学生時代、“ただのサークルの先輩”だった今の夫に、昼飯に連れていかれたのが、今は無き高田馬場のインド料理店「マラバール」。今でこそ、エスニック料理は家で手作りもするなじみの味だが、入学したての私にとって、タンドールで焼かれたナンもスパイスの効いた「カレー」も初めて食べる味だった。そして何より驚いたのが、目の前にいる“先輩”が右手だけを使ってナンをちぎりカレーに浸し、口に運んでいたこと。インド旅行で覚えたものだと言う。それまでの興味がヨーロッパ一辺倒だった私にとって、その世界の話は驚きの連続だった。それにしても“先輩”こと夫は不器用そのものの手をしているが、今でも「インドカレー」だけは器用に手で食べる。
大学界隈はエスニック料理店だらけ。初めて食べる韓国料理、初めて食べるタイカレー、初めて食べるミャンマー料理……とにかく初めて味わうものばかりだった。「マラバール」のように閉店してしまったお店もあれば、健在のお店もある。当時は珍しいものを食べるのに夢中で、その国へ関心を向けるところまでには至らなかったが、のちのち旅行で訪れたりもしたので、「食」というのは気軽に入れる文化の入り口なのだなあと改めて思う。
本書は『カレーライスがやってきた (たくさんのふしぎ傑作集)(第45号)』を手がけた作者ならでは、最後は「マレー式たまごカレー」を作って、手で食べてみよう!と、これまたレシピが紹介されている。家にある材料で作れるかな?と見れば、クミンやターメリックは常備しているがアニスは無い。ココナツミルクはある。アミの塩辛を少し、これもさすがに無い。なければカレー粉をとか、なければ牛乳で代用を、とも書かれている。
『カレーライスがやってきた』のおよそ10年後(月刊誌発行当時)である1998年においても、これらの材料はその辺のスーパーで手に入るものでなかったかもしれない。お安いものでもなかっただろう。当時どれくらいの親が、本文どおり「自分でも手で食べてみたいと思ったら、お父さんやお母さんと、手で食べるカレーを作ってみよう。」という子供のリクエストに応えてやったのか気になるところだ。
手順はシンプルそのものだが、「粒のスパイスは粉にひいておく。ここではコーヒーミルを使っているが、すりばちでもいい。」というハードルは、案外今の方が高いかもしれない。1998年くらいなら、コーヒーミルは無くともすり鉢がある家は多かっただろう。今、すり鉢を使う家は、どれくらいあることだろうか。
- 作者: 森枝卓士
- 出版社/メーカー: 福音館書店
- 発売日: 2005/02/10
- メディア: 単行本
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