こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

つな引きのお祭り (たくさんのふしぎ傑作集)(第108号)

つな引きといえば運動会。

子の学校でも毎年のようにプログラムに加えられている。中学でも健在だ。準備は綱一つ、練習不要、勝ち負けが明快と三拍子揃った良競技。かつてはオリンピックの綱引競技まであったというから驚きだ。私には不評だけど。だって体操着も靴もめちゃ汚してくるし、子供がどこにいるか見つけにくいんだもん。

今でこそ運動会の定番だが、もともとはお祭りの一環として行われてきたものだった。

 つな引きは、運動会の競技になるずっと前から、日本中のいろんな地方でおこなわれてきた。でも、それはスポーツとしてのつな引きではなく、きまった日におこなわれるお祭りだった。

本書は、お祭りとしてのつな引きのなかで、その勝ち負けに込められた意味と、人びとの思いを探る絵本だ。

紹介されるのは、次の四つのお祭り。

刈和野の大綱引き 文化遺産オンライン

因幡の菖蒲綱引き 文化遺産オンライン

油井の豊年踊り

綱が結ぶ世代 -真栄里大綱引き- - 地域文化資産ポータル

 

このうち力を入れて描かれるのが「寒中の大つなひき」と題された、刈和野の大綱引き。他と比べるとやはり桁違いのお祭りだからだろうか。

  • 上町と下町に分かれて6000人もの人が参加(本号記載当時)
  • 20メートルの細綱400本をより上げて太綱を作る。使われる稲藁はなんと7000束
  • 太さは70センチメートルもの綱。上町のオづなは長さ64メートル。下町のメづなは50メートル。これを結び合わせてつな引きがおこなわれる。

本書には載ってない数字もすごい。

準備から含め、臨場感あふれる筆致で描かれている。町の人たちの、お祭りにかける熱意が伝わってくるようだ。

刈和野の大綱引きには「お祭り」のあらゆる要素が詰まっている。

かつては旧正月という節目の時におこなわれており、無事に一年の始まりを迎えられたお祝いの意味もあっただろう。雪に閉じ込められるなか、たまったエネルギーを発散させるはたらきも担っているはずだ。ひと月前からおこなわれる準備、皆で集まって作業する綱作りは、お年寄りや女性たちにとって良い手慰みになる。長年培ってきた綱作りの技術を教わることで、お年寄りの経験に敬意を払うことにつながっているかもしれない。

 毎日毎日、もくもくとグミづくりに励むお年寄りたちは、つな引きのお祭りをささえる縁の下の力持だ。

つな引きは、上町と下町の対抗戦であると同時に、両者の交流をはかるものでもある。女性たちは「その日ばかりは夫婦わかれ」とばかり、いくつになっても生家方を引く方にまわるのだという。当日は上町のオづなと下町のメづなを結び合わせるが、オづなは陰陽説の陽(男性)の象徴で、メづなは陰(女性)の象徴といわれる。夫婦和合の象徴でもあるというのは穿ち過ぎだろうか。結び合わせのときは、みな息を潜めじっとその時を待つ。タイミングを過たず引き始めなければ大惨事になりかねないからだ。

夫婦和合の象徴というのは、あながち穿ち過ぎでもない。「神さまとのつな引き」と題された、真栄里の綱引きでもオづなとメづなが使われるからだ。

 ここのつな引きでも、オづなとメづなをむすんでから引きあい、その勝ち負けで豊作かどうかをきめる。むかしの人は、あらゆるものが生まれ、ふえるのは、オスとメスとのむすびつきをとおしてであると考えていた。だから稲がゆたかに実るよう祈りをこめて、オづなとメづなをむすびつけるのだ。オスとメスをむすびあわせて豊作を祈るつな引きが、日本列島のはるか南の沖縄と北国の秋田で、同じようにおこなわれている。

それを考えると、9ページ、刈和野のメづなの輪っかに赤ちゃんがすぽっとはまってる写真は出来過ぎた絵のような気もする。

秋田と沖縄では異なるところもある。そこはぜひ本書を読んでみてほしい。オづなとメづなのつなぎ方も違うし、勝ち負けに対する考え方も異なっている。実に面白い。

作者はカンボジアや中国、韓国などの例も引き合いに、それぞれの「つな引きのお祭り」の共通点、相違点を見出していく。この絵本は子供に抽象化の仕方を教える本でもあるのだ。抽象的思考ができてくると言われるのが小学校3〜4年生頃。ちょうど「たくさんのふしぎ」の対象年齢だ。

 

密になりやすいお祭りだけに、このご時世では中止になるところも多かっただろう。刈和野の大綱引きも、2022年の開催も中止になってしまっている。お祭りの、地域における役割の大きさを知るほど知るほど、中止が続くなか失われたものの大きさを思い知る。

つな引きのお祭り (たくさんのふしぎ傑作集)

つな引きのお祭り (たくさんのふしぎ傑作集)

  • 作者:北村 皆雄
  • 発売日: 2006/01/20
  • メディア: 単行本