こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

オルカの夏(第232号)

 そのころ、ぼくは何の目的もなく、だらだらと毎日会社にかよっていました。次の夏休みにモンゴルで馬に乗るという計画だけが楽しみでした。

 5月のある晩、夢をみました。枕元にごろりとオルカが横たわっています。

 あまりに妙な夢だったので、朝目ざめた時も鮮明に覚えていました。

 ぼくは急にオルカのことが気になってしかたなくなりました。そういえば子どものころ、オルカのことが好きだったなと思いあたりました。

 結局その夏休み、ぼくはモンゴル行きをキャンセルしてジョンストン海峡をカヤックで旅しました。そしてオルカと出会ったのです。ぼくの中はオルカでいっぱいになってしまいました。(本号「作者のことば」より) 

なんというか…またもやどこかで聞いたことのあるような話ではないか。

『オルカの夏』は全編版画によって作られている。オルカとのひと夏の思い出を、まるで映画で見ているような感覚の絵本だ。題字も映画のタイトルと見紛うばかり、表紙を見開きにするとグッと風景が立ち上がって映画ポスターのようにも見える。白黒を主体としたオルカの姿を、モノクロの版画に仕立てるというのはすごいアイディアだ。

カナダのジョンストン海峡では、夏のあいだオルカの生態調査がおこなわれているという。著者はボランティアとしてその調査に参加するべく、調査拠点である無人島に滞在することになる。

Dr.Paul Spong & ORCALAB

オルカの調査は目で見る観察だけではない。水中5カ所に仕掛けられたマイクで、ラジオを通してオルカの声を聞くことも含まれるのだ。オルカの群れは多くの場合、母親を中心とした血の繋がった家族のみで構成され、各家族ごとに使う音も決まっているという。その家族だけが持っている音のパターンは、ダイアレクト(方言)と呼ばれ、親から子へ代々受け継がれていくものであるようだ。ボランティアの仕事は、毎日24時間当番制でラジオを聞き、このオルカの声と行動を記録することなのだ。

本書によると、不思議なことに、かつてこの島に住んでいた人びとも、岩を通して海のなかのオルカの声を聞いていたという。北米先住民族の神話の中で、オルカは「海の王」として畏れ敬われていた。

彼らにとってオルカを始めとする動物は超自然的な存在で、人間のことばを話したり、人間のかたちをとったりすることができたという。人間と対等な存在であり、人間に勝る賢さや強さを持つ存在であることもあった*1。人と同じく声で会話しているように見えるオルカは、とりわけ特別な存在として扱われていたのかもしれない。

声を聞くというのは、なんだか地味な作業のようにも思えるが、ちょっとした面白いドラマが聞けることもあるようだ。あるとき一頭のオルカが群れからはぐれてしまったことがあって、大急ぎで家族を追っかけていったのだが、追いつくまでラジオからは家族を呼ぶ大きな声が何度も何度も流れてきたらしい。

声を聞く作業、そしてモノクロの版画ということで、本書は想像力をフルに働かせて読む必要がある。夜光虫が動きに反応して、海面にオルカの姿を浮かび上がらせる場面など、真っ黒な水面に天の川のような帯が流れていて、実際はどんな風景だったのだろうと読みながら思いをめぐらせた。

著者が楽しみに待っていた「スーパーポッド」の場面は、8ページにわたって書かれており、生き生きと動くオルカの様子が見事に描かれている。100頭を超えるオルカが大集結しているさまは、どんな風景なのだろう。にぎやかなオルカたちのおしゃべりと共に、ぜひ見てみたいものである。