こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

食べられて生きる草の話(第367号)

金華山に出かけてきた。全国に金華山は数多あれど宮城県は石巻市に所属する島のことである。

『食べられて生きる草の話』の舞台となるのは、この金華山にある「鹿山」だ。主人公は、表紙に描かれるとおり鹿。そして“草”だ。タイトルは「食べられて生きる草」なのだから、メインの主人公は草の方かもしれない。

以前に「植物に学ぶ生存戦略 話す人・山田孝之」という奇天烈な番組を見たことがあるが、植物というのは自力で遠方まで移動する力がないかわりに、大した策略家なのである。『食べられて生きる草の話』は、みずからを鹿に食べさせることで逆に勢力を拡大してゆく、“草”の生存戦略について描かれた本だ。

食べさせるといっても、鹿の食欲は凄まじく、本書によると1日に5kg(およそキャベツ5個分)もの草木の葉を食べるという。鹿の食害は各地で深刻な事態をもたらしている。

野生鳥獣による森林被害:林野庁

現に金華山でも、鹿に食べられて減ってしまった植物や、背丈が小さくなってしまった木もある。著者が金華山で調査を始めた1975年には、「鹿山」は膝丈より高いススキの原が広がっていて、歩くのも大変だったという。「鹿山」にいる鹿の数もそれほど多くはなかったようだ。鹿が増えるにつれ、ススキの丈がだんだんと低くなり、ある“草”に取ってかわられるようになっていった。1990年代に入ると「鹿山」はすっかりその草に覆われるようになったが、その草は鹿に食べられても減るどころか、逆に生息範囲を拡大し増えていく様子を見せていた。その謎を解き明かすべく、著者は仮説を立てさまざまな実験をし、鹿と植物の関係に迫っていくのだ。

観察をし、一つ一つ段階を踏んで、仮説を立てながら実験をおこなっていく様子は、子供たちにとって、科学的方法のお手本ともなるような本になっている。一見するとシンプルな実験の数々に、シンプルな文、それを引き立てるかのようなシンプルな絵が付けられていて、なんだか簡単そうに感じられてしまう内容なのだが、何度も読み返したくなるような不思議な魅力がある絵本になっている。簡単そうといっても、現地に40年あまり通い続け、観察と実験を重ねた成果が元になっているのだから、当たり前ながら決して簡単にできあがっているものではない。

しかし、本書はその40年の重みと長さを感じさせない、軽やかな作りとなっている。著者が伝えたいのは、長年の観察と実験でわかったこと「食べられて生きる草の話」そのものではない。自然をよく観察し、その変化などに疑問をもつこと。疑問を解明するため、必要な実験を考えおこなうこと。その結果、何が起きているのかよく見ること。大事なのは、作者曰く「自然の話が聞こえてくる」ことなのだ。「作者のことば」では胸がわくわくする、と表現されている。観察と実験を繰り返し、一つ一つの疑問が明らかになっていくのはとても楽しいことなんだよ、その楽しいことをやっているうちに40年経ってしまったよという感じなのかもしれない。この絵本には「自然の話」は聞こうと思ってすぐ聞けるものではないけれど、観察と実験をすることで聞こえてくる話があるよ、自然の話が聞こえてくるのは楽しいよ、君たちにもきっとできるよ、という著者からのメッセージが込められているのだ。

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金華山の鹿

金華山には、実際に鹿の観察をおこなっている研究者の人もいて、暑い中じっと鹿を観察しつつスケッチしたりメモを取ったりしていた。この人も「自然の話を聞こう」とする一人なのだろう。金華山は、島全体が黄金山神社の神域であり、鹿は神鹿として保護されている。捕食者もいない離島なので、鹿や鹿に影響される植物などの調査研究をするには絶好の舞台なのかもしれない。

金華山の鹿は、観光餌付が盛んでないせい?か、奈良や宮島の鹿たちのようにぐいぐい寄って来る感じではない。野にいる鹿たちは自分から近づいてきたりしないし、人が多い神社周辺の個体もめっぽうおとなしい。

宮島の鹿は、餌やり禁止のおかげで市街地に出没する個体が近年減ってきているというし、奈良の鹿も今般の観光客の減少により、野生の状態に近づきつつあるという。

広島・宮島:市街地のシカが減少 餌やり禁止が効果 - 毎日新聞

観光客減少で奈良公園のシカが“野生化”…これはいい影響?専門家に聞いた

しかしながら、どちらも人間による保護の下、捕食者もいない中、高密度で生活していることに変わりはなく、今後これまで鹿の生活域でなかったところへの影響、金華山での問題のように森林など植生への影響が出てくることも考えられる。人間側の都合による鹿の“悪影響”は、「自然の話を聞く」こととは別の話とはいえ、対策を考えるにもまずは「自然の話を聞く」、観察や調査、実験をおこなう必要があることは確かなのだ。