となりにすんでるクマのこと(第476号)
となりにすんでるクマ。
誰の?英題は"my"がついてるので「わたしのとなり」になるだろうが、つまりは人間だ。表紙にも表れている。表はクマ、裏はヒトだ。
生活圏にクマが突如として現れ、ヒトやヒトが大事にしてるものを傷つける。近年そんなニュースが多くなっている。彼らは「招かれざる客」なのだ。
でもクマは決してお客さんではない。おとなりさん、なのだ。
「作者のことば」によると菊谷さんは、軽井沢の小学校で「クマ学習」が行われていることを知り、その取り組みに感銘を受けたという。全国の子供たちにも「クマ学習」を届けたいという思いが、本号のきっかけになったそうだ。
だから「わたしのとなり」は「あなたのとなり」でもある。私たち一人一人のとなりにクマがいる、そう考えてみてほしいということだ。
そうはいっても、都市部住まいにはピンとこない話だろう。うちだって最近まで東北にいたけど、市内でも目撃情報があったけど、完全に他人事だった。隣県での人身事故発生を聞くたびに、気の毒だなあ、怖いなあと思うばかり。
絵本の舞台は軽井沢町。主人公はツキノワグマだ。裏表紙見返しの謝辞を見ると、↓こちらピッキオの活動を取材して描かれたと思われる。
どういう活動を行っているか、本号にも詳しく書かれているのでぜひ読んでみてほしい。
まず8〜9ページ。保護管理のためにどんな対策をしているのかというところ。保護管理というけれど、守るのはクマだけではない。ヒトを守ることにもなるのだ。このページは落ち葉をモチーフに描かれていて、色や形が複雑に配置されてるが、色彩の調和が素晴らしい。
28〜29ページ。ベアドッグとのパトロールシーンが描かれる。このページばかりはイヌが主役だ。私はネコ派だけど、仕事中のイヌはやっぱりかっこいい。キリッとした表情をしてる。単に吠えさせて脅しつけるだけではない。クマの性格に合わせ、対応を変えているという。
クマの性格?
そう、この辺りのクマは、人里に通じる獣道を通りかかるとワナで捕らえられ、個体識別されるのだ。
クマチームがテキパキと身体測定をし、首には発信器が取りつけられました。毎年、20〜30頭のクマに発信器を取りつけ行動を追跡し、人里に入り込まないよう追い払いを続けています。発信器をつけたクマには番号にちなんだ名前がつけられます。
追い払いのやりとりや、行動観察を続けるうちに性格がわかってくるというわけだ。
この本で描かれるのは、実はクマではない。いやクマなんだけど、クマと一括りにされる存在じゃないということだ。「たくさんのふしぎ」に登場する人たちは、必ず名前が出てくるけど、クマも同じ。一頭一頭外見も個性も違っていて、それぞれに違う生活を営んでいるのだ。
この「番号にちなんだ名前」は、動物園で展示動物につけるのとも、研究者が観察対象につけるのとも違う感じがしている。軽井沢のクマたちは、野生動物にして人と関わる生きものでもある。おとなりさんとしての名前、ということになるだろうか。
本書の見どころはなんといってもクマ。やっぱりクマ。主人公だもん。
絵の力がすごい。菊谷さんのイラストは、
『9つの森とシファカたち マダガスカルのサルに会いにいく(第415号) 』
でも素晴らしかったが、こちらはいわば黒衣役。本文で伝えたい内容をあくまでアシストするものだ。
今回は菊谷さん自身の本。だからなのかご本人の思いがストレートに伝わってくる。イラストが雄弁に語ってくるのだ。写真の方がリアルと思われがちだが、場合によっては絵の方が真に迫ってくる。菊谷さんがクマをどう見ていたのか、何を伝えたいのか一目でわかる。とにかくクマ、クマを見てほしい。まあわざわざ強調しなくたって自然に引かれてしまうけど。24〜25ページのシーンなんか、うっとりするくらい。原画を見てみたいなあ。
30〜31ページでは厳しい現実も描かれる。鮮やかで艶やかに彩られるシーンとは一変、ここだけ雰囲気が違う。他のページとは一線を画するものだ。個体識別され、名前をつけられ、付き合いがあり……そういう存在だからこそ厳しい判断を下さなければならない。どんなにか無念だろうなあと。それもこれもヒト側が対策を徹底できてなかったせいなのだ。
とくに興味を引かれたのは10〜11ページ、冬眠穴のいろいろ。どんなところで冬を過ごしてるんだろうってずっと不思議に思ってたからだ。自然を利用したものが多いが人工物もある。これも発信器で追跡しているからわかることだ。
ほとんどすべてのページにいるクマも、最終40ページに姿はない。しかし見えないだけで確かにいるのだ。雪に埋もれた冬の森で静かに眠っている。野鳥好きの我が息子は見えるものしか見てないようだけど。あ、キレンジャクだよ!って鳥しか見てないんか〜い。
『となりにすんでるクマのこと』が素晴らしいのは、季節の移り変わりも一緒に描かれるところ。クマ以外の生きものの様子も盛り込まれている。クマのおとなりさんはヒトだけではないのだ。野鳥もそうだし、キツネも昆虫もそして植物も。
『クマが樹に登ると: クマからはじまる森のつながり』は、森の中でのおとなりさん関係を描いたもの。クマが森をつくっているということを、科学的に明らかにしたものだ。
菊谷さんの絵本は「クマだな」から始まってるが、こちらでも「クマだな」は重要なポイントとなっている。すごく面白かったので、後日紹介したいと思う。
https://www.env.go.jp/nature/choju/effort/effort12/kuma-situation.pdf

