学校から帰った子供が、ちょっと不機嫌そうに言った。
「今日の読み聞かせの本、間違ってるところがあった。」
子供の学校では、朝の時間、月2回程度、ボランティアによる読み聞かせが行われている。私もメンバーの一人だ。
何の本だったの?
「『このよで いちばん はやいのは』。」
えーあの本に!?どこが間違ってたの?
「“ツバメのなかまのハリオアマツバメ”ってとこ。あれはツバメの仲間じゃない、アマツバメの仲間だから!」
そんなとこ?という言葉をグッと飲み込み、調べてみた。
確かにツバメとアマツバメは違う分類の鳥なのだ(アマツバメ - Wikipedia)。
『このよで いちばん はやいのは』の原作となった本は、『もっとはやいものは スピードのはなし』。こちらではどうなっているだろうと調べてみた。例示されるものこそ、ハリオアマツバメでなく、チムニー・スイフト(エントツアマツバメ)だが、きちんと「あまつばめのなかまで」と訳されている。
子供が幼かった頃、どちらの本も読んでやったことがあるが、私は『もっとはやいものは』の方が好きだ。
もちろん『このよで いちばん はやいのは』の方がわかりやすい。読みやすい。
いちばん速いのってなに?と子供の興味をひきやすいのは、最上級を使ったタイトルー"WHAT IS THE FASTEST IN THE WORLD?"の方だろう。
でも最上級では限界、果てがあるように感じてしまう。
対して比較級が使われている、原題の"FASTER AND FASTER"は無限の速さを感じることができる。もっとはやいものは、もっとはやいのものは、と30ページあまりを費やして、じっくり進んでいくのも良い。最後の肝である「なによりもいちばんはやい」もの、これをあっさり9行で済ましてしまうところも好きだ。
(『このよで いちばん はやいのは』は、この結論部分を詳しく引っ張っている)
『もっとはやいものは』のあとがきで、なだいなだは、
もっと速いもの、もっと速いものと、私たちは、光の速さまで、ひっぱっていかれる。そこで、著者は、それでは光より速いものはと、私たちに問いかける。そこには、ただ機械的なスピードを追うスピード狂を、ハッとさせ科学万能教信仰時代に、ふと人間の持っている能力の偉大さを振りかえって見つめさせる答えが、書かれている。
と書いている。
しかし、このあっさりした終わり方で感じたのは、「人間の持っている能力の偉大さ」よりはむしろ、これはそれほど特別なものではない、ということだ。「なによりもいちばんはやい」ものだけれど、だからといってそれまで見てきた「もっと遅いもの」の価値が変わるわけではない。どちらが上で下というわけではないということ。最上級であればいちばんは一つ。でも比較級なら、単に比べているだけ。どれがいちばんということはないのだ、と解釈するのは想像が過ぎるだろうか。
では、なだいなだが言うところの「人間の持っている能力の偉大さ」、そして「なによりもいちばんはやい」ものとは何か?
それは、人間の考える力、想像する力だ。
『ブラックホールってなんだろう?』を読むと、まさにその想像力をフルに使う体験ができる。
ブラックホールは誰も見たことがないからだ。
もっともつい最近、直接撮影に成功しているから、写真で見ることはできるのだが。
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「作者のことば」では、こんなことが書かれている。
宇宙の話をするとき、私は「自分がその場に行ってみたらどう感じるだろうかと、想像しながら聞いてくださいね」と言っています。自分に引き寄せて考え、感じることが大事です。
さぁ想像してみてください。宇宙のどこでも行けるとしたら、どこに行きたいですか、何を見たいですか?火星?土星?ブラックホール?
自分に引き寄せて考え、感じること。
「たくさんのふしぎ」を読む小学生にとって、知識も経験も乏しい子供にとっては、想像にも限界がある。
ブラックホールを想像してみよ、と言われても、本文にも書かれるとおり、何でも吸い込んじゃう「こわいもの」「わるもの」というイメージしか浮かばないだろう。
小学生でも、ブラックホールを自分に引き寄せて考え、感じることができる。『ブラックホールってなんだろう?』はまさにそんな絵本なのだ。
すべり台、なわとび、小さくなった服……身近にあるもので例え、イメージを喚起させる。遠く恐ろしい存在だったブラックホールと親しくなったような、不思議な気分になってくる。こわいもの、わるものではないんだ、ブラックホールって実はこんな奴かもしれないんだよ、もっと知ってくれよという、作者の愛さえ感じられる本なのだ。
わかりやすさだけではない。わかりにくいところ、背伸びして想像しなければならないところも余すところなく書かれている。
ブラックホールの理論史をざっと読むと、それこそ想像力という「人間の持っている能力の偉大さ」と、想像力の限界と、双方を見ることができて面白い。
嶺重慎氏によると、作者がブラックホールの研究を始めた30年前ですら「変わったことを研究している」と言われていたという。
さらに作者は、ブラックホール研究のほかに、視覚障害者に向けて授業を行ったり、バリアフリー教材の製作に携わったりしているそうだ。
「見えないもの、感じにくいもの」を研究する作者にとって、見えてる人も見えてない人も一緒なのかもしれない。どのような人にも等しく想像してほしい、感じてほしいとただ願っているのだろう。
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特別エッセイ|森山小太郎さん『だれも【見たことのなかった】、私たちの銀河中心ブラックホール』|ふくふく本棚|福音館書店公式Webマガジン
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