こどもと読むたくさんのふしぎ

福音館書店の月刊誌「たくさんのふしぎ」を読んだ記録です。

お姫さま くもに会う(第175号)

『お姫さま くもに会う』は、『お姫さまのアリの巣たんけん (たくさんのふしぎ傑作集) (第150号)』に登場した姫君と5人の友人たちが、今度はクモの生活を見物するというもの。今回も小さな体に変えられた6人は、いろいろなクモの巣に迷い込んで冒険を繰り広げることとなる。

案内役は“はえとり丸”というクモの妖怪。冒頭デカいなりで登場し姫たちを驚かせてしまったため、正体を隠すために「こんな美しいチョウになりたいという、思いで作った、一番のお気に入りのきもの」をまとって、姫ぎみの前に姿をあらわすのだ。

姫ぎみが、

「あなたはだれ?」

とたずねると、その人は、 

「あの、ぼく、何に見えるかな」

と言いました。姫ぎみは、とてもていねいにししゅうのほどこされたきものを見て、

「まるで、チョウみたいよ」

とこたえました。とたんに、その人はうれしそうに、

「そうなんだ。ぼく、チョウの精なんだ。はえとり丸っていうんだよ」

と言いました。

蝶の精が“はえとり丸”なんて名前なわけねーだろ。チョウに見られたことを喜ぶはえとり丸の気持ちがとても切ない。

もっとも、クモに対して「こわい」「きらわれる」というワードは出るものの、冒険中の姫ぎみ一行が、つぎつぎ登場するクモたちの“外見”を怖がるようすは書かれていない。姫ぎみははえとり丸が語るクモたちの説明に、驚いたり感心したり目をかがやかしたり。好奇心いっぱいだ。冒険物語のていで描かれているものの、クモの種類や生態を詳しく説明する生き物絵本にもなっている。

昔ばなし、神話、物語などおはなしに登場するクモのほとんどは、悪役(化物、怪物)だ。クモが紛うことなく正統派主人公を演じるのは、寡聞にして知らないものの、名作『シャーロットのおくりもの』くらいではないだろうか(スパイダーマンは所詮人間だ)。『お姫さま くもに会う』も、“クモのばけもの”から始まるお話であるものの、読み進めていくうち、はえとり丸のいい奴っぷり、そして物語にこころを動かされるようになる。

お話のキャラになるというのは、クモがむかしから人の身近にいた生き物だからだ。身近にいない生き物は昔ばなしにもならない。クモと人とは長い付き合いの関係なのだ。その外見から悪役扱いされるのは仕方がないのかもしれないが、人間にとっては一応益虫でもある。不快害虫とかいう言葉もあるけれど、外見がこうだから不快というのも身勝手が過ぎるのではないか。大のクモ嫌いの私がそれ言いますか?でも駆除(殺したり)はしてないよ。

しかし!これは、なかなかきびしい絵本だった。以前にも書いたが私はクモ恐怖症。デカいやつは絶対ダメ。はえとり丸も、もともとはデカいという設定になっている。ごめんね、はえとり丸。

 ただでさえ人にきらわれるクモが、こんなに大きな体だから、こわがられてしまうんだ。できることならば、小さくなりたい、と、はえとり丸は思っていました。(本文より)

同じ秋山氏の『くものすおやぶん とりものちょう』、『くものすおやぶん-ほとけのさばき-』がいけたんだからこっちも大丈夫なはず……が、本書のイラストは思ったよりリアルで大きめ。ページを繰るたびに、ひーひー悲鳴を上げることになった。夫からはなんでこの本借りてきた?と言われる始末。

今年のイグノーベル賞でも証明されているではないか。

https://ja.wikipedia.org/wiki/イグノーベル賞受賞者の一覧#2020年

昆虫学者だって、蜘蛛こわい人いるんだから!大人になっても治らないんだから!足2本増えるってぜんぜん違うんだから!

虫はいいけどクモはだめ~日経サイエンス2014年2月号より

それでもおもて表紙に登場させなかったのは、私と同じような子供たちに配慮した結果なのかもしれない。でも……裏表紙にだけちょこっと描かれた、はえとり丸の後ろ姿にちょっぴり哀愁を覚えてしまった。キミこそが、この本のメインキャラだったじゃないか。6人が救われたのは、キミの活躍があったおかげじゃないか。