたとおり、土、だ。その土のなかには、とんでもない数の微細な生きものたちが蠢いている。線虫、細菌、原虫に真菌!ミミズが土を食べるというのは、微細な生きものたちが作り上げるコミュニティ全体を、ひとのみで平らげていることになるのだ(『ミミズの話』p.83)

この微細な生きものたち、たとえば線虫はミミズの食物源になるばかりでなく、協力者でもある。場合によってはミミズの腸管を住まいにしたり、タクシーがわりにして旅したりもする。

 ミミズがちっぽけでか弱い生きものだなんて、とんでもない。じつは、ミミズの領分である地下世界では、ミミズは最大級の生きもの。言ってみれば、ゾウ、クジラ、巨人なのである。(『ミミズの話』p.79)

ミミズと、微細な生きものたちとの関係は複雑そのものだ。ミミズに食べられ、腸管内に取り込まれた微生物たちの運命はさまざま。腸管内を通過するうちに死んでしまうものもあれば、消化管粘液をエサに増殖し、糞として出るときにははるかに増えているものもある。つまりミミズに食べられることで死滅するものもあれば、繁殖を促されるものもあるのだ。

サイエンスZERO」では、土中で休眠状態にある微生物が、ミミズ体内に取りこまれることによって活性化する話が紹介されていた。ミミズによって、適度な水分や温度が与えられるおかげだ。ミミズの糞としてふたたび土中に舞い戻った微生物は、落ち葉や土の分解を早めるはたらきをし、良い土を作るというのだ。この仕組みは「眠った姫をキスで目覚めさせる王子」になぞらえて「眠り姫仮説」と呼ばれている。ミミズが王子で、姫が微生物、キスは食べられてうんちになることかあ……グリムもびっくりのメルヘンである。 

 ミミズはときとして、土壌にすむ目に見えない生きものたちの引っ越し業者、培養器、破壊者にもなる。

(中略)しかし、ある研究者の言葉を借りると、ミミズは土壌生態系の「かなめとなる生物種」であることが徐々に明らかになってきている。ミミズを森林や農地や裏庭の菜園に導入すると、ミクロの世界での重大な変化がー地上の植物を一変させるような変化がー起きてくる可能性がある。(『ミミズの話』pp.94−95より)

地上の生態系ではひたすら食われるばかりのミミズも、地下の生態系では微生物たちに大きな影響を与える王様であり、王子様なのだ。

まさに“地中の王”と呼ばれるにふさわしい生きものではないか。

 

5.ミミズはデストロイヤーだ!

とある細菌(シュードモナス・コルガタ)は、トマトの病気を引き起こす一方で、ジャガイモの病気を抑える性質がある。この細菌を4種類のミミズに食べさせてみたところ、そのうち一つのミミズ(アポクレトデア・ロンガ)の糞で、この細菌が他のミミズの10倍も含まれていたという。もし農場にこのミミズが生息していたとしたら、ジャガイモを植えるときは味方になる一方、トマトを育てる場合は脅威になる。ミミズは生産者であるとともに、破壊者にもなり得るのだ(『ミミズの話』p.93)

フィリピンでは、米作にミミズが壊滅的な被害をもたらした例もある。そこでは棚田で稲作をする一方、刈り入れが終わると水を抜いて他の作物を栽培していた。あるときやってきたのが外来種のミミズ。道路建設や外来植物の輸入などで持ち込まれたらしい。活発にトンネルを掘る性質をもつこのミミズ、水が抜かれるやいなや進出し棚田は穴だらけ。結果、田んぼに水が入らなくなってしまう事態に直面している(『ミミズの話』pp.136-137)

先に紹介したとおり、ミミズは人類文明の流れを変えるほどのパワーを持つ。農地を耕し農業生産性をアップさせる力だ。その力が別の方向にはたらけば、逆に破壊する力としてもはたらいてしまうのだ。

森林破壊を引き起こすかもしれない例すら見つかっている。氷河期が終わるまで氷河に覆われていた土地、これまでミミズが生息していなかった森林に、外来のミミズが侵入した。その結果、下層植生が失われ、ひいては森林消滅の危機に瀕しているのだという。森の様相が変われば、そこで暮らす生きものたちへの影響も避けられない。下層にある粗腐植層で生活する両棲類、林床で巣作りする鳥たち。姿を消したり、森から追い出されたりする生きものが出てくる可能性があるのだ。それもこれもこんなちっちゃな生物ーミミズのせいで!

「ミミズはたのもしい益虫にもなれば、恐ろしい害虫にもなります。ミミズはまさに生態系のエンジニア。生態系の底辺にいる生きものです。ミミズの活動が、そこで起こるすべてを左右するにもかかわらず、ミミズにまったく無関心な生態学者がなんと多いことか」(『ミミズの話』p.147)

良君であるはずの“地中の王”は、暴君にもなりうる恐ろしい側面をもっているのだ。

ミミズは侵略的外来種、北米で昆虫に大きな被害の恐れ、研究 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

 

6.ミミズは美しい!

ミミズが美しい?

サイエンスZERO」で“美ミミズ”として紹介されたシーボルトミミズの美しさたるや、シーボルトが惚れ込んでオランダまで持ち帰ったのも宜なるかなという感じである。堂々とした躯体を瑠璃色に輝かせながら蠢いている。

ミミズの美しさは『知らないはなし』(pp.22-23)でも触れられている。ミミズのからだはクチクラというタンパク質の膜のようなもので覆われているが、ミミズはこのクチクラが特別な立体構造をしている。それが光を受けて虹色に輝くのだそうだ。よく手入れされた髪の毛が艶やかに輝くのと同じような仕組みらしい。

美しいのは見た目だけではない。機能も美しい。番組中解説をされていた南谷先生をして、

「土の中の狭いところを進むために本当に練りに練られた最高のフォルム(形)になっている」

と言わしめるほど完璧な形態。

『知らないはなし』(pp.10-11)でも、その機能的なからだについて解説されている。

ミミズには骨がない。内臓は丈夫な皮膚で守られている。丈夫な上に伸び縮み自在な皮膚は、からだ全体を自由に曲げ伸ばしすることができる。

目も耳もない。だが、耳はなくとも、からだ全体で振動をとらえて「聞く」ことができるし、からだの前後にある光を感じる細胞で、光がやってくる方向を「見る」ことができるのだ。

肺もない!皮膚をとおして直接、酸素と二酸化炭素をガス交換することができるのだ。しかし土の中は空気が乏しいはず。そのためミミズは、人間の血液と比べ50倍も酸素と結びつきやすい「特別な血液」を備えているのだ!表面を覆うぬるぬる粘液の役割も重要だ。砂や土の粒をくっつきにくくし皮膚をきれいに保つだけでなく、その中の水分に酸素を溶かし込み取り込みやすくする仕組みもあるのだ。

毛はある。表面がつるつるなだけじゃ、土の中を進むことはできないからだ。体節ごとに短いながらも剛毛が生えていて、これを土に引っ掛けるようにして蠕動運動をおこなっているのだ。

『ミミズの話』(p.26)ではさらに、

 また、ミミズは土を容れるのにうってつけの体形をしている。土をため、運び、そして変化させるのに申し分のない容れものである。

と書かれている。

シンプルかつ機能的。まさにミミズのからだは、

「土の中で裏らすため進化した究極のボディ(『知らないはなし』より)」なのだ。

これを美しいといわずしてなんと言えようか。

 

7.ミミズは天才だ!

ミミズのフォルムは単純だ。しかし、実はシンプルかつ機能的で、美しいものだということはおわかりいただけたと思う。

が。

すごいのはからだだけではない。“頭”もすごいのだ。

ダーウィンは「ミミズたちの偉大なパワーは、個々のミミズにではなく、個々の力の集積にあると考えていた」(『ミミズの話』p.24)

同時にダーウィンは、個々のミミズのパワーについても調査研究をおこなっている。先に触れた『ダーウィンのミミズの研究』のなかの「ミミズの感覚と知能をしらべる」というところだ。

『ミミズの話』(p.114)によると、ダーウィン以降、ミミズの知能について本格的に調査した人は皆無に等しいという。

 ダーウィンのミミズの実験を読むまで、私はミミズに知能があるかどうかなんて考えもしなかった。コンポスト容器の蓋を開けたとたん、数十匹の小さな預かりものたちが光を避けてさっと隠れるのを見ると、彼らに何かを教えようなんてばかばかしく思えてくる。コンポスト容器から逃げたりせずに、うちの残飯を食べていてくれれば、他に望むことなどない。

 ところが、ダーウィンはミミズにそれ以上のことを求め、ミミズの感覚、ミミズの欲求、さらにはミミズの問題解決能力まで調べようとしたのである。(『ミミズの話』p.115より)

ダーウィンがどんな実験をしてどんなことを明らかにしたのか、それはぜひ『ダーウィンのミミズの研究』や『ミミズの話』に当たって読んでみてほしい。ここで内容をかいつまんで披露するのはもったいないくらい面白いからだ。

ここでは『ミミズの話』から、世界的なミミズの分類学サム・ジェームズの言葉を引用するにとどめよう。

「それから脳も見当たりませんが」

「いえいえ」

 彼は、自分が生涯をかけて研究している生きものをすかさず弁護して、「神経節がここ、第3節あたりにあります。原始的な脳です。ダーウィンを読まれたでしょ。三角形の紙片をどうやって穴に引き込めばいいかを判断できるほど頭がいいのです」(『ミミズの話』p.99より)

 

ダーウィンはもちろん、ミミズの交接行動も観察している。交接が完了するまで数時間、ミミズは周囲の環境にまったく無頓着になったという。すなわち交接中ミミズが嫌う光を当てても、避けようとする行動をみせなかったというのだ。曰く「ミミズの性的欲望は光の恐怖をしばらく忘れさせるほど強いものである」。ダーウィンはこれを知性の表れだと考えた。

ちなみに、ミミズは雌雄同体だが、自家受精ではなく、二匹で身体をがっちり捕らえ合いながら交接する。

シマミミズ交尾の様子を偶然撮影成功ww - ミミズコンポスト@うさちゃんねる

『知らないはなし』(pp.24-25)によると、ミミズは意外と“子煩悩”で、生んだ卵胞のまわりに泥を塗りかためたりして、卵の世話をしたりするという。『知らないはなし』のp.25には、ミミズの交接のしくみや、卵胞、泥に守られた卵の様子などが載っていて興味深い。

あんな脳とも気づかないような原始的な脳で、「目も手もないミミズだけれど、けっこう“頭”を使いながら生きてるんだね(『『知らないはなし』より)」レベルじゃなく、さまざまなことをやってのけるミミズ。まさに天才であると褒め称えても許されるのではないだろうか。少なくともダーウィンは賛同してくれるはずだ。

 

8.ミミズは宇宙人だ!

ミミズのもつ「究極のボディ」、これを放っておく手があるだろうか。

『知らないはなし』(pp.28-29)では、“ミミズとハイテク技術”として、ミミズの動きを応用したバイオミミクリーの実例が紹介されている。蠕動運動を模した「ミミズロボット」もその一つだ。「サイエンスZERO」では、開発した中央大学中村太郎教授が登場している。

ミミズロボットは下水管や工場の配管などの点検など、暮らしの場で役立つことを期待されているという。しかし!ミミズの実力は地球レベルなんてちっちゃいところにおさまるものではない。JAXAとの共同研究で登場したのが、ミミズ型「月惑星探査用ロボット」だ。

月の重力は地球の6分の1。重力にたよる通常の掘削機では、うまく掘り進めることができない。そこで出番なのがミミズ型ロボット。ミミズのように、掘った壁の側面をホールドしながら進むため、重力のちからに頼ることなく掘り進められるのだ。さらに掘った土をミミズみたいに地上にかき出しながら動けば、効率よく掘り進むことができる。実際に月の重力下で実験したところ、6時間で1メートル掘ることができたという。

 

が。

こんな夢のあるミミズを開発中なのに、中村先生は当初、役に立つことなど考えてなかったのだという。曰く、

田んぼのまわりにいたミミズの動きが面白かったのでマネしてみようと思った
思いのほか 引く手あまたで驚いている(「サイエンスZERO」より)

ってのが振るってるじゃないですか。ミミズの動き、面白かったから〜♪で始まったものが、宇宙もが視野に入ってくるなんて。ミミズ、恐るべしである。

 

もう一つ「サイエンスZERO」で紹介されていたのが、オランダでの研究。NASAが作った火星の模擬土でミミズの繁殖に成功したというものだ。

「火星の土」でミミズの繁殖に成功、NASAの模擬土 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

地球上で遺憾なく実力を発揮しているミミズが、火星でもテラフォーマーとしての可能性を秘めている。すごい話だ。ここまでくるとミミズは地球外でも活躍する、まさに宇宙人だということをおわかりいただけたのではないだろうか。

 

9.ミミズは先生だ!

ここまでミミズの持つさまざまな側面にスポットを当ててきたが、実のところミミズがやってることといえばただひとつ。

「消化」だ。 

 ミミズは食物源のなかでくらし、自分の出す糞も厭わない。実際、ミミズ糞中の細菌は、ミミズの生育に必要な土壌コミュニティの形成を助けてくれている。

 ところで、消化とは、ものを変化させる作用だと言えるだろう。口から取り込まれたものはすべて、何か別のものになって排泄される。どんな環境も、どんな生物も絶えず変化しているが、ミミズに注意を向けているとそのことがいっそうよくわかる。(『ミミズの話』p.207より)

一方、ダーウィンは終生にわたり消化不良に悩まされたという。

嘔吐の発作、炎症性の腫れ物、目眩、そして頭痛に苦しむダーウィンは、ありとあらゆる治療法を試している。(『ミミズの話』p.208より)

偉大なる科学者は、その生涯の大半を病に悩まされながら過ごしていた。病気日誌までつけてるほどだ。精神療法家のアダム・フィリップスは、ダーウィンの仕事の心理学的な意味合いについて、面白い指摘をしているという。

ダーウィンは、ミミズと同じく、消化しなくてはならない大量の課題を抱えており、また、ダーウィンの仕事は、ミミズの仕事と同様に、地上の相貌を変えてしまうような内容をはらんでいた」。

「ミミズに関しては、連中の消化はうまくいっていると言えば十分だった。消化こそがミミズの仕事であり、その結果は刮目すべきものだった。仕事と消化、そして両者の関連こそ、ダーウィンの生活において重きを占めるものだった。仕事とは消化であり、消化とは肉体が強制的かつ自発的にこなす労働であるとの考えから、ダーウィンはミミズに目を向けたのである」(『ミミズの話』pp.208-209より)

ミミズは「究極のボディ」を使って、消化と排泄というミッションを完璧にこなしている。病を患うこともなければ、仕事を妨げるような障害とも無縁。ミミズは下等で取るに足らないものだと思われているが、実は偉大な存在なのだ。ここまで読まれてきた方には、繰り返していうまでもないことだろう。『ミミズの話』の著者には、高貴な資質とまで言わしめている。

ミミズは腐ったものを好むけれども、ミミズ自身は腐ってなどいない。ミミズは死んだものに集まってくるが、当のミミズはパワフルに生きている。(『ミミズの話』p.210より)

『ミミズの話』の著者は、ミミズはやはりデストロイヤーではなく復元者だ、と思うようになったという。ただ黙々とゴミや腐敗物を取り込みながら、別のもの、良きものに変化させる存在だと。

か弱き無知な存在を取り込んで、別の者、良き者に変化させる……ミミズは先生であると言えなくはないだろうか。饒舌に語ることなく、その生きざまや、完璧に作り上げられた身体、精力的な仕事ぶり、そしてその成果を見せることで、良き教師としての役割を果たしているのだ。

 

『ミミズの話』によると、晩年のダーウィンは、地下の世界でミミズたちと一緒になることを楽しみにしていたという。最後の著書『肥沃土の形成』を書き上げたのち、友人に宛てた手紙で次のように語っている。すなわち、もう時間のかかる研究に取りかかる気力も体力もなく、ダウンの墓地に眠ることを楽しみにするしかない、と。

先のフィリップスが、著書『ダーウィンのミミズ、フロイトの悪夢』で触れていることによると「ミミズの研究中のダーウィンは、ミミズが大地を創るという考えのうちに、命の不滅性というか、魂の救いというか、ある種のひそやかな喜びを見出していたのではないか」。ダーウィンは信仰心の厚い人間ではなかったが、ミミズの生きざまから「永遠のいのち」や「復活の約束」を見てとっていたのかもしれない。ミミズは死の恐怖をやわらげ、信仰へ導く導師でもあるといったら言い過ぎだろうか?

 

たくさんのふしぎ」には「ふしぎ新聞」という付録がついているが、創刊号からこのかた、トップを飾るは「みみずの学校」コーナーだ。もともと「みみずの学校」は実在のもので、ふしぎ新聞上でも校腸をつとめる高橋幸子氏が運営していた。高橋校腸が、なぜ主宰する学校に「みみず」を冠したのかは不明*4だが、ミミズの持つ、先生としての性質を知れば、炯眼であるとしかいいようがない。校というのもミミズの本質をまさに表している。なんせ、かのアリストテレスは、ミミズを“大地のはらわた”と呼び習わしているのだから。

 

10.ミミズは謎だ!

ミミズはどこにでもいる。世界じゅうにいる。いないのは砂漠や南極くらいなもの。その辺ですぐ見つかる動物だ。

ところがだ。

こんな身近な動物なのに、いったいぜんたい何種類くらいいるのかわかっていないのだ。

いま、日本でふつうにみられる大きなミミズの種類はおよそ20。世界中ではおよそ3000〜1万3000種類ものミミズがいる(種の数は専門家のあいだでも意見がわかれていて決まっていない)。(『知らないはなし』p.12より)

さて、ミミズの話をしているのに、逃げている話題がある。避けて通れない話題、すなわち、日本に何種類くらいのミミズがいるかということだ。百科辞典原文ママなどでは200種とか、250種とか書かれているが、結論を先にいえば、実際のところ何種類いるか、現状ではとても答えられないのである。(『はたらきもの』p.14より) 

 ミミズは環形動物門の中の貧毛綱に属するが、その先の「目」以下になると、分類学者によって見解が異なる。最近の分類方法では、目が2つ、亜目と上科がいくつか、科が23、属が739、そして、種が4500あまり。

(中略)ミミズの分類体系はしょっちゅう変更されるので、熱心な分類学者は別にして、一般の私たちは困ってしまう。

(中略)ミミズ学者たちは、多くの虫や動物についてはすでに20世紀中に解明された問題と、今まさに取り組んでいる最中なのである。(『ミミズの話』pp.65-66より)

といった具合だ。

まずもってミミズの研究や分類に携わる人の数が多くないこと。そしてミミズは地下にいるため、そもそも観察するのが難しいものなのだ。

『ミミズの話』(p.100)によると、ライフサイクルの研究が完全になされているミミズは、10種類にも満たないそうだ。行動の研究をしたくても、自然状態で追跡するのはほとんど不可能、光を嫌い人工的な環境になじまないミミズは、実験室内ですら観察することもままならない。潜水艦で深海に潜り、ロケットで宇宙に飛ぶ時代がきても、地中を探査し、内部の営みを観察する適切な手段をいまだ発明できていないのだ。

しかしである。

謎が多いというのは、逆にいえば、フロンティアが広がっているということ。研究する余地が残っているということだ。そしてミミズ研究のフロンティアを切り拓く者は、これからも絶えることはない。ミミズが悠久の時を経て、いまなお大地を耕し続けるように。

なぜなら、

 サム・ジェームズは、私がお目にかかったミミズ学者のほとんどがそうだったように、研究対象であるミミズの熱烈な擁護者であり、他の人たちはなぜミミズに魅了されないのかと本気で思っている人間である。(『ミミズの話』p.67より)

このような人間がいなくなることはないからだ。

 

確かに。参考にしたミミズ本3冊は、そのどれもがミミズ愛にあふれている

『知らないはなし』で、項目最後の一文は、ほぼミミズを讃える言葉で締めくくられている。「なんだかちょっとえらいよね」「ちょっと尊敬しちゃうよね」「意外なところで役に立っている」「すばらしい可能性も秘められているのだ」といった具合だ。

『はたらきもの』なぞ、最終第6章のタイトルは「ミミズを尊敬して」だ。

「ミミズにおしっこをかけると、オチンチンがはれる」の俗説(『おしっこの研究 (たくさんのふしぎ傑作集) (第14号)』)は、当然「釣り餌や風邪薬として重宝される大事なミミズを粗末にするな」という戒め説を取っているし、昔話とかにあんまり出てこないとしょんぼりする一方で、長野県に蚯蚓神社があることを知り、ミミズの神様がいてうれしくなったと書かれている。

ゆるい御神体の"みみずさん"はずっとお昼寝中 ~蚯蚓神社~ - そこにしかない個性。それはオブザイヤー

「みみずののたくるような字」「みみずのたわごと」という侮蔑表現に憤り、あれはミミズからの必死なメッセージであり、戯言なんかではなく渾身の叫びなのだとおっしゃる。

 

生きもの研究者のほとんどは、研究対象に対して微笑ましい愛情を示すことが多いけれど、ことミミズに関してはそれが異常なレベルに見える*5。それはやはり、ミミズに対する不当な評価とぞんざいな扱いに、憤懣やる方ない気持ちがあるからかもしれない。

ミミズの熱烈な擁護者……その先頭に立つのはもちろんダーウィンであることは間違いない。

『ミミズの話』(p.114)によると、ダーウィンの研究者諸氏曰く、彼は研究対象の生きものの「好ましい特徴」を見つけ出そうする性質があるという。ダーウィンは、好ましい特徴が確かにあること、その特徴の重要性についても証明したい、そういう気持ちに駆られて研究をおこなっていたフシがあるようだ。ダーウィンがミミズの知能を調べようとしたのも、決して人間なんぞに侮られるような動物ではない、ということを証明したかったのかもしれない。ダーウィンは信心深い人間ではなかったが、ミミズのもつ勤勉実直さに、それを尊ぶ牧師的な価値観を見出していた。最下層の労働者の味方であり、集団がもつ力に価値を認める、そんな立場からミミズを見ていたかのようだ。

 

 

ここまで読んでくだされば「まるでミミズのような絵本だ」という言葉に、ご納得いただけることだろう。ミミズのように、小さくてシンプルだけど、さまざまな側面をもって読むことができ、偉大で、愛すべき絵本だということだ。

ミミズはすごい。しかし何がすごいって、このすごいミミズを見逃すことなく目をつけた、ダーウィンのすごさだ。『ダーウィンのミミズの研究』は、ミミズのすごさと同時に、ダーウィンという男のすごさもしみじみ実感させてくれた。他に読んだ3冊も、それを強力に裏付けるものだった。

ダーウィンのミミズの研究』にもあるとおり、ダーウィンは若いころからすでに、ミミズの能力に気づいていた。本の執筆こそ最晩年だったが、それまで長い時間をかけ心ゆくまで愛すべきミミズと付き合ってきたのだ。ダーウィンは、ミミズには何十年、何百年もかけて少しずつ地質学的変化をもたらす力があることに気づいていた。

『ミミズの話』の作者は、この「微々たる変化の積み重ねが莫大な結果をもたらすという考え方」は、進化や種の起源の研究とつながるところがあるという。ミミズの研究も進化論と同じく、すぐには理解されないものだった。あのちっぽけなミミズが、大地を動かす力をもっているなんて!

 ある科学者はダーウィンの業績を振り返って、「彼の才能の非凡さは、何十万年という地質学的な時間にまで想像力を拡大できた点にある」と述べている。

 ダーウィンは、環境の小さな変化の積み重ねが種の進化をもたらすことを理解していた。これと同じ推論形式で、長期間にわたって積み重ねてきたミミズの働きの成果によって土壌が形成されることを理解するに至ったのである。(『ミミズの話』p.23より)

ダーウィンはビーグル号以後、イギリスを離れることはなかったが、国内外のたくさんの協力者に恵まれていた。『ダーウィンのミミズの研究』でも、サリー州リースヒルに住む女性が、ミミズの糞を一年間収集するのに協力を申し出た話が書かれている。

また彼は、世界中の科学者と面識があり、仲間たちがミミズの標本や糞を郵送してくれたという。ダーウィンは送られてきたミミズの重さを量ったり、採取された場所を記録したりして、内容をまとめている。

 

ダーウィンは、自伝にこう綴っているという。

「私はたいていの人が見逃してしまうようなことにも目を留め、それを注意深く観察するという点ですぐれているように思う」。(『ミミズの話』p.31より)

ダーウィンが研究した多くは「彼以前の科学者がだれも気づかなかったこと」だ。ミミズの研究は紛れもなく、その金字塔の一つなのだ。

*1:もっとも、本書10ページでは「現在では、白亜の丘はプランクトンの死骸がつもってできたことがわかっている」と注釈があるので、ドーヴァーの崖についてはプランクトンの方が関わっているようだ。

*2:ちなみに、これまで読んだ400冊あまりの「ふしぎ」で好きなのは、次の10冊。

・『ぐにゃぐにゃ世界の冒険 (たくさんのふしぎ傑作集)(第32号)

・『森へ (たくさんのふしぎ傑作集) (第105号)

・『ダーウィンのミミズの研究 (たくさんのふしぎ傑作集)(第135号)』

・『ぼくは少年鉄道員 (たくさんのふしぎ傑作集) (第242号)

・『プーヤ・ライモンディ 100年にいちど咲く花(第245号)

・『ノースウッズの森で (たくさんのふしぎ傑作集) (第246号)

・『富士山のまりも(第348号)

・『家をせおって歩く(第372号)

・『すれちがいの生態学 キオビベッコウと小道の虫たち(第388号)

・『ハチという虫(第435号)

発行号数順。リンク先はブログ記事に飛びます。

*3:邦訳には『ミミズと土』『ミミズによる腐植土の形成』がある。

*4:校腸の本『みみずの学校』を取り寄せて読んでみた。

「机の上での勉強だけではなく、遊びや暮らしのなかから学びあう学校があったらいいなという、近所の母親同士の雑談から、『ほな、ミミズでいこか』と名前だけ決めて出発した」そうだ。
気張らない感じがミミズらしくてなんとも愉快だ。
“校則”は「みみずの学校は遊ぶ。宿題はない。だれが生徒か先生かわからない。みみずのようにゆっくりすすむ。自分のことは自分で決める」。

校腸はこんなことも書いている。
「ミミズは生きた土の指標だ。肥えた畑の下にはかならずミミズが暮らしている。踏まれてもチョン切られても這っている。ミミズのすがたをよくごらん。とてもやわらかくて、うつくしい。できればミミズの名にちなんで、この学校の生命も細く長く持続したい。
 生き物はみんな、自分を育てる権利がある。(『みみずの学校』p.19より)

やっぱり校腸は炯眼だなあ。

*5:このほかにも、日本のミミズ研究のパイオニアともいえる畑井新喜司博士などは、自身の著作、その名も『みみず』の巻頭で「蚯蚓禮讃」の言葉を寄せている。格調高く綴られるなかにもユーモアが見られ、ミミズ愛にあふれた素晴らしい文だ。