こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

石のたんじょうび(第212号)

作者のスティーヴン・ギル氏、この人も間違いなく「石に執着する」人だろう。わたしもたいがい「石に執着する」をキーに何度となく記事を書いているけれども*1

作者が石に惹かれる理由、それは「変わらない」というところかもしれない。

ほんとは、このまん中にある石だけだ、見つけた日のすがたのまま、きみとずっといっしょにいてくれるのは。

作者は、石たちにはひとつひとつ誕生日があり、生まれた場所があるはずだという。わたしたちに誕生日があり、生まれた場所があるように。何年も前から、遠い国やあるいはすぐ近所で見つけた石をたくさん集めてきた作者は、その石を、思い出のよすがとしているのだという。

集めた石を使ってつくられたのが、365個からなる「思い出石」のカレンダーだ。しかし、写真にある、実際の「思い出石」カレンダーの「石」は366個なのだ!2月には29個の石が並んでいる。だからこれは閏年のカレンダーということになる。では、なぜ本文には“365個からなる”と書かれているのか?それは……本号を読んで確認してみてほしい。

わたしの誕生日に当たる石は、ちょっと小さくていびつな形をしていて、きれいな橙色に白っぽい筋がいくつも入っているものだ。夫の誕生日の石は、下地の黒に溶け込んでしまいそうな海老茶色で、細かな白い斑点がちょこっと散りばめられている。わたしのよりは大きい。子供のは夫のと同じくらいの大きさで、白い蓬莱豆みたいな様相をしている。それぞれ、どこから来た石なんだろう?

作者は言う。

きみが石をひとつ見つけて、ひろいあげたとき、その石は二度目のたんじょうびをむかえたんだ。

きれいで不思議な石を見つけにいく、石の“二度目の誕生日”を迎えるためには、きっと何か素敵なものが見つかるぞという期待感をもつこと、血眼になるよりはぶらぶら歩きまわった方がいいこと、心からいいなあと感じた石だけを集めること、などを心にとめておくといいのだという。そして、ずっと取っておきたいと思うようなものを見つけたら、ありがとうと思うこと。

きみが石をひとつ家に持ちかえったそのときから、石の新しい一生がはじまる。

石の新しい一生……見つけた石をカップリングさせたり、石と石をまるで生花のように器や布地に配置してみたり。こうして石を組み合わせることを、作者は生花に倣って“生け石”とまで呼びならわしている。

きみにひろわれて石が二度目のたんじょうびをむかえたのはどこだったか、きみはその場所をおぼえておかなければね。

でも心配無用、石が手だすけしてくれる。石は、岩盤から切りはなされた最初のたんじょうびのことをおぼえているように、きみにひろわれた二度目のたんじょうびとその場所を、よくおぼえているのだから。きみはただ石をひっくりかえしたりして、じっと見つめればいい。きっと思い出すよ。 

家にも子供が拾い集めてきた石がまだあって(大半は引越しの時処分したけれど)、お菓子の空き缶に詰め込まれたまま放置されている。果たして子供は、石たちの二度目の誕生日を覚えているだろうか。

月刊 たくさんのふしぎ 2002年11月 石のたんじょうび

月刊 たくさんのふしぎ 2002年11月 石のたんじょうび

『石のたんじょうび』は『サボテン ホテル』と同じく、日本語を母語としない著者によるものだ。しかし『サボテン ホテル』と大きく違うのは、すでにある本を翻訳したものではなく、「たくさんのふしぎ」として書かれたものだということだ。「作者のことば」には、スティーヴン・ギル氏みずから言葉を寄せている。

私は、故郷のイギリスで五歳くらいのとき、石をひろいはじめてから今まで、ずいぶんたくさんの石の誕生日を祝ってきた。何百も何百も、世界中でね。(本号「作者のことば」より)

と、本文を裏打ちするかのように、筋金入りの石愛好家ぶりを書き綴っている。

もうひとつ大きく違うのは、日本文化に慣れ親しんでいる人だということ。本号の作者の紹介欄によると、ギル氏は17歳のときから世界を旅し、旅先で石を拾っては俳句に似た短詩を詠んできたという。ロンドン大学では日本文学を専攻している。18 歳の時、松尾芭蕉に出合って俳句に魅せられたのがきっかけのようだ*2。俳号「ティートー(Tito)」を名乗る詩人として、英語俳句サークル「ヘイルストーン(Hailstone)」を主宰。日本女性と結婚し、1995年の来日後からは京都に住んでいるという。

翻訳者の菅原啓州氏は、編集者として福音館に勤めていたこともある人物だ。だからこの本は、日本語を母語としない著者によってかかれたものだけれど、「たくさんのふしぎ」として「たくさんのふしぎ」のコンセプトを踏まえた上で、作られたものということになる。福音館勤務だった頃の菅原氏が「たくさんのふしぎ」に関わっていたとは限らないものの、一緒に『石のたんじょうび』の仕事をする中には、当然旧知の編集者もいただろうし、「たくさんのふしぎ」がどういう目的の月刊誌かも知っていただろう。

ただやはり元は英語なだけに、言葉のニュアンスを伝えるのに工夫した箇所も見られる。

「どうおいてディスプレイみようかな」というところだ。

そうはいっても、この『石のたんじょうび』は、しみじみ「たくさんのふしぎ」らしくて面白い本だなあと思う。集めた砂を色とりどりにならべた14〜15ページの写真など『土の色って、どんな色?』を彷彿とさせるものだ。

もしかしたら、私が『サボテン ホテル』に覚えた違和感というのは、外国語絵本の翻訳云々という問題ではなく、作者の熱量が伝わりにくかったのせいなのかもしれない。「たくさんのふしぎ」のほとんどは、長年作者が携わってきた研究テーマや、夢中になっていること、面白いと感じて取り上げているトピックが多い。『サボテン ホテル』は確かに優れた絵本だが、作者の熱意や思いというものを直接受け取れるような形にはなっていないのだ。その点『石のたんじょうび』からは、ギル氏の考えや思いというものがダイレクトに伝わってくる。今度は、英語俳句についての「たくさんのふしぎ」も読んでみたいものだ。