こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ひと・どうぶつ行動観察じてん (たくさんのふしぎ傑作集)(第120号)

女性たちのご多分に漏れず、痴漢被害に遭ったことがある。

最近は、子供が幼稚園の時。夏休みのイベントに出かけるため、通勤ラッシュにかかるかかからないかくらいの時間に、電車に乗っていたときのことだった。Tシャツにジーンズ、化粧っけもない「ただのおばさん」なのになぜ?激しい不快感もさることながら、なぜ私がこんな目に?という思いをイベントの間じゅうずっと持ち続けていた。

答えは明らかだった。幼児連れだったから。子連れの母親は子供の世話だけで手一杯だ。現に私は、満員に近い車内で子を守り注意を与えることで精一杯だった。子供がいれば面倒事を嫌うだろう、声を上げたりしないだろうという侮り。その通り。子供のために、楽しいイベントに出かけようというのに、誰がクソ野郎のために時間を取られたりしたいものか。クソがどんな言い逃れをするかわからないし、場合によっては危害を加えてくるかもしれない。一人ならともかく、幼い子供を連れてそんなリスクは取りたくないものだ。

泣き寝入りという、私の取った行動は「正しい」ものではない。だいたいがラッシュ時に子供連れで乗ってくるのが迷惑千万。お前が声を上げないから、そんなクソを野放しにしておくから被害は減らないのだ、という言説も甘んじて受けよう。

弱い立場の者、弱そうに見える者を狙う、動物の世界でも見られる光景だ。なかでも子供はもっとも狙われやすい。子連れの親は子を守るために必死になる。巣に、子供に近づくものには容赦なく攻撃するし身体だって張る。子供に対しての加害なら、私とてなりふり構わず立ち向かっていっただろう。

痴漢という犯罪の多くは、満員電車内で引き起こされる。本書『ひと・どうぶつ行動観察じてん』でいうところの、間おき(spacing)が取れていない状況だからだ。「動物たちは、おたがい体があまり近づきすぎると緊張します」と書かれるとおり、満員電車はそれだけでストレスとなる。

痴漢行為は、ものの本によると、性欲というよりむしろ、ストレスへの対処行動だという。元々抱えていたストレスに加え、満員電車のストレスで緊張が高まった結果、転位活動(displacement activity)として痴漢行為に及ぶということだろうか?しかし、転位活動は毛づくろい(grooming)など、自分の体に向けての行動が多いように見える。他人に向けての攻撃ということを考えると、痴漢は転嫁行動に近いのかもしれない。

他人事みたいに考えてるけれど、書きながら思い出して、怒りがふつふつとわき上がっているのは言うまでもない。転位行動なら帰って腐れチンポでも弄ってろバーカ!!罵倒してぶん殴ってやりたいくらいの気持ちだが、本人が目の前にいない以上、ブログに吐き出すという行為も代償行動にしか過ぎない。

痴漢を憎む気持ちや行為の善悪はさておき、ストレスへの対処行動は理解できないわけではない。私だって不適切なストレス解消法(飲み過ぎとか)を選ぶこともある。しかし、

「男が痴漢になる理由」なぜ女性も知っておくべきなのか。満員電車でくり返される性暴力 | ハフポスト

を読むと、地獄の深淵をのぞき見たような恐ろしさがある。

再犯防止プログラムの場で「痴漢行為を手放すことで、あなたが失ったものはなんですか?」と質問したところ「生きがい」と答えた受講者がいました。我々スタッフは唖然としてしまいましたが、この答えに他の多くの受講者も頷いて同意を示していたんです。

……生きがい?痴漢という犯罪行為が、生きがいという、どちらかといえばプラスイメージの言葉と結びついてしまうことに、底知れぬ奥深さを感じてしまった。窃盗が生きがい、暴力が生きがい、麻薬が生きがい……犯罪行為と生きがいを合わせてみると、シュールで不気味な光景が広がってくる。『おもしろい!進化のふしぎ ざんねんないきもの事典』なんていう本もあるけれど、いちばんざんねんなのは人間といういきものかもしれない。

ひと・どうぶつ行動観察じてん (たくさんのふしぎ傑作集)

ひと・どうぶつ行動観察じてん (たくさんのふしぎ傑作集)

子供は、傑作集の表紙と月刊誌の表紙を見比べて、月刊誌の方も見たいと言い出した。たぶん内容は一緒だよと言ったけれど、比べて読んでみたいらしい。傑作集のシンプルなイラストも良いが、月刊誌のカラフルでにぎやかな様子もかわいらしい。

小学校中学年くらいを対象とする「たくさんのふしぎ」らしく、最後は、分散(dispersal)という言葉で締め括られている。3〜4年生くらいは、ちょうど思春期の入り口にさしかかる時、行動域(home range)も広がってくる頃だ。キツネの例では、子ギツネは生まれ育ったホームレンジの外へ探検に出かけては帰り、それを何度も繰り返しながら巣立つという。「そしてある日、生まれた土地を旅だちます。新しい自分のホームレンジをつくるまで、20〜30キロメートル、ときには100キロメートルもの旅をします」。

最後のページには、家を出んとする少年の後ろ姿のイラストが描かれている。いずれ来る、子の巣立ちを思い、ちょっぴり切なくなった。私は、親元を離れ独り立ちするのがうれしかったけれど、子供も、親のことなんか振り返りもせず喜び勇んで旅立っていってほしいものだ。