こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

カブトムシの音がきこえる 土の中の11か月(第396号)

家の子供は、驚くほどカブトムシに興味がない。バッタ類は飼いたいと言って、少しばかり頑張って工夫していたこともあるが、カブトムシは一顧だにしなかった。市内のとある公園ではカブトムシがよく捕れて、時期にはトラップも仕掛けられるらしいので、興味を持つ環境は整っていると思うのだが、やる気がないことにはどうしようもない。たまに参加するこのイベントでも、ほらこんなところに幼虫が暮らしているんだよ、持って帰って飼っても良いよ、とボランティアの方がわざわざ目の前に差し出してくれる幼虫さえ要らないというくらいなので、よほど関心がないのだろう。

うちの子はともかく、おもに男児持ちの友人・知人の話を聞くと、嘆息と共に語られるカブトムシの飼育体験談が山ほど出てくるし、夫自身も子供の頃飼っていたことがあるようだ。招待券をいただいたので、昨夏訪れた「2017 大昆虫展 in 東京スカイツリータウン」でも、カブトやクワガタに触り放題の「ふれあいの森」は子供たちで大盛況だった。

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↑ 気の毒なカブトムシ

こんなにも子供たちに愛されるムシなのに、創刊30年を超える「たくさんのふしぎ」の主役を張るのは、これがなんと(おそらく)初めてなのだ。もちろん「かがくのとも」には何度も登場しているし、カブトムシ関連の絵本・児童書は世に腐るほど出ている。だが、ほとんどの本の内容は、カブトムシの一生や生態、捕獲方法や飼育方法などで、つまりはゴールの「成虫」に視点を置いて書かれているものが多いように思われる。

しかし、本書は「土の中の11か月」という言葉が示す通り、一生のうちのほとんどを占める土の中で暮らす時期を中心に描かれている。本文40ページ中、成虫の姿が描かれているのはほんの数ページだけだ。カブトムシのことを本当に知りたいと思ったら、彼らの生涯のわずか1〜2ヵ月という成虫の時期ではなく、土中で生活している姿を見なければ意味がないのだ。

それでも身近な虫だけに、研究され尽くされているのでは?と思いがちだが「作者のことば」によると、実はあまり研究が進んでおらず、まだまだわかっていないことがたくさんあるらしい。確かに「カブトムシ 研究」で検索すると自由研究の話題ばかり。小学生の夏休みの宿題レベルの"研究"だと、そこはどうしても成虫中心のものになりがちだ。

興味深かったのは、カブトムシの幼虫と腸内細菌との関係。NHKの「人体 神秘の巨大ネットワーク」でちょうど、人間の体内で腸内細菌がどういう働きをしているのかということについての番組を見たばかりだったので、意外な共通点、人間もカブトムシも腸内細菌のおかげで生かされているということを知り、面白く思った。

「作者のことば」によると、カブトムシは人の暮らしと密接に関わって生活しており、人里離れた山の中には住むことはできないということだ。なぜならカブトムシの幼虫の食べ物は腐葉土であり、人間が落ち葉や伐採した木などを集めた場所などが絶好の餌場になるからだ。自然に任せたままでは、そういった最適な場所が出現するのは偶然に頼るしかない。したがって、自然の中に人の手が入る前のカブトムシは、今よりずっと数の少ない虫だったのだろうと、著者は推測している。

そういえば、近隣大学の子供向け公開講座に行った時、樹液の出ている樹のそばに、たくさんのカブトムシの"変死体"が落ちていたことを思い出した。講座の先生によると、カラスが食べたのだろうということだったが、試しに「カブトムシ カラス」で検索してみると、カブトムシを食べたのは誰?という記事がヒットした。なんと筆頭発表者は本号の著者である小島渉氏ではないか! 私のように、カラスはカブトムシも食べるのか、へえ〜と納得しただけで終わらないところが、やはり研究者である所以なのだろう。

最近の生き物研究者の方々は、岩波科学ライブラリーや東海大学出版部の「フィールドの生物学」シリーズなど、市井の人向けの本を書くことが多いような気がしているが(自分の興味が向いているための印象かもしれないが)、小島渉氏はさ・え・ら書房という児童書籍専門の出版社から、子供向けにカブトムシ研究の本を出している。その名もど真ん中ストレートに『わたしのカブトムシ研究』だ。読むと、小島氏も小学校高学年くらいから、わが息子と同じ趣味であるバードウォッチングを嗜んでいるということで、当時将来は野鳥の研究をしてみたいとも考えていたらしい。そのあとがきでは「子どもの頃は図鑑を読みふけり、海外のまだ見ぬ鳥や虫に思いを馳せていた」けれども、やはり「身近な環境にいる生き物こそがおもしろいということに気付いた」と書かれている。あまり見られない鳥がどこそこにいると聞けば、すっ飛んでいって写真を撮りたがる息子も、いずれこういう境地に達してくれればいいのだが…。レアものの鳥を追いかけるだけではポケモンGOをやるのと何ら変わりはないのだと、気付く日は来るのだろうか。もちろん、それが悪いというわけではないけれど。