パソコンまわりに本を放置しておくと、夫が手に取ることがある。
『キッピスの訪ねた地球』も興味をひかれたらしい。読み終わって一言「キッピスいいよね」。
その瞬間、ちょっと負けたなあって。
どんなに言葉を連ねて感想を書いたところで「あー面白かった」とか「良かった」とか「この本好き!」とか、ポッと出る言葉にはかなわない。素直な感想がいちばんなのだ。心を動かされた証だから。子供が熱心に見入っている様子とか、面白かったーって言ってるとことか、本を作ってる人にぜひ見せてあげたいと思うけど、そういう瞬間を生で伝えることはできない。
『キッピスの訪ねた地球』は、『ぼくの博物館(第280号)』で書いたような不思議な「ふしぎ」の一つと言える。
主人公が住むのは地球の外の遠い星。地球ふうには“キッピス”と発音する名を名乗っている。作者新宮晋の作品「水の木」にひかれてやってきた。
Susumu Shingu 新宮晋 兵庫県三田市 水の木 on Vimeo
お話は、キッピスが地球を巡った訪問記「キッピスの地球ノート」を軸に描かれている。
目を引かれるのはなんといっても力強い絵。どのイラストも生命力に満ちている。
原画で見たらどんなにかすごいだろうか。
とくに28〜29ページ。キャプションこそ、
人間は、生きるためにたくさんの命を殺して食べる。
だが、目の前にずらりと並んだ魚や野菜、肉はどれも生き生きと輝いている。死んでいるもののはずなのに、圧倒的な存在感で迫ってくる。
『サイエンス・ブック・トラベル-世界を見晴らす100冊』という本では、福音館の山形昌也氏が取材を受けているが、中にこんな話があった。ちなみに山形氏は当時「かがくのとも」編集長を務めていたが、その前には「たくさんのふしぎ」の編集に携わっている。
すなわち(「かがくのとも」で)扱わないようにしているテーマはありますか?との問いに、
メッセージとして暗いもの、子どもたちが未来に対して明るい希望を持てないようなテーマは扱わないようにしています。(『サイエンス・ブック・トラベル』67ページより)
と答えているのだ。
山形氏は以前、ある団体が小学生対象におこなった「21世紀の夢」というテーマのコンクールを見に行ったが、夢のある作品がある一方「オゾン層を再生する機械」「歩けないおばあちゃんを助ける歩行ロボット」のような、時代の問題を色濃く反映した作品が多くあって驚いたという。
子どもたちは、別に習ったわけでも、問題の中身を理解しているわけでもないのに、「なんか地球はやばいぞ、未来はやばいぞ」という気運を感じているのです。
当時、多くの科学絵本で、夕焼け空に動物のシルエットがあり、「生き物たちは今、どんどん少なくなっている。この美しい地球を守らなければ」といったエンディングがはやっていました。僕らは“夕焼けパターン”と呼んでいました。自分は小学3〜4年むきの月刊科学絵本「たくさんのふしぎ」に所属していたのですが、そもそも大人ですら解決できない問題を、子どもへ直接投げかけるのは無責任だし、未来に不安を持つようなメッセージを投げかけてどうする、と議論になり、「たくさんのふしぎ」では夕焼けパターンをやめました。同じことを「かがくのとも」でも意識しています。本の中で生き物が死んだとしても、ただ死んで終わるのではなく、その死が次の生へとつながるように、未来への希望と喜びが広がる工夫をしています。(同67〜68ページより)
人は「たくさんの命を殺して食べる」のに、人に食べられるために命を終えた生きものたちを見せているのに、気圧されるようなエネルギーに満ちた絵を見て、ふとこの山形氏の言葉を思い出したのだ。死んで終わるのではなく、その死が次の生につながっている。さあ食べなさいといわんがばかりに迫ってくる生きものたちの姿は、祝祭の雰囲気すら醸し出している。『食べる(第466号)』では「食べることは、いのちを終えた生きものたちとあなたが参加するお祭りだ」と書かれていたけれど、まさに食べることは弔いであり祝いでもあるのだ。
『食べる』の記事では、ちょっと違った角度からの見方や、新しい視点を紹介してくれるというようなことを書いたが、この『キッピス』も地球外のキッピスから見た地球ということで同様に、違った視点を見せてくれる本だ。
『サイエンス・ブック・トラベル』では、山形氏がまたこんなことをおっしゃっている。
「科学」とは自分の心の外側、この世界を知ること。その点からすると、5、6歳の子にとっては生きること自体がすべて科学だと思うからです。
あるとき3歳の娘が、窓のすき間から細い光の帯が差し込むのを見ているうちに、そこに浮かぶホコリが光をキラキラ反射しているのに気づき、「きれいね」と、ずーっと見ていました。この世界を見つめ、発見し、感動している。これが科学の入り口だと思います。こういう子どもの反応に対し、大人が「これはホコリだよ。ホコリが光を反射しているんだよ」と知識や情報を教えるだけでは、子どもの目の輝きを失わせることになります。「きれいだね。なんだろうね。どうして揺らめいているんだろうね」と、寄り添いながらその面白さを広げてあげたいと思います。
そうやって物事を、見て、考えて、確かめて、知ることにより、新たな世界への見方を得ることになります。科学はそうやって、自分がいる世界の見え方が広がることだと思います。(同69ページより)
「たくさんのふしぎ」はなぜ「科学絵本」なのか?それは大人と比して経験に乏しい子どもたちに、絵や写真を通して擬似体験してもらう狙いがあるからだ。少ない経験をテコに、絵や写真を通じて想像を広げていく。『キッピスの訪ねた地球』は、キッピスが描き出す絵と視点を通じて、まさに自分がいる世界の見え方を広げる本なのだ。
……なーんてぐだぐだ書いてみたけど、やっぱり「キッピスいいよね」って感想にはかなわないなあ。
裏表紙の裏には、新宮晋の「風や水で動くふしぎな彫刻」の一覧が紹介されている。昨年宮城県美術館を訪れた際、その一つを見に行ってきた。
残念ながらこの日は雨で、風もなかったので動いているところは見られなかった。
他に紹介されているのは以下のとおり。
- 水の光線(1969年 大阪・東洋ホテル 現詳細不明)
- 風の道(新宮晋 1970 風の道 - YouTube)
- 雑創の森学園
- 白い風景
- 終りのない対話(風が強い日はこの作品に注目! 新宮晋《終わりのない対話》)
- 遥かなリズム
- 光のメッセージ
- 光の雨(1981年 JR横浜駅東口ポルタ 参考:ポルタの銀のバケツ - Mosquitoes regret)
- 時の旅人(新宮晋「時の旅人」 - YouTube)
- 風のプリズム(新宮晋 福岡 風のプリズム - YouTube)
- 波のこだま
- 空のイメージ(「空のイメージ / Sky Image」新宮 晋 - YouTube)
- 宇宙との対話(1985年 岡崎・おかざき世界子ども美術博物館 現詳細不明)
- 白い花
- 雲の飛行(1987年 ボストン・ローガン国際空港 現詳細不明)
- 虹の木・時のプリズム(風のミュージアム - YouTube)
- 宇宙へのメッセージ(1988年 東京・新宿駅西口地下広場 現詳細不明)
- 白い雲
- 水の反映
- 雨に乾杯・波の機織り
- 羽ばたき(Olympic Park Sculptural work 46《Wing's breath》스스무 신구 - 일본 - YouTube)
- 風の音符(濱っ娘のぶらり横浜観光 新宮晋「風の音符」 - YouTube)
- 星の神話
- 太陽の子供たち(1990年 シカゴ・イリノイスポーツセンター 現詳細不明)
- 雲の牧場(札幌芸術の森 野外美術館にて 『雲の牧場』新宮晋さんの作品 - FC2動画)
- 森のささやき(森のささやき1990 新宮晋 Whispers of the Forest - YouTube)
- 星の時間
- 波の翼(新宮 晋の彫刻作品 2021版 - YouTube)
- 風の万華鏡(BRAINCENTER Inc. 「Wind Kaleidoscope 」- YouTube)
- 銀河の舟
- コロンブスの風(新宮 晋の彫刻作品 2021版 - YouTube)
- 水の木・星の立像(新宮 晋の彫刻作品 2021版 - YouTube)
- 雲・風のメッセージ
現在も精力的に制作活動を続けていらっしゃる。
このエントリーをもって、101-200 カテゴリーの記事をすべて書き終えたことになる。
そこで、第101号〜200号までの記事一覧を発行番号順にご紹介する。
『落ち葉(第200号)』に追記したので、興味のある方はご覧ください。