マーブリングとは、絵の具などを水面に垂らし、できた模様を紙に写し取る技法のこと。
手軽にできるので、学校の図画工作でやるところもあるはずだ。家の子も小学校で作ってきたことがある。
冒頭紹介されるのは、身近にある“マーブリング”。
水たまりに油のようなものが流れて虹色に光ってる、あれだ。
実は油じゃないこともあるようだ。
大分市/河川が赤い、油のようなものが浮いている? ~正体は鉄の酸化皮膜かもしれません~
次のページからは早速マーブルペーパーづくり。
どうやって作るのか、むずかしそうだって?
いや、だいじょうぶ。だれにでもできる。
いろんなやり方でちょうせんしてみよう。
この当時の「ふしぎ」の“だれにでもできる”はあてにならんからなー。
『カメラをつくる(第22号)』とか『きみの楽器はどんな音 (たくさんのふしぎ傑作集)(第54号) 』とか。簡単とかいってエラいものを作らせたりする。
「用意するもの」を見ると、今の家庭にはなさそうなものがある。
まず「新聞紙」がない(家はまだ取っているが……)。「液状せんたくのり」を使う家は少なくなっていそうだ。「油絵の具」も限られるだろう。「灯油」は使われているだろうが、集合住宅のなかには石油暖房機が禁止されているところもある。
裏表紙のウラには、せんたくのりによってはきれいに絵の具が広がらないものがあるということで、編集部で実験しうまくいった製品が紹介されている。
- トプコせんたく糊(オール日本スーパーマーケット協会)
- ゴールドスターチ(エステー化学株式会社)
- ジャスコ合成せんたく糊(ジャスコ株式会社)
- ホーライ糊(ハイグルー工業株式会社)
今では見ない商品ばかりだ。
準備さえ整えられれば、あとは確かに“だれにでもできる”。
竹串を使って水の上の絵の具をかき混ぜる基本、紙の置き方を変えるテクニック、石鹸水を散らして変化をつける技法……簡単そうなのに、こんな美しい模様ができるなんて。やり始めたら夢中になってどんどん作ってしまいそうだ。
しかしここで終わる「ふしぎ」ではない。
16〜17ページ、鳥の羽模様の美しいマーブルを見せ、この模様にチャレンジしてみようというのだ。
このもようを作るひみつは、絵の具をかきまぜるくしにある。くしはとくべつせいだけど、作り方はかんたんだ。
バルサ材に、針または針金をさしこむだけ。
だけって。また工作、バルサ材ですか……。
しかし20〜21ページを見ると、このテクニックは、かつてのマーブルペーパー職人が生み出したものだとわかる。マーブルペーパーの歴史は古く、模様のパターンにも「ブケイ(Bouquet)」「ファーン(Fern)」「イカロスウェーブ(Ikaros Wave)」「サン(Sun)」など名が付けられているくらいなのだ。
マーブルペーパーは、古くから日本にもある。墨流しがそれだ。すでに9世紀にはやり方が伝わっており、現存する最古のものは12世紀はじめ『西本願寺本三十六人家集』の中に残されている。
マーブルペーパーとくらべると、墨ながしは水の動きにまかせた、しぜんなかんじだね。
しぜんなかんじ……26ページからは工作とは一転、身近なものにマーブル模様を見る試みになっている。
木材の断面にマーブル。人の細胞にもマーブル。もちろん元祖マーブル、大理石もある。地層にマーブル。風紋もマーブル。雲にもマーブル。
わたしたちのまわりに、いろんなところに、
マーブルもようが見えてきた。
わたしたちの体の中の目に見えないほど、小さな細胞から
わたしたちがいきている、この大きな地球まで、
いや、もっと、とおくとおく、もっともっと大きな銀河宇宙まで────
風がマーブリング。星がマーブリング。
さあ、友だちみんなでマーブリングしよう。
風や星となかまになって。
『わたしのマーブリング』の作者は神沢利子。教科書でもお馴染みなのでご存知の方も多いと思うが、プロはプロでもマーブリングのプロではなく、本業は児童文学作家なのだ。
みんなでマーブリングしよう。
作者はマーブルペーパーよりむしろ、マーブリングのあり様を愛しているのではないだろうか。
水の流れで色が散らばって動くさま、自然が作り出す不規則なパターン。二度と同じものはあらわれず、刻々と様子が変わっていく。人間にできるのはその一瞬を、紙なり写真なりに写しとることだけだ。
「作者のことば」には、こんなことが書かれている。
マーブルペーパーを見たり作ったりしていると、まわりのものがみなマーブルもように見えてきます。草の葉もきらめくつゆも、鳥の羽毛も、林、小波、流れる雲、何もかも。大きなものから小さなものまでマーブルもようには限りがなく、それを作り出した時間も気の遠くなるほど長い長い時間があり、ほんのまばたきするくらいの時間もあり、じつにさまざまな時間です……。
マーブリングはあらゆるところに存在し、無限に変化する。そして永遠に終わることはないのだ。
表紙のマーブルペーパーは、作者の神沢利子によるものではなく、三浦永年氏の作品だ。
マーブリングの第一人者にしてコレクターでもある。本号で紹介される技法も三浦氏の考案によるものだそうだ。
三浦氏は生まれ故郷の登米市登米町に私設の美術館「宮城芸術文化館」を開いていた。残念ながら今は閉館している。美術館のページは残存しているので、作品をいくつか見ることができる。
この美術館があった建物は明治期に建てられ、病院や洋裁学校として使われていたものだ。特徴は屋根。「みやぎの明治村」パンフレットによると、
“天然スレート(玄昌石)「回し葺き」技法で葺かれた屋根は国内最古にして最大”
のものらしい。
このあたりはかつて天然スレートの採掘が盛んに行われており、それを使った建物も数多く残されている。近隣の雄勝では雄勝石として有名で、屋根はもちろん硯や工芸品として使われてきた。
CPD講座 陸前地方の天然スレート建築 第5回 登米スレートの登場と大正昭和の普




歴史や伝統が詰まった建物は、過去の遺物としてではなく、使われてこそ輝く。美術館というふさわしい仕事を失ってしまったのは残念なことだ。
美術館で生の作品を見ることはかなわなかったが、永年氏の著作『魅惑のマーブル・ペーパー』を取り寄せることができた。
まず語られるは「マーブル・ペーパーの歴史と展開」。面白かったのは、マーブル・ペーパーの取引に際し、イギリスでは輸入品に多額の税がかけられていたことから、おもちゃの包み紙として国内に運び込まれたこと。注意深くおもちゃから外し、しわを伸ばしてプレスにかけた後、製品として製本屋に卸され装飾に使われていた。当時マーブル・ペーパーで装飾された本を見ると、ときどきしわが寄ってたり破れてたりすることがあるという。
続いて「マーブル・ペーパーの制作にあたって」では、用具、材料、作業場の準備から、溶液の作り方、転写の方法まで、懇切丁寧惜しみなく知識・技術を披露している。用具ひとつとっても33もの品が挙げられているのだ!はかり、適ビン、洗浄ビン、計量カップ、じょうご、スポイト辺りはそれこそ理科実験のようだ。手作りが必要な用具についてもていねいに説明がなされている。「マーブル・ブラシ」や、『わたしのマーブリング』でも作っていた「クシ(コム)」がそうだ。
用具とは一転、材料はいたってシンプルだ。カラジーン・モス、硼砂、紙、絵具、牛胆汁、ミョウバン、以上。しかし初っ端「カラジーン・モス」の難易度が高い。これはアイルランドの海岸でとれる海藻の一種で、日本のふのりとよく似たものだ。『わたしのマーブリング』でいうと洗濯糊にあたるものだろう。「牛胆汁」もどこで手に入るのか。
永年氏の作法は、おそらくヨーロッパ?の技術を紹介しているものだからだろう。本には、
マーブル・ペーパーを制作する場合、使用する水が軟水であるか硬水であるか、あるいはpH値の違いによって絵具の反応が微妙に変化しますので、混合する溶液の量を具体的な数字で記すことは誤解を招きかねません。従って説明文中では「少量」あるいは「数滴」といった漠然とした記述になっている場合があります。
という注意書きも見られる。日本とヨーロッパ(アメリカ?)、それぞれの水で作ってみたときの違いを実感しているからこそかもしれない。
メインは何といっても「マーブル・ペーパーの種類と作り方」。紹介されるのは総勢67種!美しいマーブルの数々はぜひ本書に当たって見ていただきたいものだ。「ふしぎ」の古いバックナンバー以上に手に入りにくいのが残念だが。公共図書館のなかには所蔵しているところもあるので、興味を覚えた方は近隣の図書館で相談してみてほしい。取り寄せてくれるはずだ。
これを見ると永年氏のマーブリングは、決して偶然に頼ったものではなく、きちっと方向性を見定めて作られていることがわかる。その「型」のなかでいかに「偶然の美」を追求するか、その辺がプロのマーブリングの面白いところなのだろう。新たな「型」を作り出す面白さも含めて。
そう考えると『わたしのマーブリング』は、子供のあそびを越えた「マーブリングの面白さ」「芸術としてのマーブリング」を見せる本でもあったのだなあと改めて思った。子供の本は、手軽に気軽にできる、分かりやすいというのも大事なところだが、ちょっと背伸びした“大人の領分”もチラ見させることができればグッと奥行きが出る。どの程度盛り込むかはバランスが難しいところだけれど。
ちなみに『魅惑のマーブル・ペーパー』の装丁を手がけるは、パートナーであるティニ氏。装幀装飾の第一人者だ。長年の仕事から厳選した彼女の作品集『ティニ・ミウラの手造り豪華本』も素晴らしい本だ。
カバーこそ紙製だが、中の表紙は布製、タイトルには箔押しが施されている。大判かつカラー印刷で贅沢に作られた本。見返しは永年氏によるマーブルペーパーで彩られている。彼女の作品の数々もため息が出るほど美しい。自分の大切な本を、こんな形でデコレーションしてもらったら唯一無二の宝物になるはずだ。
電子書籍が主流になりつつあるなか、リアル書籍にさらに装飾を施すという文化は貴重なものになってきている。お二人はその文化を支える米国製本装幀大学の創立者でもあり、長年指導にも携わってきた。
American Academy of Bookbinding - Book Binding & Book Preservation