こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

わが家は、野生動物診療所(第337号)

今朝、子供が学校へ向かって駆けていくのを、ひとり見送った。
普通の朝の風景……と思われることだろうが、ここ数ヶ月の我が家では当たり前のことではなかった。

布団をかぶって登校の準備もままならない朝が始まり、思いきって1週間休ませてはみたものの、さしたる原因もわからず、ただただ行きたくないと言うばかり。親が送り迎えすることに同意して、何とか登校はするようになったが、教室に入ることができない。学校の計らいで、一日の大半を保健室で過ごさせてもらうことになった。

こんなことがいつまで続くのだろう、ひょっとしたら卒業まで…?という闇雲な不安が心のなかに溜まっていく日々を経て、担任の先生始め方々に相談を続け、波はありながらも少しずつ教室で過ごせる時間も増えてきていた。

毎日の送り迎えにも慣れ、あきらめて状況を受け入れていた頃のある日、
「来週からは一人で行く。来週は一日教室で過ごしてみる」との一言と共に、子供は自ら一歩を踏み出すことになった。

『わが家は、野生動物診療所』にはこんなことが書いてある。

 動物の子どもを大きくするというのは、そんなに特別な技術がいるわけではありません。注意深く世話することとじゅうぶんな栄養のある食べ物を与えること、そのふたつさえ守れば、どんどん大きくなります。でも一人前のおとなにするのはたいへんむずかしいことなのだということを、この2羽のカワセミのヒナによって、私たち夫婦は思い知らされました。

著者は道路工事中に保護されたカワセミのヒナを預かって育てることになったのだが、自然に帰すためには自力で餌をとれるようにしなければならない。そこで竹田津氏は「カワセミをおとなにするためのトレーニング」を始めるのだが、異種である人間がカワセミを「大人にする」のは大変なことなのだ。

ところで、本号のこのカワセミの話を読んでいた子供は、前に読んだ『カワセミは勉強ぎらい』と同じ話だよ!と気がついた。こちらの『カワセミは勉強ぎらい』には詳しく、著者が悪戦苦闘しながらカワセミを一人前にする様子が生き生きと書かれている。

(略)これは、野生動物たちもおなじことで、遊んでいて、いつのまにか、えさを見つけることを、学んでいるのです。
 そこで、わたしは考えました。カワセミが、「えさをとることは楽しい」と、思うようにしようとしました。(『カワセミは勉強ぎらい』より

楽しいと思えないことは、無理矢理やっても結局大した効果をなさないことの方が多い。私自身これまでの人生で何度も経験してきた。

子供は楽しくないと思っていたからこそ、学校に行きたくなかったのだろう。その気持ちを尊重したいと思いつつも、学校はたとえ楽しくなくとも我慢して行くところだ、という考えが何度も心を過った。なぜなら自分は、そういう時代環境で育ってきたからだ。

野生動物は親の真似をして育っていく。しかし、私は親の(世代の)真似をしていいのだろうか?子供の道は、野生動物とは異なり「一人前の大人になる」までの道のりがさまざまあり、そして長い。

著者が野生動物たちを注意深く観察しながら「大人にする」訓練を試行錯誤したように、私もまた子供の成長を見ながら試行錯誤し、時には周りの助けも大いに借りつつ、子供を大人にしていくしかないのだろう。 

わが家は、野生動物診療所 (月刊 たくさんのふしぎ 2013年 04月号)

わが家は、野生動物診療所 (月刊 たくさんのふしぎ 2013年 04月号)

カワセミは勉強ぎらい (森のお医者さん)

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