こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

サーカスの学校 (たくさんのふしぎ傑作集)(第247号)

これは、サーカスに魅せられた人たちのお話だ。

サーカスといっても本書で紹介されるものは、「ヌーヴォー・シルク」につながる新しい形のサーカス。人のパフォーマンスを中心としたもので、動物を使った曲芸などは一切出てこない。ある夏の日に、その公演を見た作者はすっかり魅せられてしまい、新しいサーカスのことをもっと知りたいと思うようになる。公演パンフレットに記されていた「ナショナルサーカス学校」に興味を持ったことを切っ掛けに、はるばるカナダはモントリオールまで取材に行くことになる。

ナショナルサーカス学校で学ぶのは、サーカスの技術だけではない。運動機能学、サーカスの歴史などサーカスに関わる授業はもちろんのこと、数学やフランス語など教科の授業も受けなければならない。単なる職業訓練校ではなく、サーカス・アーティストとして自分を表現することを学ぶ、芸術学校なのだ。

この本には、サーカス・アーティストや、サーカス学校の生徒たちだけでなく、作者にサーカスに関わる情報を教えてくれた人*1や、モントリオールでのサーカス学校の歴史や取り組みについて話を聞かせてくれた人など、さまざまな人たちが出てくる。それぞれ皆、やっていることは異なるけれど、サーカスの中に「夢」を見ていることだけは一緒だ。各人の夢や熱意といったものは、必ずしもストレートに伝わるようには書かれていないが、読めば読むほどサーカスに行ってみたい!という気分が盛り上がってくるのが不思議なところだ。

もっとも、サーカスの中にいちばん「夢」を見ているのは、作者自身かもしれない。サーカス学校のことを知り、いつかモントリオールに行こうと決めてから、実に8年近く夢をあたため続けるのだ。この本からは「夢」をかなえた作者が、夢中になって取材を行う様子がひしひしと伝わってくる。学校の取材も1日だけの予定が、次の日もまた次の日もと延び、「サーカスアーツシティ」を目指すモントリオールの街を朝から晩まで歩き回る。今や世界中で公演が行われている「新しいサーカス」の文化は、モントリオールという街に支えられていることがよくわかる。この本は、自分に「夢」を見せてくれたサーカスのことをもっともっと知りたい、もっともっと伝えたいと思う作者の「夢」の本なのだ。

作者を一目で魅了した「ある夏の日の公演」こそ、かの有名なシルク・ドゥ・ソレイユだ。本部はナショナルサーカス学校のすぐそばに設けられている。残念なことに、ニュースによると、シルク・ドゥ・ソレイユは、カナダの破産法に基づき会社更生手続きに入るという。劇団員3480人は解雇され、債権者と交渉に入り、興行復活までの資金繰りに道筋をつけるという話だ。ナショナルサーカス学校の活動自体も、今は閉鎖中のようだ。

サーカスのほか、観客動員を前提としたエンターテインメントの世界は今、苦境の真っ只中に立たされている。サーカスもその他の舞台芸術も単に目で見るものではなく、その場で体感するものだ。観客の反応も含んだ上で作り上げる「魔法の世界」だ。決してヴァーチャルでは味わえない体験なのだ。しかし、たとえ興業が復活しても、これまで通り大勢の観客を入れた上での公演は、当分難しくなることが予想される。シルク・ドゥ・ソレイユは、その他のサーカスも、模索しながらの運営になっていくのかもしれない。

サーカスの学校は、伝統的なサーカスの「伝統」が続かなくなってきた*2ことで生まれた学校だ。技術の継承が学校という形に変わったように、従来の公演形態もまた、変化を遂げる時なのかもしれない。これから先、サーカス・アーティストの、新たな活躍の場が、サーカスに魅せられた人たちの手で作り出されてゆくに違いない。そうであることを心より願っている。

サーカスの学校 (たくさんのふしぎ傑作集)

サーカスの学校 (たくさんのふしぎ傑作集)

  • 作者:西元 まり
  • 発売日: 2010/02/10
  • メディア: ハードカバー

*1:西田 敬一さん 『果てしなきサーカスの旅』(現代書館) | ウェブマガジン この惑星(このほし)

*2:伝統的なサーカス団は家族経営で成り立ってきたが、後を継ぐ子供の減少や児童労働禁止の制約もあり、後継者を育てる事が困難になってきた時代背景がある。