『モグラの生活 (たくさんのふしぎ傑作集)(第267号)』でいろいろ調べていて行き当たったのが「モグラ博士」のお話。
印象的だったのが、さまざまな動物たちの標本を、地道に収集することの大切さだった。先日参加したここのイベントでも、野外利用指導員の方たちが、標本作りをするために集めた動物たち(事故死したものなど)で、冷凍庫が一杯だと話していた。標本(剥製)を作るには時間もお金もかかるが、予算が足りなくてなかなか進まないのだという。死んだ動物より生きている子供たちにおカネがまわるのは致し方のないことだろうか?
『好奇心の部屋 デロール』の主人公である"DEYROLLE"も、剥製を取り扱っているお店だ。
本書によると、
デロールは、今から170年以上も前の1831年に、ジャン・バプティスト・デロールという人がつくったお店だそうです。はじめは学校の授業などでつかう理科実験の道具などをあつかうお店でした。その後、生きものや自然の美しさを大人にも子どもにもわかってもらおうと、世界じゅうのいろいろな国から生きものの剥製や標本を集めるようになり、現在のようなお店になったそうです。
写真を見ると、ありとあらゆる種類の標本や剥製、鉱物などが所狭しと並べられている。博物館と見紛うばかりだ。そこはパリ、展示物は商品でもあるから飽くまでも美しく陳列されている。一方で、来店する子供たちから質問があれば、スタッフがていねいに答えてくれるとのこと。博物館としての役割も果たしていることがわかる。
また、本書には、
200年ほど前のフランスでは、このように世界じゅうから集めてきた昆虫の標本や鉱物などをいれたガラスケースや棚を家の中におき、そこを“好奇心の部屋”と名づけて、いながらにして自然を味わったそうです。
と書かれているが、これは驚異の部屋のことだと思われる。今の時代、手軽に手のひらに収まる程度の端末でも、珍しい生きものの写真や動いている様子さえ見られるけれど、当時の人たちにとっては驚異のものばかりであっただろう。もの言わぬ剥製や美しい蝶の標本を見て、どんなところで暮らし、どんな動きをするのか大いに想像をかき立てられていたに違いない。
本書の最後でも、著者はこう述べている。
ぼくは、小さなころからたいせつにしているチョウの図鑑を持っています。図鑑は、動植物の名前を調べるためだけにあるのではなく、絵本のように空想の世界へもさそってくれます。図鑑の中のチョウたちを見ながら、見知らぬいろいろな場所へ旅したり、どれだけ想像を楽しんだことでしょう。
デロールは、じっさいの剥製や標本を見せてくれる図鑑みたいだと、ぼくは思いました。
著者今森光彦氏は、昆虫を題材にした著作を数多く出している。子供が虫好きだった頃、彼の写真絵本にはお世話になったものだ。しかし、この本は、生きものや自然を直接取り上げているわけではない。なぜデロールを?とちょっと不思議だった。この言葉を読んで、なぜ今森氏がデロールを紹介したかったのかがわかったのだ。
今やデバイスの進化によりヴァーチャルでさまざまな体験ができるようになっている。剥製や標本という形での「実物」は命と引換えである以上、学術的なものは別として、縮小へと向かっていくことだろう。事故死含む自然死という偶然を待って作られる標本・剥製たちは、貴重な資料といえるかもしれない。
昨年行った「ジャパン・バード・フェスティバル2017」では、「コウノトリの個体群管理に関する機関・施設間パネル(IPPM―OWS)」のブースで、兵庫県立コウノトリの郷公園による剥製に触ることができた。『デロール』でも子供たちがライオンに触れる写真が載っているが、大きさや手触りを実感できるのは、剥製ならではの利点だ。もっとも連れていった息子は、死んだ物より飛んでる鳥!とばかり、手賀沼周辺のバードウォッチングに勤しんでいたけれど……。
この傑作集は装丁も素晴らしく、ノンブルのデザインにまで気を配って作られている。デロールのお店にも負けない、素敵な本に仕上がっている。
- 作者: 今森光彦
- 出版社/メーカー: 福音館書店
- 発売日: 2008/11/20
- メディア: 単行本
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追記:デロールは2008年2月に火事があり、そのコレクションのほとんどを焼失してしまったようだ。月刊誌の発行は2003年なので、この本に写されたデロールは焼失前のもの。今はもう見られないものなのだ。傑作集の発行は2008年なので、火事の報を知って出版することになったのだろうか?