こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

ぐにゃぐにゃ世界の冒険 (たくさんのふしぎ傑作集)(第32号)

私たち夫婦は、キセルというバンドのファンだ。かれこれ10年以上になるだろうか。地方に住んでいた頃はライブに行ける機会も少なかったが、今は都合がつく限り参加している。そしてなぜか、大人だけでゆっくり楽しみたいのはやまやまなのだが……毎回子供と行く羽目になっている。おかげで子供は、着席型のライブ野音レストラン・ライブスタンディングと、いろいろなハコでライブ体験をすることになった。キセルのライブの多くは「小学生以下は保護者同伴に限り入場可(小学生以下でも、指定席公演でお子さまのお席が必要な場合、チケット必要)」。大音量で聴かせるタイプではなく、モッシュやダイヴがあるような激しいライブでもないので、安心して連れていけるという理由も大きい。

そのキセルが、Eテレミミクリーズで歌っているのが「トポロジーのうた」。

とぽとぽとぽとぽとぽろじー♪というフレーズから始まる曲は、独特のアニメーションと相まって耳につく。単純ながら印象に残る歌だ。曲自体はトクマルシューゴが作っているのだろうが、キセルに歌を依頼した人は慧眼だと思う。トポロジーのうた、アルバム毎に柔軟に形を変えながらも、キセルとしての色を失うことのない、彼らにぴったりの歌だ。

 

『ぐにゃぐにゃ世界の冒険』の英題は、"Adventure in Topological Land"。

トポロジーについて書かれた本なのだ。大人の私でも怯んでしまうトポロジーを、絵本仕立てで子供に見せてしまおうというすごい試みだ。しかもこの号が出たのは1987年。私は小学生だ。本文にはしかし、トポロジーという言葉はひとつも出てこない。あくまで“ぐにゃぐにゃ世界”を冒険するという態で、トポロジーの考え方が語られてゆく。算数嫌いな子でも、ただの変わった世界のお話として読むことができるし、考えることが好きな子は、これはどうだろう?あれは?と応用して考えを深めることもできるだろう。どういう風にでも読めるのがすごいところだ。

この本の最初の例がコーヒーカップとドーナツなら、「トポロジーのうた」でも、最初に変形するのはマグカップとドーナツ。取っ手付きカップとドーナツは、トポロジーといえば始めに出てくるおなじみの例だ。おやつの時間みたいなのが面白い。

ミミクリーズ」の元になった言葉は、模倣という意味のミミクリー。番組のコンセプトは、“「自然界の似たもの探し」をキーワードに、3~7歳の子どもたちの知的好奇心を触発し、観察眼と想像力を磨きます”。さまざまなコーナーを設けて構成されているが「いじクリー」とか「ザッツ ミミクリーズ ショー」など、大人が見てもかなり面白い。なんで「ミミクリーズ」でトポロジー?と思ったのだが、

♪ おんなじ形だトポロジー

という歌詞を聞いて、ああ似たもの探しの一種だったか、と今さらながら気がついた。

ミミクリーにトポロジー、そんな小難しい単語、子供に通じることはない。でも案外、子供にとっては怪獣の名前とかキャラクターの名前と大差ないのかもしれない。成長して意味がわかったとき、ああそういうことだったのか!と番組のすごさを感じる子もいるだろう。ミミクリーズにせよ、この『ぐにゃぐにゃ世界の冒険』にせよ、子供にわからないことはない、わからなくてもいいから見せてみよう、でも楽しくなければ見てくれないよね、という大人がいてこそ、子供の世界はさらに広がり楽しくなるのだと思う。

ぐにゃぐにゃ世界の冒険 (たくさんのふしぎ傑作集)

ぐにゃぐにゃ世界の冒険 (たくさんのふしぎ傑作集)

本号のイラスト担当はタイガー立石。「作者のことば」ではこんなことを書いている。

 あなとチューブのしくみを研究して「ぐにゃぐにゃ世界」のひみつをときあかせば21世紀には、◉人工臓器と医学が大進歩。◉建物は思いきり楽しいカタチになる。◉ぜったい事故をおこさない乗り物と交通路ができる。◉洪水や水不足、土砂くずれ・雪害などを防ぎ、全国的な冷暖房ができる。◉きれいなものときたないものを上手に分けて公害がなくなる。そのほかよいことばかり—(だといいね)。

 さあ21世紀に活躍するキミたちの出番だ!「ぐにゃぐにゃ世界」はキミたちの中にも外にもあるんだよ。 

さて今や21世紀。全部が全部実現したとは言いがたいが、人工臓器のように中には少しだけ進んだものもある。私の世代はこの「21世紀に活躍するキミたち」に当たるが、活躍というより時代に翻弄されてしまった世代だったかなあと、振り返ってちょっと切なくなった。私自身は活躍こそしなかったが、これまでまあ何とかやってきたわけだけれども。