気づいたのは、写真にうつる案内標識がきっかけだった。国道398号の案内標識。
迫(Hazama)29km
中田(Nakada)20km
と書かれている。見たことのある地名だ。「防犯協会志津川支部」作成の「自転車は登録鍵かけ心がけ」の標語看板。志津川町もとい南三陸町の風景ではないか。
調べてみると、写真を担当した杉田徹氏は南三陸町(志津川)で養豚を営んでいるという。だとすれば、この本に出てくる風景の多くは志津川近辺のものではないか?4〜5ページには、草っ原に豚が散らばっているふしぎな写真があるが、養豚をしているならうなずける話だ。これは志津川小の運動会かなとか、入谷のお祭りの様子*1だろうかとか、写真に付けられた文はそっちのけでいろいろ調べてしまった。
本誌は2006年11月号だから、震災前の風景ということになる。写真の場所は明記されていないので、すべてが南三陸町関連とは限らない。「作者のことば」には、何年もかかってという言葉があるので、必ずしも震災が原因とは限らず、なかには時間の経過で失われた風景もあるはずだ。そうはいっても、著者が撮影した中には、震災で失われた風景もあるだろうし、見慣れた場所が無残な姿に変わるのをその目で見たことも確かなのだ*2。
本号は震災前のものだし「風を見たことある?」がテーマだから、震災というフィルターを通してみるのは著者お二人の本意ではないかもしれない。だとすれば写真の細部に気を取られたのは失敗だったなあという気持ちと、いやいや気づいてしまったなら思いを致すのは当然でしょという気持ちもある。本との出会いというのは縁でしかないのだから、わたしが今、この本を手に取ったというのは、そういう意味なのかもしれない。
文はそっちのけ、と書いてしまったが、本文を書いた井出隆夫氏こそ「北風小僧の寒太郎」を作詞したその人だ。『おかあさんといっしょ』の歌や構成などを手がけ、番組を支え続けてきたお一人であり、またの名を山川啓介で知られる作詞家でもある。本号36〜37ページには、北風に吹かれながら登校(あるいは下校)する姉弟の写真に「北風小僧の寒太郎」の詩が添えられている。
わたしのお気に入りは、14〜15ページだ。ハングライダーで飛ぶ写真に、次のような言葉がつけられている。
空をゆくひとは
とうめいな 物語のなかを
たびする たびびと
見るでのではなく
感じるのでもなく
風を読みながら
飛びつづけている
作者が見るのは現実の風だけではない。思い出の風や、想像の風や、こころを表す風。「言葉でつかまえられた風」を感じるうちに、自分でも風を見つけたくなってくる。
できるならこの本を読んでくれたひとりひとりのキミに会って、こう聞けたらいいのですが。
「今キミが見てるのは、どんな風?」(本号「作者のことば」より)
わたしが今見てるのは、干したマスクを揺らす扇風機の風だ。そして手のひらから仄かに立ちのぼるアルコール製剤のにおい。嗚呼。わたしはとても詩人にはなれそうにない。