こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

スイス鉄道ものがたり (たくさんのふしぎ傑作集)(第88号)

「夏休みになったら、香奈子と俊太をスイスへつれてってやろうか」

と、おじいちゃんがいいました。

「それほんと!」ぼくたちは大よろこびです。バンザイ。

本号はこんな一節から始まるお話。おじいちゃんが孫二人を連れ、スイスの鉄道を案内するという物語仕立てで作られている。おじいちゃんはスイスで暮らしたことがあるという設定だ。

語り手である主人公は、“ぼく”つまり俊太。

ヨーロッパに行くならパリ行きたい、TGVにも乗ってみたいとかほざく孫たちに、

「ダメだ」と、おじいちゃんは首をふりました。「あれも見たい、これにも乗りたいと欲ばっちゃいかん。スイスだけだ」

ときっぱり。さらに、

「スイスのことを勉強しておけよ。スイスは上っ面だけ見たのでは、ただの観光旅行になってしまう。そういう国ではないんだ」と、おじいちゃんはいいました。

す、すみません。われわれ、ただの観光旅行になってしまいました……。私たち夫婦もスイスに行ったことがある。チーズフォンデュで酔っ払ったり、スキーに興じたり。ただの観光旅行を目一杯楽しませていただきました。

 それからは、大いそがしです。ぼくたちは学校の宿題などそっちのけで、スイスのことを勉強しました。スイス観光局へ行って、鉄道の時刻表を買ってきました。なんたって、スイスの旅は鉄道です。

おいおい。勉強って鉄道のことですか。

8〜9ページで書かれるこんな小芝居が面白い。

 

それから一転、スイスに着いてからは鉄道話が怒涛のように展開される。スイス航空のフライト中の様子なんて一行たりとも描写されていない。

空港に着いたら、チューリヒ中央駅まで鉄道で移動。「電車ではなくて、電気機関車が客車をひいています」って……うちらも乗ったけどそんなとこに着目してなかったわ。駅を出ればそこには路面電車の姿が。

「ホテルに荷物をおいたら、あれに乗ってみよう」

と、おじいちゃんがいいました。

さらに「市内にはケーブルカーもあります」って、そうでしたっけ?ポリバーンと呼ばれる大学通学用の路線のようだ。気がつかなかった。確かに「ただの観光旅行」になったわけだ。

ぼくたちは、それにも乗りました。

なんと、これが一日のできごとだ。さすが『スイス鉄道ものがたり』。

 

次の日はバーゼルへ。

「スイスは、まず国境を見ておかなきゃいかん。島国の日本とはちがうんだ」

というおじいちゃんの教育的指導によるものだ。

バーゼルにはなんと、

「スイス バーゼル駅(バーゼルSBB駅)」

「フランス バーゼル駅(バーゼルSNCF駅)」

「ドイツ バーゼル駅(バーゼル・バディッシャー駅)」

の三つのバーゼル駅があるのだ。おじいちゃんの教育的指導はごもっとも。

 

バーゼルからはインターシティに乗ってルツェルンへ。スイス建国の歴史に大きな役割を果たした古都だ。

 スイスの建国は、1291年8月1日とされています。当時は隣国のオーストリアが強い国で、スイスをわがものにする勢いでした。それまでバラバラだったスイスの州や町は、力を合わせてオーストリアに対抗しようと誓いをたてました。それが1291年8月1日なのです。

 スイスの家々は、銃や弾薬をそなえています。外国の軍隊が攻め入ってきたときは、国民がみんな銃をもってたたかうのです。

さすがじいちゃん。「スイスのことを勉強」は、鉄道だけではなかったんだね。

永世中立国として名高いスイスだが、国民皆兵を国是とし、徴兵制度を採用している。ちなみに本号発行当時は国連に加盟していなかったが、2002年国民投票の結果を受け、加盟を果たしている。今般のウクライナ危機永世中立という外交政策が、最大の試練に直面していることも確かだ。

ウクライナ侵攻で中立国スイスはどう変わる? - SWI swissinfo.ch

永世中立スイスがNATO接近、ウクライナ危機で揺らぐ国是:日経ビジネス電子版

 

18ページからはお待ちかね、メインディッシュたる登山鉄道が次々と描かれていく。“鉄道著作家”たる宮脇俊三の筆も、ますます冴え渡る。

日本の鉄道、もとい日本を引き合いに出す描写が興味深い。

ピラトゥス鉄道では、

 この鉄道には「480パーミル」(1000メートル走る間に480メートルのぼる)の区間があります。日本のJRでいちばん坂が急なのは碓氷峠の67パーミルですから、どんなに急なのぼりかわかります。

と、今は無き横軽に言及されている。

ちなみに本誌発行は1992年。当時は長野新幹線すら開業してない時だ。私の大学時代がちょうど過渡期、菅平のセミナーハウスに行く時も、2年生までは現役だった横軽を通っている。機関車の付け替え時間には、横川駅で必ず峠の釜めしを買ってたものだ。4年時のゼミ合宿はもう新幹線だった。

 

ユングフラウ鉄道では、

 日本人の団体客がたくさんいます。おじいちゃんが、「日本人はユングフラウしか行こうとせん」といいました。

という物言い。

この頃は確かに団体旅行が花盛りだった。海外のどこの観光地へ行っても、日本人団体客の姿が見られたものだ。

もちろん、私たちもユングフラウ鉄道に乗った。本書で描かれるアイスメーア駅からの眺めもこんなだったなあと懐かしく思い出した。しかしいちばん印象に残っているのは展望レストランという始末。ミートソースすなわちボロネーゼが本当においしくなかったのだ。イタリアの味はアルプスを越せなかったのかということで、私たちの間でいまだ話題にのぼる。今はどうだろう。

 

クライネシャイデックからラウターブルンネンまで西回りに下りる鉄道で、ミューレンの村を眺めて言うには、

「日本だったら、あそこへ無理やりに道路をつくって、景色をだいなしにしてしまうだろう」と、おじいちゃんがいいました。ミューレンへの自動車道路はなく、生活に必要な物資はケーブルカーと鉄道などで運んでいるのだそうです。

手厳しいなあ。

 

シンプロントンネルを通る場面では、

 日本の上越新幹線の大清水トンネル(22,221メートル)が開通(1982年)するまでは、シンプロントンネルが世界一長い鉄道トンネルでした。

このトンネルを利用する「カートレイン」については、

競争相手の鉄道に自動車が乗っかっているすがたは、おかしい気がしますが、スイスでは自動車と鉄道が、なかよくしているのです。

なんて記述も。

Wikipediaを見ると「カートレイン」はいったん1993年に廃止された後、2004年運行が再開されたようだ。この傑作集は1995年に第1刷が発行され、2018年には第5刷を出しているが、重刷するなかで状況が変わりまた戻るというのが面白い。最終ページには「この本は1990年の取材をもとに構成しています。一部状況が変わっているところがあります。」と注意書きはあるけれど。

 

面白かったのが、ブリークからBVZ(ブリーク・フィスプ・ツェルマット鉄道)に乗るはずのところ、FO(フルカ・オーバーアルプ鉄道)に乗り間違えたおじいちゃんが、しょんぼりする場面だ。しかし、途中車窓からテーシュの町にある大駐車場を見た途端、

自動車産業をだいじにして、鉄道をないがしろにしてきた日本とは大ちがいだな」と、おじいちゃんが、また元気になってきました。

という始末。目的地であるツェルマットは、自動車の乗り入れが禁止されている。この町に車を置いて鉄道に乗り換え、ツェルマットに向かうのだ。

ゴルナーグラートへのGGBに乗っての道行きでも、このとおり。

登山鉄道を複線にするなんて、人気のほどがうかがえます。もし、鉄道のかわりに観光道路をつくったなら、クルマの渋滞で途中で日がくれてしまうでしょう。

 

観光客の人気を二分する、氷河急行ベルニナ急行についての記述はいくぶん控えめだ。

氷河急行 or ベルニナ急行 あなたはどっち派?列車徹底比較!|スイス特集 | ヨーロッパ鉄道チケット・鉄道パス予約 欧州エキスプレスMAXVISTA

列車そのものより景観が命の路線だからだろうか。

 

デザートはスイス交通博物館の「鉄道展示室」。スイスで活躍してきた機関車、客車などがずらりと並んでいる。片観音折り込み含め3ページフルに使い、各車両くわしい説明付きだ。裏(というか表)はベルニナ急行の素晴らしい風景が展開されているが、実はこっちの41〜43ページを描きたいがために、折り込みページを入れたんじゃないかと思えるほど。なんせイラストの黒岩保美氏は、奥付の〈作者紹介〉によると“汽車大好き人間”。おまけに国鉄で“客車、電車の車体の色デザイン、特急のヘッドマーク図案などを担当”してきた男だ。

 

作者お二人がこの世を去って久しい。ご存命なら、歯が欠けるように廃止・縮小されゆく日本の鉄路を見て、どんなことを思うだろうか。

(社説)赤字鉄道路線 「地域の足」維持に知恵を:朝日新聞デジタル

「鉄道」という重荷の行方~前編:鉄道の必要性についての概論 - 君と、A列車で行こう。