こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

キッピスの訪ねた地球(第111号)

パソコンまわりに本を放置しておくと、夫が手に取ることがある。

『キッピスの訪ねた地球』も興味をひかれたらしい。読み終わって一言「キッピスいいよね」。

その瞬間、ちょっと負けたなあって。

どんなに言葉を連ねて感想を書いたところで「あー面白かった」とか「良かった」とか「この本好き!」とか、ポッと出る言葉にはかなわない。素直な感想がいちばんなのだ。心を動かされた証だから。子供が熱心に見入っている様子とか、面白かったーって言ってるとことか、本を作ってる人にぜひ見せてあげたいと思うけど、そういう瞬間を生で伝えることはできない。

 

『キッピスの訪ねた地球』は、『ぼくの博物館(第280号)』で書いたような不思議な「ふしぎ」の一つと言える。

主人公が住むのは地球の外の遠い星。地球ふうには“キッピス”と発音する名を名乗っている。作者新宮晋の作品「水の木」にひかれてやってきた。

Susumu Shingu 新宮晋 兵庫県三田市 水の木 on Vimeo

お話は、キッピスが地球を巡った訪問記「キッピスの地球ノート」を軸に描かれている。

目を引かれるのはなんといっても力強い絵。どのイラストも生命力に満ちている。

原画で見たらどんなにかすごいだろうか。

とくに28〜29ページ。キャプションこそ、

人間は、生きるためにたくさんの命を殺して食べる。

だが、目の前にずらりと並んだ魚や野菜、肉はどれも生き生きと輝いている。死んでいるもののはずなのに、圧倒的な存在感で迫ってくる。

サイエンス・ブック・トラベル-世界を見晴らす100冊』という本では、福音館の山形昌也氏が取材を受けているが、中にこんな話があった。ちなみに山形氏は当時「かがくのとも」編集長を務めていたが、その前には「たくさんのふしぎ」の編集に携わっている。

すなわち(「かがくのとも」で)扱わないようにしているテーマはありますか?との問いに、

 メッセージとして暗いもの、子どもたちが未来に対して明るい希望を持てないようなテーマは扱わないようにしています。(『サイエンス・ブック・トラベル』67ページより)

と答えているのだ。

山形氏は以前、ある団体が小学生対象におこなった「21世紀の夢」というテーマのコンクールを見に行ったが、夢のある作品がある一方「オゾン層を再生する機械」「歩けないおばあちゃんを助ける歩行ロボット」のような、時代の問題を色濃く反映した作品が多くあって驚いたという。

子どもたちは、別に習ったわけでも、問題の中身を理解しているわけでもないのに、「なんか地球はやばいぞ、未来はやばいぞ」という気運を感じているのです。

 当時、多くの科学絵本で、夕焼け空に動物のシルエットがあり、「生き物たちは今、どんどん少なくなっている。この美しい地球を守らなければ」といったエンディングがはやっていました。僕らは“夕焼けパターン”と呼んでいました。自分は小学3〜4年むきの月刊科学絵本「たくさんのふしぎ」に所属していたのですが、そもそも大人ですら解決できない問題を、子どもへ直接投げかけるのは無責任だし、未来に不安を持つようなメッセージを投げかけてどうする、と議論になり、「たくさんのふしぎ」では夕焼けパターンをやめました。同じことを「かがくのとも」でも意識しています。本の中で生き物が死んだとしても、ただ死んで終わるのではなく、その死が次の生へとつながるように、未来への希望と喜びが広がる工夫をしています。(同67〜68ページより)

人は「たくさんの命を殺して食べる」のに、人に食べられるために命を終えた生きものたちを見せているのに、気圧されるようなエネルギーに満ちた絵を見て、ふとこの山形氏の言葉を思い出したのだ。死んで終わるのではなく、その死が次の生につながっている。さあ食べなさいといわんがばかりに迫ってくる生きものたちの姿は、祝祭の雰囲気すら醸し出している。『食べる(第466号)』では「食べることは、いのちを終えた生きものたちとあなたが参加するお祭りだ」と書かれていたけれど、まさに食べることは弔いであり祝いでもあるのだ。

『食べる』の記事では、ちょっと違った角度からの見方や、新しい視点を紹介してくれるというようなことを書いたが、この『キッピス』も地球外のキッピスから見た地球ということで同様に、違った視点を見せてくれる本だ。

『サイエンス・ブック・トラベル』では、山形氏がまたこんなことをおっしゃっている。

「科学」とは自分の心の外側、この世界を知ること。その点からすると、5、6歳の子にとっては生きること自体がすべて科学だと思うからです。

 あるとき3歳の娘が、窓のすき間から細い光の帯が差し込むのを見ているうちに、そこに浮かぶホコリが光をキラキラ反射しているのに気づき、「きれいね」と、ずーっと見ていました。この世界を見つめ、発見し、感動している。これが科学の入り口だと思います。こういう子どもの反応に対し、大人が「これはホコリだよ。ホコリが光を反射しているんだよ」と知識や情報を教えるだけでは、子どもの目の輝きを失わせることになります。「きれいだね。なんだろうね。どうして揺らめいているんだろうね」と、寄り添いながらその面白さを広げてあげたいと思います。

 そうやって物事を、見て、考えて、確かめて、知ることにより、新たな世界への見方を得ることになります。科学はそうやって、自分がいる世界の見え方が広がることだと思います。(同69ページより)

たくさんのふしぎ」はなぜ「科学絵本」なのか?それは大人と比して経験に乏しい子どもたちに、絵や写真を通して擬似体験してもらう狙いがあるからだ。少ない経験をテコに、絵や写真を通じて想像を広げていく。『キッピスの訪ねた地球』は、キッピスが描き出す絵と視点を通じて、まさに自分がいる世界の見え方を広げる本なのだ

 

……なーんてぐだぐだ書いてみたけど、やっぱり「キッピスいいよね」って感想にはかなわないなあ。

裏表紙の裏には、新宮晋の「風や水で動くふしぎな彫刻」の一覧が紹介されている。昨年宮城県美術館を訪れた際、その一つを見に行ってきた。

時の旅人

残念ながらこの日は雨で、風もなかったので動いているところは見られなかった。

 

他に紹介されているのは以下のとおり。

現在も精力的に制作活動を続けていらっしゃる。

新宮 晋 - 風の彫刻家

 

このエントリーをもって、101-200 カテゴリーの記事をすべて書き終えたことになる。

そこで、第101号〜200号までの記事一覧を発行番号順にご紹介する。

落ち葉(第200号)』に追記したので、興味のある方はご覧ください。