こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

走れ、LRT ー路面電車がまちをかえた(第198号)

LRTとはライト・レール・トランジットのこと。

環境用語集:「ライト・レール・トランジット」|EICネット

によると、

欧米を中心とする各都市において都市内の道路交通渋滞緩和と環境問題の解消を図るために導入が進められている新しい軌道系交通システム。定義は世界的に各々異なっており、統一されたものはない。

とされている。だから、日本でLRTと呼ばれるものが、定義によってはLRTでなかったり、逆にLRTと分類されていないものが、LRTと見做されたりもするようだ。日本では富山地方鉄道富山港線が「ライトレール」を名乗るものとして知られているが、定義によっては江ノ電広電宮島線東急世田谷線などもLRTとして分類することができるようだ。

定義はさておきLRTは、要は路面電車の一種ということになる。ふつうの路面電車とどこが違うかというと、専用軌道比率が高い、騒音や振動が少ない、低床型の車両で乗り降りがしやすいといった特徴があるようだ。

従来の路面電車路線でも、すでに超低床型の車両を投入しているところが多く、本号出版の2001年当時も熊本市交通局9700形電車広島電鉄5000形電車などが導入されていた。本号付録の一枚絵は「日本の路面電車」として、各地の路線と営業キロ数を記したマップや、車両の紹介などが描かれている。「超低床型の車両」としてこの二種類の車両も紹介されている。

広電5000形電車は「グリーンムーバー」の愛称で知られ、おもに広島駅から宮島方面へ向かう2号線で使われている。私はグリーンムーバーが大好きで、広島在住当時、街中で見るたびにテンションが上がっていたものだ。広電は日本最大の路面電車路線を擁しているだけあって、車両も京都、大阪、神戸、北九州、福岡など廃線となったところから買い上げたものから、日本製の最新型超低床車両までバラエティに富んだラインナップを取り揃えている。ハノーバー電車など特別な車両も走ったりで大いに楽しませてもらったものだ。

 

『走れ、LRT路面電車がまちをかえた』の舞台は、フランスのストラスブール

日本でもモータリゼーションにともなって路面電車が消えていったように、かつてのストラスブールでもトラムは廃止の憂き目にあっていた。トラム廃止後、自動車交通量は増加の一途を辿り、1980年には市内を20万台もの車が走るようになった。交通渋滞や騒音、排ガスによる大気汚染など、大きな問題としてクローズアップされるようになってきた。

そこで提案されたのが、トラムの導入とトラムを中心とした新しい都市計画だ。街の中心部に車が入れないようにする、LRT専用軌道を作るといった代わりに、パークアンドライドを導入する、自転車専用道やヴェロカシオン(レンタサイクル)を整備するという、トラムを利用しやすい街づくりを進めることにしたのだ。

そうはいっても自家用車はとても便利。地方に転勤後、免許を取って運転し始めた私も、東京に戻ってなお車は手放せず、また車必須の地方都市に転居して、かれこれ20年くらい車生活を続けてしまっている。ストラスブールでも当初、車通勤者や商店街を中心に、トラム建設に反対する人たちもいたようだ。蓋を開けてみれば、渋滞のストレスが減り、散策を兼ねてショッピングを楽しむ人たちも増え、もっと路線を拡大してほしいという要望まで寄せられるようになった。

かくて本号29ページの「ストラスブール LRT路線図・計画図」は今や、運行中だったA線、B線、C線、D線は軒並み延伸され、D線に至っては国境を越えドイツはケールまで運行されている。工事中だったE線も開通し、当時は予定にも書かれていなかったF線まで作られている。

ストラスブール市内には緑化された軌道があるが、街の風景のアクセントになり、目に優しいばかりでなくとても美しい。鹿児島市電なども緑化されているが、暑い中街を歩き回って、鮮やかな緑がふと目に入るとホッとした気分になったものだ。市内在住でなかったため、芝刈り電車を見られなかったのが残念である。

公共交通機関の最大のメリットは、子供や高齢者といった“交通弱者”の行動範囲を広げられることだ。本号でも、

「前は家の近くしか知らなかったけど、いまでは町のいろんなところや、地名もおぼえたよ」とか、

「前は車がたくさん走っていてあぶないので、ママといっしょのときじゃないと、町にあそびに来られなかった」

というような声や、前はサッカーの練習に車で送り迎えしてもらっていたのが、今は友達とトラムで移動できる、というような子供たちの声も紹介されている。

家も東京から引越してこの方、子供の移動手段に頭を悩ませるようになってしまった。公立学校の学区が広く、通学路の安全も確保できないなか、学校にすら車で送迎する保護者も多いのだ。近場は自転車でもいいが、ちょっとした距離があってバス・鉄道路線がない場所には、運転して連れていく他はない。子供の趣味のバードウォッチングに出かけるにしても、こちらの探鳥地は車がないと行けないところが多い。近場を自転車で行かせるにしても、車道中心の道路整備に加えて、車優先の習慣が横行するなかでは、安心して送り出すこともできない始末だ。

日本では、宇都宮でもLRTの計画が進み、2022年の開業を予定している。現在、感染症流行の真っ只中、公共交通機関に逆風が吹きまくるところ、まずは無事の開業にこぎつけることを願わずにはいられない。これからますます高齢者が増加して、公共交通機関の必要性が高まることが予想されるが、同時に人口減少ひいては利用者の減少という未来も見えてくる。コストをかけて交通網を整備する方向に舵を切っていいものか、高齢者や若年者でも取り回しやすい個別の乗り物の開発、普及を待った方がいいのか。これから多くの街を変えていくのは、LRTという“希望”ではなく、感染症対策による「新しい生活様式」であるのが悲しいところだ。

走れ、LRT 路面電車がまちをかえた たくさんのふしぎ 2001年9月号

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