こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

花がえらぶ 虫がえらぶ(第65号)

『花がえらぶ 虫がえらぶ』の英題は、

"THE MARVELOUS PARTNERSHIP BETWEEN INSECTS AND PLANTS"

植物と昆虫の共生関係について描いた絵本だ。『サンゴしょうの海 (たくさんのふしぎ傑作集) (第28号)』が海の生きものの“共生”なら、こちらで取り上げるは陸の生きもの。

本号は4つのパートに分かれている。それぞれ勝手にタイトルをつけるなら、

チョウ類と植物、持ちつ持たれつ

・イチジク類とコバチ類は抜き差しならない仲

・植物はなぜ昆虫をパートナーに選んだか?

・あなた(植物)なしでは生きていけない!?

といったところだろうか。

スイス鉄道ものがたり (たくさんのふしぎ傑作集)(第88号)』もそうだったが、パート始まりの文頭一文字をきなフォントに変え、トピックの切り替えが分かりやすくなるよう工夫している。

 

最初のトピック「チョウ類と植物、持ちつ持たれつ」。

ヤブガラシクサギ

二つの植物に来ては、花蜜を吸ってくチョウたち。しかし観察すると、ヤブガラシにはくるけどクサギには来ないチョウがいる。

ヤブガラシの蜜は吸いやすい。しかしクサギの蜜があるのは細長い管の奥だ。おまけに管の長さは24〜25mmもある。クサギの蜜を吸えるのと吸えないのがいるんじゃないか。

そこで調べることになったのが、チョウ類たちの口吻(ストローのような口)の長さ。

8ページにはストローの長さを測る様子が描かれているが、ピンセットと定規さえあれば子供にもできそうである。実際捕まえてやってみた子もいるかもしれない。

しかし。一頭きりなら簡単でも、調べるとなれば数が必要だ。

9ページは「クサギに来たチョウ」と「来なかったチョウ」とで口吻の長さを比べた図があるが、調べた個体数、平均値、最短値と最長値まで明記されている。一種類あたり20頭前後、それを7種類だから都合140頭くらいは捕まえて測りまくったわけだ。

研究調査に必要なのは数をそろえることだけじゃない。地道に数えることも必要だ。

それがわかるのが、次の調査。

一匹のチョウの体についた花粉の粒を数えること。

顕微鏡で見て数えたら、なんと、モンキアゲハには多いものでは8517粒、クロアゲハには29641粒もくっついていた!

多いものでは?モンキアゲハでは?クロアゲハには?いやはや、何頭のチョウについた花粉を数えたのだろうか。

 ところで、チョウの体についたクサギの花粉は、ちゃんとクサギの花の雌しべに運ばれているのだろうか?

え?それも調べるの?

調べますとも。クサギの蜜吸ってるチョウを捕まえて、翅に番号をマーキングする。『旅をするチョウ(第211号)』でも使われていた手法だ。

 そして、なかまたちと、クサギの木の下でまっていた。番号つきのチョウが蜜をすいにきたら、それを記録する。

なかまたち。つまりこういう研究調査はチームでやるものだということもわかる。13ページには記録の付け方についても描かれている。

生きものの研究は楽しいことだけど、科学的な解明を目指すには、調査に対する根気づよさも必要なのだ。

植物は昆虫に蜜をあげ、チョウたちは花粉を運ぶことでお返しをする。

持ちつ持たれつは確かだが、戦略としては植物の方が上手であるように見える。自力で動くことができない植物たちは、繁殖の手段を他に頼らざるを得ない。植物の事情の方が切実である。

ヤブガラシの作戦は誰でもウェルカム。蜜を吸いやすくすることで多くの種類の昆虫を呼び寄せていた。その代わり「秋にやってヤブガラシを見たら実がほとんどついてなかった」。数打ちゃ当たる方式は当然空振りも多くなる。

一方のクサギの作戦は、運び屋を限定すること。長いストローを持つチョウ類だけに蜜を与えている。クサギ選ばれた・・・・チョウは、クサギに寄ることが多くなる。結果的にきちんと花粉を届けることになったのだ。それでもすべてが実になるわけではない。

 もっと確実に花粉を運んでもらい、種子がいっぱいできるようにする方法はないのだろうか?ある花に1種類だけの昆虫がきて、その昆虫はまたおなじ種類の花にだけいくということはないのだろうか?

 答えは「あり」だ。しかも、私たちのすぐそばに。

 

その例を紹介するのが、次のトピック「イチジク類とコバチ類は抜き差しならない仲」だ。

イヌビワとイヌビワコバチの関係が紹介されている。

まあまあホント、なんでこんなことになった?という関係なのである。

イヌビワコバチはイヌビワの中でしか子育てできない。一方でイヌビワはイヌビワコバチにしか花粉を運んでもらえない。まさに相思相愛だ。

がしかし。

ハチが育ったときには、イヌビワは子孫を残すことに失敗し、逆にイヌビワが種子を作れるときには、ハチは卵を産めないというなんとも不可思議な関係なのだ。

仕組みとしては、交尾を済ませた雌バチがイヌビワの雄株の果嚢に潜り込む雌株の果嚢に潜り込むかで運命が決する。

イヌビワの木は雌雄異株で雄株と雌株とに分かれている。ここからがややこしいのだが、雄株には雄花だけでなく雌花(虫えい花)も咲く

雄株の果嚢に潜り込むと、雄株の果嚢の「雌花の子房の胚珠」に卵を産むことができる。卵から孵った幼虫はこの子房をエサにすくすく育つというわけだ。そのかわり、子房を食べられてしまうイヌビワの方は種子を作ることができない

だから必ず、イヌビワコバチイヌビワの雄株から生まれ出る。そこは生まれたハチたちのお見合い場所でもある。つまり実の中で交尾するのだ。

一方、イヌビワ雄株の方は、ハチたちが成虫になるころに雄花を咲かせ、花粉を作り出す。雌バチは交尾を済ませた後、花粉にまみれて旅立つというわけだ。じゃあ雄バチは?「体はよわよわしくて、あごだけががんじょう」な雄バチは翅すらもたない。雄株の実のなかで、その一生を終えるのだ。ちーん。

残念な虫、かわいそうな虫の代表のようなイヌビワコバチのオス(天野和利) - 個人 - Yahoo!ニュース

では雌株の果嚢に潜り込むとどうなるか。なんとハチは雌株の果嚢には卵を産めないのだ。子房の中の胚珠まで産卵管が届かないしくみになっている。一方で雌バチの体には花粉がたくわえられている。産卵しようとトライする中でその花粉が雌花についてめでたく受精するというわけだ。卵を産めなかった雌バチはどうなるか?そのまま雌株の実のなかで、一生を終えることになる。果嚢に潜り込むときに翅が取れてしまうので、脱出することはかなわない。

イヌビワとイヌビワコバチは、まさに marvelous驚嘆すべき な partnership相互関係 を結んでいるといえる。植物と昆虫がこんなしびれるような関係にあるなんて、当時読んだ子供たちもさぞかし好奇心を掻き立てられたことだろう。

本文には、

おたがいに、得もしてるし、損もしている。

と書かれているが、どうもイヌビワは、専用の花粉運び屋を作るためにイヌビワコバチを育てているように見えてしまう。コバチに対して、冬越しのシェルター(もちろんこれも雄株の果嚢)まで用意して至れり尽くせりもてなしているから、WIN-WINと言えるかもしれないが。

イヌビワだけでなく、イチジクのなかまは、それぞれ種類に応じて専用の花粉運び屋を育てている。ガジュマルにはガジュマルコバチ、アコウにはアコウコバチというわけだ。台湾デザートとして有名なオーギョーチは、アイギョクシというイチジクのなかまの種子が原料になっているが、私たちはイタビコバチの健気なはたらきをおいしく掠め取っていることになる。

しかしこんな「おたがいに相手がいなければほろびてしまうほどのふかいかかわり」を結んでしまって、どっちかがどうにかなった場合、どうなってしまうのだろう?進化のスピードは想像以上に速いということだから、他のものに乗り換えて適応していくのだろうか?

DNAから進化を探る | イチジク属植物とイチジクコバチの共生関係の仕組みについて | JT生命誌研究館

 

本誌にはトピックに関係した「??しつもんコーナー」が二つほど設けられている。

一つは、クサギをはじめ両性花を咲かせる植物は、自分で雄蕊と雌蕊を持っているのに、なぜ自家受粉の仕組みを取らないのかということ。

もう一つは、花びらはどんなふうにしてできたのかということ。

確かに私も子供の頃、自家受粉すりゃ簡単なのになんでわざわざ虫に運んでもらうのかな〜と思ったことがある。ただ、その当時遺伝的多様性のメリットを説明されたとしても、どこまで理解したかなという感じだ。

こう見ると、本号の中心となるのはやはり植物の方なのかもしれない。昆虫は植物の手玉に取られてるなあという印象だ。もっとも手玉に取るのだって簡単なことでない。昆虫を上手に誘うには、それなりの見返りを用意しなければならないからだ。

ハチという虫(第435号)』で「ふしぎ」では、昆虫のなかでも「チョウ」と「ハチ」のテーマが多いかも?と書いたが、ここでも「チョウ」と「ハチ」が取り上げられている。やはりさまざまな切り口でテーマを作れる昆虫だからだろうか。

 これは私の夢。チョウがむれとぶ庭。幼虫のエサになる植物をうえておけば、雌のチョウがきて卵をうむ。蜜をたくさん出す花が咲く植物をうえれば、チョウは蜜をすいにくる。

 原っぱも池もつくる。そこには、バッタやトンボやヒキガエルがすむ。

 生き物たちのにぎわいでいっぱいの庭。そこで私は、たくさんのふしぎをさがす。

虫(生きもの)を呼ぶにはまず環境づくり。その基本となるのはまぎれもなく、手練れの戦略家たる植物なのだ。

「作者のことば」では、こんなことが書かれている。

 それ以来、夏になると、鈴木信彦さん、新妻昭夫さんという楽しいなかまと、林の中を駆けまわり、ふしぎなことを見つけ、解決していく、ワクワクする時を過ごしました。

新妻昭夫さん……『ダーウィンのミミズの研究 (たくさんのふしぎ傑作集)(第135号)』の作者ではないか。調べてみるとお二人で共訳されていたりする本がちらほらある。もしやと思ったが、山下恵子氏とやはりご夫婦でいらしたようだ。

鈴木信彦氏も含め、お三方で書いた論文も見つかった。

日本産黒色系アゲハ類の生態および行動に関する研究. : 2.モンキアゲハとクロアゲハの夏世代における日周活動性と体温調節.

 

「ふしぎ新聞」で面白かったのが、小5の男の子が作った自由研究の紹介。

その男の子K君は夏休み、セミとりをしているうちにすばしっこいセミとそうでないセミがいることに気づく。どうやらツクツクボウシアブラゼミクマゼミニイニイゼミの順にすばしっこいようだ。

「すばしっこいセミと、つかまえやすいのろいセミと、どこがちがうんだろう?」

セミの体の寸法をいろいろ測ってみたら?とお父さんに言われたK君は、4種類のセミの計測をおこなうことになる。「羽の長さ・幅」「胴の長さ・幅・厚さ」を測ってみるが、その数字からは関係を見出すことはできなかった。そこでやってみたのが、数字間の関係、つまり割合を計算してみること。するとなんと、以下のようなことが判明したのだ。

①(羽の長さ)÷(胴の厚さ)の値は、ツクツクボウシ4.2(羽の長さは胴の厚さの4.2倍)、アブラゼミ3.8、クマゼミ3.4、ニイニイゼミ3.3。“すばしっこさ”の順にピッタリ合う。比較のためにはかってみたアブ(速く飛ぶ)の値は5、ハエ(のろい)は2.7だった。

②(羽の長さ)÷(胴の長さ)の値もそうだった。ツクツクボウシ1.5、アブラゼミ1.3、クマゼミ1.2、ニイニイゼミ1.1で、“すばしっこさ”の順序どおり。

③もうひとつ、発見があった。羽の幅を胴の長さ・幅・厚さで割った値は、4種類のセミぜんぶ、ドンピシャリおなじなのだ(順に0.4、1.0、1.3)。そして、アブとかハエとか、ちがう虫だと値がぜんぜんちがう。この値は、どうやらおなじ仲間の虫たちの特徴をしめす数字らしい。

(「ふしぎ新聞」1990年8月号より)

実際の自由研究の一部分も掲載されているが、各セミのスケッチとどこの部分を計測したかまで図解されている。

思わずへ〜っと唸ってしまったが、計測して数字を出すところまではできても、割合を計算するなんて小学生に思いつかないよね?ちょうど小5で習う「割合」を繰り出してくるなんて、出来過ぎの自由研究じゃないだろうか。