こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

サボテン ホテル(第187号)

『サボテン ホテル』は「たくさんのふしぎ」では珍しく、外国語の絵本を翻訳した本だ。

たくさんのふしぎ」の多くは、母語が“日本語”である人たちによって作られている。日本語を母語とし、読む子供たちに向けて作っているのだから当然のように思えるが、案外当たり前ともいえないことなのだ。

たとえばブータンでは、ゾンカ語を母語とする人たちがいるけれども、学校教育は英語を使っておこなわれているという。アフリカ諸国の中には、旧宗主国の言語が学校教育に使われているところもある。このような国で、おはなしを語るのではなく、物語絵本や科学絵本を読み聞かせするとしたら、母語ではなく教育を受けている言語で実演することになるだろう。もし、このような絵本を作るとしたら、母語ではなく「教育を受けている言語」で作成することになるのではないか。

それぞれの言語で口語文語の事情があるとはいえ、母語を使った絵本を読める作れるというのは、当たり前のことではないのだ。「たくさんのふしぎ」は、執筆する作者だけでできあがっているものではなく、編集やデザインを担当する方など、さまざまな人の手が関わっている。関わる人の中には、もちろん日本語を母語としない人もいるだろう。しかし「たくさんのふしぎ」が、基本的に、母語が“日本語”である人たちによって作られているというのは意味のあることだと考えている。私は何もニホンスゴイねという話がしたいのではない。母語で優れた絵本を読めることのありがたさ、母語で優れた絵本を作れる環境のありがたさを、実感せざるを得ないだけなのだ。

 

『サボテン ホテル』は翻訳絵本なので、通常の40ページではなく、おそらく原作どおりのページ構成で作られている。最終ページには、絵本に登場する日本では馴染みのない生き物たちの名前が紹介されているが、これだけは「たくさんのふしぎ」版として付け加えられたものだろう。ページ不足のかわり?に付録として、本書の主人公であるスワロサボテン(和名:弁慶柱)の大きな写真が付けられている。とみやまよしのり氏が撮ったものだ。 

日本では馴染みのない生き物たち…花の蜜を求めたり、中に巣を作ったり、サボテン上に巣をかけたり、サボテンには、家の息子が大好きな鳥たちも大勢集まってくるわけだが、ハジロバトメキシコマシコサバクシマセゲラ、ヒメスズメフクロウ*1など、日本の図鑑では見たこともないようなものばかりだ。

西部劇などでおなじみのこのサボテンは、意外とどこにでもあるものではなく、ソノラ砂漠でしか見られない植物なのだそうだ。「100年にいちど咲く花」 ほどではないにせよ、スワロサボテンの花もなかなか見難いものようで、高い幹の先端に10センチ程度の小さな花を咲かせる上、開花のピークは日没後、おまけに昼過ぎには閉じてしまうらしい。

原作『Cactus Hotel』は現地で割と読まれているもののようで、動画サイトで検索すると、読み聞かせをアップしているものがいくつか見つかった。遠目の効く絵に簡潔な文章、確かに読み聞かせにはぴったりの絵本だと思う。しかし、原作と見比べてみると「たくさんのふしぎ」は、判型が異なるため絵が見切れているところがある。「たくさんのふしぎ」だけ読めば、これはこれで良い絵本だと思うのだが、原作と比べてしまうとやはりこちらの方がバランス良く感じられてしまう。 

たくさんのふしぎ」の枠内で、この素晴らしい絵本を紹介しなくてもよかったのではないか?なぜ単独で出版しなかったのだろうかとも思ったが、考えてみるとなかなか単独の絵本としては出しにくいテーマかもしれない。日本の子供たちには馴染みのない世界、馴染みのない生き物ばかりだからだ。こういう世界があるよ、こういう生き物もいるんだよ、と興味の取っかかりを作るためには、毎月配本される月刊絵本という形にした方が手に取ってもらいやすいと考えたのだろう。

「作者のことば」では、

アリゾナ州出身の友人は、この絵本を見ると、サボテンに陰を作っている木を懐かしそうに眺め、「リスもウサギもヘビも、地元にいるやつだよ。絵を見ただけで家が恋しくなる」と話してくれました。

と書かれており、また、ニューヨークのアメリカ自然史博物館では砂漠の様子がジオラマで再現されているということから、原作は、現地の人たちにとってはそれほど説明の要らない絵本、そういう前提で作られている絵本なのだと思われる。このテーマを日本の子供たちに向けた・・・・・・・・・・・絵本にするならば、もう少し違ったアプローチで作ることになるのではないだろうか。

 

もちろん翻訳絵本というのは、原作どおりに作られるわけではなく、古くは『はなのすきなうし』など、表紙絵も異なるし縦書き右開きに作り変えられていて、原作『The Story of Ferdinand』とは違う構成で作られていたりもする*2。翻訳版は翻訳版で、日本の子供たちに向けて考えて作られているので、原作と違うからといって決してその価値が減ぜられるものではない。

私が子供に、そして学校で読み聞かせしてきたものの中には、翻訳絵本がたくさんある。その国の文化や背景などわからなくてもじゅうぶん、子供たちの心に届く素晴らしい絵本も数多くある。しかし優れた絵本の、優れた翻訳版*3も必要なら、子供たちが現に生きている言語や文化や背景、つまり子供たちの理解を織り込んだ上で作られる絵本、母語による優れた絵本も同じように必要なものなのだ。

Cactus Hotel (An Owlet Book)

Cactus Hotel (An Owlet Book)

*1:「ヒメスズメフクロウ」と書かれているが、おそらく「サボテンフクロウ」ではないだろうか。本当にサボテンフクロウなのかどうか、当時はヒメスズメフクロウと呼んでいたということか、それとも訳者が付けた和名なのかはわからなかった。

*2:『はなのすきなうし』は全部ひらがな書きで一見すると小さい子向けに思えるが、実は学校の読み聞かせでは高学年向けの絵本になる。子供の小学校でも読み聞かせしたことがあるが、高学年では外国語の授業も始まっていることもあり、原作版も持ってきて違いなどを合わせて紹介したことがある。

*3:たとえば『The Important Book』の翻訳絵本『たいせつなこと』では、“これはもうブラウンの本ではない!!”というレビューがあって、原作の絵やデザインが台無しになっていることが批判されている。原作の絵の意味やデザイン(原作ではカラーとモノクロの絵が交互に描かれる)を理解した上で、それを生かして翻訳することの難しさを感じさせる絵本だ。